自動車EV化進展を見守る非鉄金属市場

2017年07月18日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

◇急速に進む自動車EV化

 

 自動車電動化の流れが加速している。2015年12月に世界196の国地域によって採択され翌年11月に発効したパリ協定に関して、2017年6月初旬にトランプ米大統領が離脱を表明し物議を醸したが、米国内の州や企業、諸外国からは協定順守の意向が確認され、マクロン仏大統領が「Make Our Planet Great Again」と応酬して喝采を浴びるなど、世界全体での低炭素社会実現に向けた歩みは続いている。このところ自動車電動化に関する報道を目にしない日はない。

 

 米国ではカリフォルニア州などで2018年からのZEV(無公害車)規制強化が既に決定しているが、中国も自動車生産のうち一定割合を新エネルギー車とすることを義務付けるNEV規制導入準備を進めている。最近では、インドが2030年、フランスは2040年までにガソリン・ディーゼル自動車販売を終了する方針を示し、テスラは量産型EVの生産を開始、VOLVOは2019年以降に発売する全車種をEV(電気自動車)、HEV(ハイブリッド車)など電動車とする計画を発表し注目を集めた。

 

 IEAが6月に発表した「Global EV Outlook 2017」によれば、2016年時点のEV・HEV普及(累計販売)台数は200万台を超えたが、自動車市場全体から見たシェアは欧州の一部「EV先進国」を除くとまだまだ低い。IEAはEVが今後10年で一般普及期に入り、保有台数は2020年までに900~2,000万台、2025年までに4,000~7,000万台に達すると試算しているが、パリ協定が定める地球温暖化2℃未満への貢献には2040年までに6億台達成が必要だという。この潮流は非鉄金属の需要にも大きな影響を及ぼす。最近の各種報道から非鉄に関するトピックスをいくつか紹介する。

 

電気自動車累計販売台数(出所:IEA Global EV outlook 2017より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

電気自動車年間新規登録台数(出所:IEA Global EV outlook 2017より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

新車登録台数に占めるEVシェア(2016年)(出所:IEA Global EV outlook 2017より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◇銅:EVには内燃機関車の倍以上の銅を使用、EV化は需要に追い風

 

 銅業界団体の国際銅協会(ICA)が米IDTechExに委託して行った調査によると、通常の内燃機関自動車に使われる銅23キログラムに対し、ハイブリッド車(HEV)では40キログラム、プラグインハイブリッド車(PHEV)60キログラム、EV車83キログラム等と使用量が多くなるため、電動化に伴い銅消費量は増加。EV(HEV含む)の普及台数が2017年の300万台から2027年までに2,700万台に増加するのに伴い、EVに使われる銅の需要は2017年の18万5,000トンから2027年には174万トンに拡大する見通しだという。一般的な需要予測に基づくと、これは銅需要全体の1%弱から6%程度に拡大する計算となる。

 

 ICAはこのほかに、EV充電器には0.7キログラム、高速充電器には8キログラムの銅が使われるとも指摘している。上記IEA資料によれば2016年時点で一般アクセス可能な低速充電器は212,394か所、高速充電器は109,871か所と推定されている。

 

 BHP Billitonは2016年10月のFT記事で、長期予測のシナリオ分析の一つとして、2035年時点で世界の路上を走る自動車18億台のうち8%に相当する1.4億台がEVになるまでに、銅に850万トンの追加需要が発生すると推定。EV化による原油需要減少率より銅需要増加率の方が大きくなるとした。またGlencoreは5月、仮に世界の自動車市場に占めるEVの割合が2035年までに90~95%に達すれば銅需要は現行比2倍増すると述べた。このように鉱山会社の多くがEV化を銅が将来有望な理由として挙げている。

 

 

◇ニッケル・コバルト:EV電池材料としての注目度高まる

 

 EV化の進展とともに、リチウムイオンバッテリーの正極材に使われるニッケル・コバルトの需要拡大にも期待が高まる。Norilsk Nickelは2016年のEV電池向けニッケル需要を前年比20%増の1.5万トンと推定。これは年間約200万トンの市場規模からみればまだ小さいが、同社は2017年の2万トンから向こう10年で30万トンに拡大し、ニッケルではステンレス鋼向けに次ぐ需要分野になるとの予想をロイター(2017年6月29日)取材で語っている。

 

