変化を迫られる企業の設備投資戦略

2017年10月17日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 名目GDPが過去最高を更新する中で、国内企業の設備投資には出遅れ感がある。設備投資は回復基調にはあるものの、リーマンショック以前のピークまで届いていない。それに対して、足元で一服感がみられるとはいえ、海外現地法人の設備投資はリーマンショック以前の水準を上回っている。これまで企業の生産拠点の移管先で注目を集めた中国では、人件費などビジネスコストが上昇し、日本企業はASEANに重心を移しつつある。こうした中で、アジア諸国は、産業政策を通じて製造業の競争力強化や高付加価値化を目指している。第4次産業革命や環境規制対策など投資対象や企業を取り巻く外部環境も変化しており、これから数年間の設備投資戦略が、中長期的な企業の成長を大きく左右すると考えられる。

 

 

1. 出遅れる国内の設備投資

 名目GDPが過去最高を更新する一方で、国内企業の設備投資の回復が遅れている。設備投資は景気動向に敏感なこともあり、注目度の高い需要項目の一つである。また、それを蓄積した資本ストックは供給能力の一部になる。そのため、設備投資の回復が遅れることで、需要面では経済成長率を、供給面では潜在成長率の伸びを鈍化させかねない。

 

 図表①のように、2017年第2四半期の名目GDPは542.8兆円と、3四半期連続で以前のピークだった1997年第4四半期(536.6兆円)を上回っている。GDPからみれば、日本経済は「失われた20年」を乗り超えたともいえる段階に達している。

 

 それに対して、設備投資は2017年第2四半期に84.6兆円と、ピークだった1997年第4四半期の88.3兆円を下回ったままである。しかし、先行きに明るさも見えはじめた。内閣府の『機械受注統計調査』によると、設備投資の先行指標となる民需(除く船舶・電力)が8月に前月比3.4%となったことで、7-9月期が3四半期ぶりに前期比プラスになる公算が高まっており、今後の国内設備投資の加速が期待される。

 

 ただし、企業の設備投資行動の変化を考慮に入れる必要がある。企業にとって、海外経済や海外現地法人の設備投資を合わせて捉えることが重要になっている。以下では、それらを踏まえながら、今後の設備投資戦略を考えてみる。

 

図表① GDPと設備投資(季節調整値) (出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 海外に向かう設備投資

 設備投資においても、企業の目は海外に向かっている。図表②のように、比較可能な資本金1億円以上の製造業について設備投資をみると、リーマンショック後、企業が海外現地法人の設備投資を重視してきたことがうかがえる。

 

 海外現地法人の設備投資額は、すでに2013年にリーマンショック前の水準を超えていた。2015年以降、それまでの設備投資の一服感や海外経済の先行き不透明感などもあって、ピークアウトしている動きがみられるものの、それでもリーマンショック前を上回る高水準を保っている。2016年度時点の海外設備投資比率は22.5%まで上昇しており、製造業の設備投資全体の5分の1強が海外に向かっている計算だ。

 

 足元では、引き続き海外で設備投資が増える環境が整いつつある。2016年中頃から世界経済が回復基調をたどっている。図表③のように、世界経済の成長は続く見込みである。また、10月にIMFの世界経済見通しが上方修正されるなど、2017年前半に比べて世界経済の環境は好転している。

 

 図表② 国内外法人(製造業)の設備投資 (出所:経済産業省、財務省より住友商事グローバルリサーチ作成) 注 資本金1億円以上、後方4四半期移動平均値

 

図表③ 世界の経済成長率 (出所:IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. ASEANに向かう日本企業

 日本企業の海外志向が強いといっても、そのトレンドには変化がみられる。図表④の日本貿易振興機構『2016年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』によると、日本企業のアジア展開の姿勢はこのところ変わりつつある。

 

 まず、日本企業の中国シフトに一服感がみられる。日本から中国への生産拠点の移管の割合が減る一方で、中国から日本への回帰が緩やかに増えており、2016年度調査では、国内回帰の割合の方が多くなった。もちろん、中国から日本への生産拠点の国内回帰の割合は小さいものの、企業の投資戦略は転換点を迎えつつあるといえる。

 

 それ以上に注目されるのは、日本企業の目がASEANに向かっていることだ。日本からASEANへの移管とともに、中国からASEANへの移管がみられる。ASEANシフトの一因として、中国経済の成長に伴う賃金の急上昇や不動産価格の上昇にみられるビジネスコストが企業の重石になってきたことがあげられる。ただし、ASEANの人件費などの生産コストも上昇しており、単純に生産拠点を移せばよいという話ではすでになくなっていることにも注意が必要だろう。

 

図表④ 日本企業の移管先・元の割合 (出所:JETROより住友商事グローバルリサーチ作成)注 「移管元→移管先」。母数には、拠点の再編を「過去2~3年の間に行った」「今後2~3年以内に行う予定」の両者を含む

 

4. 変化に迫られるアジア投資戦略

 こうした中、アジア各国では、製造業の役割が見直されている。製造業が国内に良質な雇用を生み出し、中間層の成長に貢献してきたためだ。格差問題を是正しつつ、更なる成長を追い求める上で、製造業の重要性が再認識されている。

 

 また、経済成長の中で、人件費などのコスト競争の段階から、高付加価値化での競争段階に移行していることもその理由としてあげられる。いわゆるスマイルカーブにおいて、川上や川下の収益性の高いところにシフトする動きを加速させようとしている。

 

 アジア各国の産業政策も製造業の強化を重視し始めている。例えば、中国では、2015年5月に今後10年のロードマップである「中国製造2025」が発表され、産業構造の高度化・高付加価値化が目指されている。また、2017年2月には「中国製造2025」の「1+X」計画体系も発表され、実施段階に入った。そのうち11文書には、国家製造業イノベーションセンターの建設や工業の基礎強化など5大工程の実施の手引き、サービス型製造業と設備製造業の品質ブランド発展の2大特定行動の手引き、新材料や情報産業など4大人材発展計画の手引きなどが含まれている。

 

 韓国では、中国企業との競争の中で高付加価値化に向けた取り組みの重要性が再認識されるようになっている。そうした問題意識や世界的な第4次産業革命のトレンドを踏まえて、文在寅政権は8月末に提出した2018年予算案で、研究開発(R&D)事業予算額に前年度比0.9%増の19.6兆ウォン(約1.9兆円)を計上した。また、公約に基づいて、第4次産業革命委員会を設置し、年末までに「第4次産業革命総合対策」を発表するとみられている。

 

 台湾では、蔡英文政権が5大イノベーション計画を掲げて、従来のエレクトロニクス産業中心から新たな経済発展モデルへの転換を図っている。5大イノベーションとは、アジアのシリコンバレー計画、スマート機器、グリーンエネルギー、バイオ医療、国防産業の5分野である。それに、新農業と循環型経済を加えて「5+2」産業発展計画として推進されている。その他には、タイの「タイランド4.0」では、10産業の高度化が目指されており、その中には自動車やエレクトロニクスなどの製造業の高付加価値化も目標とされている。

 

 このように、アジア各国で製造業の強化に向けた取り組みが進みつつある。この流れの中で、アジア域内企業が分業相手から競争相手へ変化することで、日本企業の国内外の生産体制がこれまでとは異なったものに変っていく可能性がある。また、第4次産業革命や環境規制対策という世界的なトレンドへの対応も喫緊の課題になっていることもあり、これらを踏まえると、これから数年間の設備投資戦略が、中長期的な企業の成長を大きく左右すると考えられる。

 

以上

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