アジアの金市場で起こっていること

2017年04月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

 主力調査機関が発表した最新金需給統計によると、2016年金需要はETF以外の全項目で前年割れとなった。トランプ、Brexit、欧州選挙、地政学的緊張など多様なリスクが警戒され、金への強気論調が多い割に相場が盛り上がりを欠くのは、弱いファンダメンタルズを反映しているのかもしれない。特に、二大金消費国である中国・インドの需要不振が目立つが、数量では捉えられない市場の変容が静かに注目を集めている。今回は中国を中心にトピックスを簡易的にまとめた。

 

 

◇中国:宝飾品は「量より質」へ。スマホが金取引の景色を変える

 

 中国の2016年の金需要は前年比10%減の968トン(公的機関による買いを除く。出所GFMS)。中でも7割弱を占める宝飾品向けが3年連続で減少し、2013年のピーク比で6割程度に留まる。中国政府が腐敗取り締まりの一環で2012年12月に導入した「倹約令」が浸透した影響もあるが、経済力増大に伴ってひたすら宝飾品購入量が増えた局面から「量より質」重視の新たな局面へと転じたことが大きい。消費者の嗜好は高純度の金宝飾品から、低純度でもデザイン性が高いものや宝石付のものにシフトし、同様に業者も規模拡大からマージン重視に転じて商品ラインナップを調整したことが、結果的に金消費量減少に繋がったようだ。

 

 他方、投資目的の金需要は14年の落ち込みから持ち直しつつある。株式市場に対する信頼感は薄れ、不動産は一般庶民の手の届かない水準に高騰し、投資先が絶対的に不足する中で、文化的にも人気の高い金に対する投資意欲は根強い。中国は世界最大の産金国だが純輸入国で、昨秋には人民元安進行と外貨流出に悩む当局が金輸入枠を削減して需要抑制を図ったと噂された程だ(窓口指導だと思われる)。

 

 また、スマホ普及の影響も大きい。中国ではタクシーの予約から出前、ネットショッピングなど日常シーンでスマホアプリが活用されているが、オンライン金取引も選択肢が増えている。先駆けとなったG-banker(黄金銭包)はミリグラム単位、数元(数セント)単位からの取引を可能にし、2015年末に登場したアリペイ(アリババ)傘下のCun Jinbaoは、SGE金スポット取引に連動する金ETF「Bosera(博基金)」にリンク。また2017年1月にはメッセンジャーアプリ「WeChat」を軸に幅広くサービスを展開するテンセント傘下 Tenpay(財付通)と中国工商銀行(ICBC)がオンライン金投資サービス「微黄金」を導入し、2月にSouth China Morning Post紙が「これまではバレンタインにチョコレートや花。これからはスターバックスのソーシャルギフトと同様、金もSNSで送れる」と報じていたように、金取引がよりカジュアルで身近になり、8.9億人ものWeChatユーザーの新規需要発掘への期待から海外メディアで度々取り上げられている。取引単位が極めて小さく需給に影響を及ぼすには時間がかかるだろうが、金取引の概念を大きく変えるものと注目される。

 

 

◇インド:改革途上。GST7月導入にめど

 

 インド金市場は近年、相次ぐ税制・規制変更で波乱続きだ。特に2012~14年には場当たり的とも感じられる経常赤字対策・金輸入抑制策が採られたが、現在はモディ政権下においてブラックマネー撲滅や現金依存経済からの脱却に主眼を置いた改革の一環として、金流動化策、ソブリンゴールドボンド等の政策が導入されている。2016年11月には突然の高額紙幣廃止が混乱を招いたが、2017年7月には間接税制を抜本的に改善する全国統一の物品サービス税(GST)がようやく導入予定。現時点では既に導入された金流動化策の進捗は鈍く、貴金属に対するGST税率も不明なため、金需要の先行きに見通しが立ちづらいが、改革が経済効率化・透明性向上をもたらせば金市場にとって長期的にプラスとの見方がコンセンサスであるようだ。

 

 

現物金需要 前年比(2015-2016)(出所:World Gold Council、2017年2月より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

インドの金需要(出所:WGCより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

中国の金需要(出所:WGCより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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