輸出の供給制約と環境変化

2017年11月30日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 日本経済は、輸出主導で成長している。2016年、海外の景気回復を追い風に、輸出数量が増えて輸出額が増加した点が、アベノミクスの初期段階と異なっている。ただし、輸出も人手不足などの供給制約に直面しているため、世界経済の成長の恩恵を十分享受できない恐れがある。その一方で、成長のチャンスがあることも事実だろう。例えば、TPPでは貿易ルールが共通化され、対象はサービスや投資分野にまで広がっている。そのルールが新興国に適用され、市場が拡大し、競争環境も大きく変わっている。2019年にTPPや日欧EPAの発効が目指されていることもあり、残された時間はあまり多くない。新たなルールの下でのサービスや投資分野など、広い視点からの貿易体制を見直すことが重要になっている。

 

1. 中身のある輸出の増加

 日本経済は、外需にけん引されて成長している。実質GDP成長率は、2001年以来16年ぶりの7四半期連続での前期比プラスとなるなど、経済は好調さを維持している。内閣府『四半期別GDP速報』(2017年7-9月期1次速報)によると、2017年7-9月期の前期比0.3%のうち、内需の寄与度が▲0.2%ポイントと成長の足を引っ張った一方で、外需は+0.5%ポイントと成長のけん引役となった。

 

 輸出は、アベノミクス初期の増加とは異なり、現在は中身のある成長といえる。なぜなら、図表①のように、2016年末以降、輸出数量が増えているからだ。それは、2012年末から2013年にかけての輸出額増加の主因が、円安効果による円建て価格の上昇だったこととは対照的だ。数量が増えるということは、生産拡大に伴って雇用機会が増える可能性が高く、中身のある輸出増と評価できる。

 

図表① 輸出額の要因分解 (出所:財務省、CEICより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. スロートレードは卒業へ?

 輸出が増加した背景には、世界経済の成長という追い風があった。特に、世界経済がスロートレードから脱却に向かいつつあるという見方があるほど、状況は好転している。このスロートレードとは、リーマンショック後に、世界輸出の伸び率が経済成長率を下回った現象である。図表②のように、伸び率をみると、2017年には世界輸出が世界生産を上回るようになり、日本の輸出もその流れに乗ったといえる。

 

 この変化の一因として、米国の経常赤字の拡大があげられる。リーマンショック以前の経常収支の不均衡は、米国の経常赤字に支えられていた。図表③のように、スロートレード時には、米国の経常赤字の規模は以前に比べて小さかった。しかし、2017年になると、米国の経常赤字の拡大傾向がみられる。

 

 経常赤字拡大の背景には、米国の景気回復がある。リーマンショック以降、景気拡張局面が続いており、米国のGDPは14四半期連続で前期比プラス成長を記録している。また、ほぼ完全雇用状態で、以前に比べて伸び率が低いとはいえ、賃金も上昇してきた、雇用・所得環境が改善する中で、消費が拡大し、輸入も増えてきた。このような米国経済の成長が、停滞していた世界貿易を動かしはじめたとみられる。

 

 また、ドル高という後押しもあった。図表④のように、量的緩和は2014年10月に終了し、利上げは2015年12月以降実施された。2017年10月からFRBのバランスシート縮小がはじまるなど、金融政策は引き締め方向に着実に歩み進めている。その中で、実質実効為替レートは、2014年末からドル高方向に動いており、足元では2006年と同水準になっている。ドル高になれば、輸入財を安く購入できるので、輸入需要は増加し、それが経常赤字の拡大要因になる。2000年代の急ピッチな利上げとは異なり、今回の引き締めのペースは緩やかで、米国の景気を冷やさなかったことも、米国の内需拡大の後押しとなった。

 

図表② 世界の生産・輸出 (出所:CPBより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表③ 世界の経常収支 (出所:IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表④ 実質実効為替レート (出所:日本銀行、St.Louis連銀より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 輸出も直面する供給制約

 米国経済の成長は、日本の輸出にとっての追い風となった。なぜなら、図表⑤のように、輸出数量は、為替レートで表される価格要因よりも、世界生産で表される数量要因に反応する傾向が強いからだ。足元の輸出数量の増加も、為替レートではなく、世界経済の成長によるところが大きかった。

 

 この背景には、輸出に関する構造変化があった。日本企業は、生産拠点の海外移転や地産地消体制の強化など、サプライチェーンの見直しを進めてきた。この対応が、2つの変化をもたらした。

 

 1つ目の変化は、円安が輸出数量を増やすとは限らないことだ。円高に苦しんだ企業が為替変動に対する耐性を強めた結果、円安でも輸出数量が増えなくなった。円安は、円建て評価額を膨らませる効果になるが、輸出数量の増加に本質的に重要な要因は世界経済の成長になった。

 

 もう1つの変化は、国内の生産能力が低下していることだ。生産拠点を海外に移す一方で、国内の生産能力が削減され、一部の産業では輸出需要に対応しきれなくなっている。実際、製造業全体の生産能力は、2010年から約6%も低下している(経済産業省『製造工業生産能力・稼働率指数』)。国内設備投資では、省力化を目的にしたものが多く、企業は能力増強投資に慎重な姿勢を崩していない。

 

 もちろん、一部には揺り戻しの動きがあることも事実だろう。人件費を含めたビジネスコストの上昇から、国内に生産拠点を回帰させる動きもみられるようになった。例えば、日本貿易振興機構『日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』によると、2016年度には、中国から日本への国内回帰は8.5%と、日本から中国への移管(6.8%)を上回った(複数回答、母数には拠点の再編を「過去2~3年の間に行った」「今後2~3年以内に行う予定」の双方を含む)。しかし、全体からみると、国内回帰は一部にとどまっており、国内の生産能力が回復するほどのトレンドではない。

 

 こうした変化の中で、せっかく世界経済が回復して、日本の輸出が伸びる環境が整っても、生産能力不足から、輸出を十分拡大できない状態に日本経済は陥りつつある。

 

図表⑤ 輸出数量の要因分解 (出所:財務省、CEIC、CPB、St.Louis連銀より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

4. 変わる貿易環境

 図表⑥のように、世界経済は安定的に成長していく姿が予測されている。それを踏まえると、日本は輸出の供給制約から、世界成長の恩恵を十分享受できないだけでなく、海外企業に市場を獲られてしまう恐れもある。

 

 一方で、貿易環境は大きく変化している。保護主義への懸念が広がる中で、日本はTPPや日欧EPAなど自由貿易で存在感を示し、貿易ルールの共通化に関わってきた。TPPという質の高い貿易ルールが新興国に適用されることで、日本企業がアクセスしやすい市場が拡大する。特に、成長期待が大きいアジアに隣接しているという立地条件に加えて、国際ルールの共通化の恩恵も受けられる。また、国際ルールの対象範囲が、貿易からサービスや投資分野まで広がることで、競争環境も大きく変わる。

 

 供給制約を打ち破るようにサプライチェーンを見直すとともに、新たなルール下でのサービスや投資分野など、広い視点から貿易体制を整えていくことが重要になっている。2019年にTPPや日欧EPAの発効が目指されていることもあり、残された時間はあまり多くない。

 

図表⑥ 世界経済見通し (出所:IMFより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

以上

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