成長続ける韓国経済の内憂外患

2017年10月06日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 韓国経済は、世界経済の回復に加えて新型スマホ発売などを追い風に半導体の輸出が年初から前年比2桁で伸びるなど成長が続いてきた。しかし、内憂外患という苦境の兆しが見えはじめた。内なる問題は、消費や建設・不動産需要の減速懸念に加えて、家計債務残高の拡大という構造的なものであり、外にある問題は高高度迎撃ミサイル迎撃システム(THAAD)に関連した中国との関係の緊張化と北朝鮮情勢の悪化による経済への悪影響である。また、最近は下火になっている米韓FTA見直しなどの課題も残っている。これらの問題は短期間のうちに解消されるものではなく、先行きの韓国経済の重石になるリスクがある。

 

1. 足もと堅調な景気

 韓国経済は、図表①のように、2017年4-6月期は前期比0.6%となった。2009年1-3月期以降、34四半期連続のプラス成長を記録しており、底堅い成長を続けてきたといえる。

 

 足もとでも、世界経済の成長や新型スマホの発売を反映して半導体を中心に、輸出額は年初から前年比2桁増が続いている。9月の輸出は前年同月比35%増の551億ドル(約6.2兆円)と、1956年の統計開始以来、月額で過去最高を記録した。半導体に加えて、ベトナム向けなどの鉄鋼輸出も好調であり、連休となる秋夕を控え通関を早めたという一時的な要因も輸出の押し上げに貢献した。また、国内では、資本財の国内出荷が増えるなど、設備投資も底堅く推移した。4章でみるように、今後、財政支出の拡大が見込まれるなど、成長への期待は大きい。

 

図表① 韓国GDPの要因分解 (出所:韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 内なる懸念

 その一方で、国内外に懸念材料が見られるようになったことも事実だ。

 

 まず、内なる懸念材料として、消費の減速があげられる。図表②のように、消費者マインド(CCSI)は、楽観・悲観の基準である100を上回っているものの、2か月連続で前月を下回っており、2017年前半までの回復トレンドからの変化がうかがえる。消費者物価は9月に前年同月比2.1%と、3か月連続で2%超を記録した。足もとでは、秋夕の休日前に需要が増加しやすい農畜水産物や果物の価格上昇など季節的な要因によるところが大きいものの、今後の生鮮食品価格が今夏の天候不順の影響で上昇するとみられ、一段の物価上昇が消費の下押し要因になりかねない。

 

 こうした中、政府は消費の下支えを狙って、秋夕の前後の休暇を9月30日から10月9日のハングルの日までの10連休となるように10月2日を祝日にした。しかし、長期休暇では若者世代を中心に海外旅行が増える一方、国内企業は10月の約3分の1が休みとなることで売上高減少というマイナス面もあって、思惑通りの効果が得られるかは不透明な情勢だ。

 

 また、懸念される建設・不動産需要の減退には大きく2つの原因がある。1つは2018年度予算案で、社会間接投資(SOI)が前年比20%減らされることだ。もう1つは8月2日に発表された住宅市場安定化対策である。図表③にみられる住宅価格の高騰を踏まえて、江南市4区を含むソウル市内の11区と世宗市が投機地域に、ソウルの残り全ての地域と京畿果川市などを投機過熱地区に指定され、投機目的での融資が抑制される。その他にも多住宅保有者の住宅譲渡差益課税の強化や、分譲権の転売制限など、住宅価格の高騰への対策が発表されている。

 

 さらに、家計債務が大きな課題になりつつある。図表③のように、4-6月期の家計信用残高は1,388兆ウォン(約136兆円)と前期から2.1%増え、過去最高を更新した。住宅ローンの増加によるところが大きく、住宅価格規制の導入動機の一つにもなった。今後は、その返済が家計の大きな負担として、中長期的な消費の下押し要因になりかねない。

 

図表② 消費関連指標 (出所:韓国統計庁・韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表③ 住宅価格指数と家計信用残高 (出所:BIS、韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 高まる地政学的リスク