 ガソリン・ディーゼル車の排ガス触媒製造で大手のUmicore(ベルギー)、BASF(ドイツ)、Johnson Matthey(英国)の欧州化学3社は、来たるEV化の進展に備え、電池事業に注力している。Umicoreは2020年までにリチウムイオン電池生産を6倍増するため4.6億ユーロの投資を発表しているが、6月にはBASFが欧州で正極材プラント建設の第一段階で最大4億ユーロを投資する計画を発表。これに伴いBASFはNorilskとの間でニッケル・コバルト供給に関する覚書を締結し、BASFは安定調達を、Norilskは欧州分野における安定顧客確保を図ると伝えられている。

 

 また鉱山生産から正極材生産までを手掛ける住友金属鉱山は正極材増産を加速、海外自社鉱山から原料調達するとともに、国内で車載用リチウムイオン二次電池から銅とニッケルを回収し再資源化する技術を初めて実用化したとも報じられた。

 

 コバルトは年間需要量約10万トンのうちほぼ半分が二次電池向けに使われる。スマホやパソコンに使われる量が数グラムから数十グラムであるのに対し、EVはキロ単位と桁違いだ。一方、主産国は政情不安が続き児童労働など倫理的問題が懸念されるコンゴ(DRC)であり、同国最大級の資源量かつ高品位を誇るTenke鉱山の権益は2016年米Freeportなど西側企業から中国企業に譲渡されていることから、国際市場ではコバルト需給逼迫が長引くとの見方が多く、価格は年初から8割上昇している。また資源ブーム期に非鉄ETF組成計画が供給不安を招いたように、コバルトでも投資家の参入が波乱要因となりつつある。コバルトは銅・ニッケルの副産物として産出されることから、生産企業株でなくコバルト単独のエクスポージャー取得を目論む投資家が現物を買い占めていると噂されていたが、買い手の一角として名前が挙がったスイスのPEファンドPala Investmentsなどがこのコバルト現物を保有するシェルカンパニーを設立し6月に「Cobalt 27」としてカナダのトロント証券取引所に上場している。同社はホームページ上でコバルトの需給状況について説明し、2016年に2009年以来の供給不足に陥ったコバルト需給は2020年まで不足が続く見通しだとした上で、2007~09年の供給不足局面ではコバルト価格が50ドル/ポンドに達したと言及している。だが価格があまりにも高騰すれば、ニッケル:コバルト:マンガンの比率を変更するなどして消費量節減が図られる可能性も高く、需要見通しは不透明である。

 

 

◇需給予測に影響する変数は極めて多い

 

 ある欧州の金融機関が最近、シボレーボルトEVを文字通り分解し、何が使われているかを調べた。結果、140キログラムのバッテリー原料を含有し、VW Golfなどの一般の車よりもアルミは70%、銅は80%多く使われていたという。また部品の数が少なく、年間のメンテナンスコストも少額で済むため、燃費その他のランニングコストを含めると欧州では2018年、中国では2023年、米国では2025年にもEVの保有コストが内燃エンジン車と変わらなくなると推定。これを根拠に2025年のEV販売台数予測を5割引き上げ自動車販売全体の13.7%に相当する1,420万台としている。

 

 その一方で、EV普及の上で考慮すべきなのは、EVが様々な公的補助に依存していることだ。世界で最もEV普及率の高い産油国ノルウェーでは、石油収入を原資に25%の付加価値税のほか輸入関税や自動車取得税も免税とする手厚い政策支援を行っている。他方、米ジョージア州は5,000ドルの税額控除で一時はカリフォルニア州に次ぐ全米2位のEV市場となったが、2015年7月に控除を廃止したことで米国EV販売に占めるシェアは2014年の17%から2016年に2%に急低下。香港で4月にEVに対する減税措置を縮小したことでEV販売が激減したという例もある。BNEFによると、1kwh当たりのバッテリー価格は2010年の1,000ドルから2016年時点で273ドルと大幅に下落したが、航続距離約400キロメートル(250マイル)に必要な75kwhのバッテリーコストは約2万ドルになる計算だという。このコストをカバーする公的補助が続けられるか否か、また、バッテリーコストの低下ペースと、原油価格低下や燃費効率向上による内燃エンジン車の競争力向上との兼ね合いもある。

 

 EV市場が拡大し、それに伴い非鉄需要が拡大することはほぼ確実視されるため、銅・ニッケル・コバルトなどに中長期的な供給不安は燻る。だが供給の見通しが不透明なのと同様に、技術革新や経済情勢、減税・補助金支給を可能とする国家財政状況等、EV普及を左右する変数も極めて多い。EVが非鉄需要全体に占めるシェアもまだ小さいこともあり、市場は現時点では需要拡大・市況回復期待を膨らませつつも今後の進展を見守る姿勢のようだ。

 

以上

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