 国外からの課題として、THAADに関連した中国との関係の緊張化と北朝鮮情勢の悪化の国内経済への影響があげられる。THAADの配備について中国の反発が強く、結果的に韓国企業の中国での活動の制約になっている。中国では一部に韓国企業の製品への不買運動があり、それで売上が落ち込んだ韓国企業では部品の購入代金の支払いが滞る事態も生じた。また、消防検査や設備検査などによって、工場の操業停止や小売店舗の営業停止になるケースもみられた。中国ビジネスの先行きを展望できずに、中国からの撤退を検討する韓国企業も現れている。

 

 また、北朝鮮情勢の悪化の影響は、訪韓旅行者数の減少につながっている。図表④のように、2017年8月の訪韓旅行者は110万人と、前年同月比▲33.7%と大幅に減っている。特にTHAAD問題による中国の同▲61.2%が目立つ中で、その他の国・地域からの観光客も減少しており、旅行客全体では2017年3月から二桁減が続いている。

 

 こうした動きをマクロ経済の視点からみると、8月まで66か月黒字を維持してきた経常収支の押し下げ要因となる。韓国銀行によると、2016年の経常収支は987億ドルの黒字であり、対中国は407億ドルの黒字と、対米国(311億ドル)を上回る最大の黒字を計上した。その対中国の内訳をみると、貿易黒字が337億ドルと最も多く、第1次所得収支の黒字額は33億ドルであった。また、同年の対中国の旅行収支は64億ドルの黒字であり、2011年以降の黒字が続いている。

 

 中国向け部品輸出の減少は貿易黒字の縮小につながり、中国事業縮小による現地法人からの配当などの減少は、第1次所得収支の黒字を縮小させる。また、訪韓観光客の減少は、旅行収支の赤字の拡大要因になり、宿泊・飲食店など、国内の観光産業の業績を悪化させる。

 

 韓流ブームを追い風に、韓国保健福祉部によると2017年上半期に前年同期比19.8%増加した化粧品輸出など堅調な一面もあるものの、総じてみて地政学的リスクの高まりは経常黒字に下押し圧力をかけるだろう。

 

図表④ 訪韓旅行者数と旅行収支 (出所:韓国観光局、韓国銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

4. 募る先行きへの懸念

 文在寅政権によって8月末に発表された2018年予算案は、総額429兆ウォン(約42兆円)と前年比7.1%増である。経済成長率以上に財政を拡大させるため、積極的な財政姿勢といえる。内訳をみると、社会間接投資を約20%減らす一方で、社会保障費を同12.9%増、教育費を同11.7%増とするなど、分配と成長の循環を目指す「人中心の持続成長経済」の方針に沿った内容である。また、最低賃金引き上げなど、雇用の質にも取り組む意向が示されている。7月25日に発表された「新政府経済政策方向」では、2017年の経済成長率見通しを従来の2.6%から3.0%に上昇修正するなど、強気の政策運営の姿勢がみられた。

 

 一方、金融政策では、これまでの緩和的な姿勢に変化の兆しが現れはじめた。韓国銀行は8月31日、政策金利を1.25%に据え置くことを決めた。2%の物価目標が概ねクリアできており、2016年6月に1.5%から1.25%に引き下げてから据え置きが1年以上続いている。ただし、8月の政策決定後の李柱烈総裁の会見からは、拡大する家計債務を念頭に、今後の金融政策が引き締め方向に傾きつつあることが示唆された。

 

 韓国経済はこれまで堅調に推移してきたものの、経済の先行きには不透明感が高まっている。米韓FTA見直しも両国からの反対があって現在下火になっているものの、課題として残っている。また、人への投資や分配と成長の循環などの政策は重要であるものの、必ずしも現在の苦難の緩和に即効性をもつものではない。上記のような悪影響が放置されれば、景気減速リスクが次第に意識されるようになるだろう。

 以上

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