実感なき成長①~細くて長い国内の波及経路

2018年03月13日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 景気回復の実感を得にくい理由として、その恩恵が消費者に到達するまでの波及経路が細くて長い可能性が考えられる。そこで以下では、国内に焦点をあてて波及経路を検討してみる。その結果、景気回復が輸出を起点とするものとした場合、それが国内の所得増・消費増に波及するまでの経路が長くなっている。それに加えて、生産技術・企業規模・地域などの影響もあって、生産工程が変化している一方で、家計の所得構造や消費行動も変わりつつあるため、輸出から国内への波及経路が細くなっている。これらの結果として、景気回復の恩恵が国内に広く波及せず、実感を得にくくなっていると考えられる。

 

1. 国内の波及経路

 景気回復の実感を得にくい理由として、その恩恵が消費者に到達するまでの波及経路が細くて長い可能性が考えられる。そこで以下では、国内に焦点をあてて波及経路を検討してみる。

 

 まず、波及経路の起点として考えられるのは、輸出だ。輸出が拡大すれば、国内の生産活動が活発化するので、残業時間が増えて、やがて雇用機会も生み出される。その中で、所得が増加し、消費が拡大することで景気回復の実感を得るという波及経路が想定される。

 

 しかし、輸出の拡大をきっかけに雇用機会が増えるという波及効果が低下している可能性がある。その他にも、輸出の増加が特定の産業や地域に偏ることで、全体に広がりにくくなっていることもありうる。

 

図表① 最終需要の動向 (出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表② 就業誘発者数 (出所:経済産業研究所『JIPデータベース2015』より住友商事グローバルリサーチ作成) 

 

 国内経済への波及を考える上で、まず消費や投資などの最終需要の動きをみておく。図表①のように、最終需要の内訳では、全体の5割強を占める民間消費がようやく300兆円を超えるところまで成長しており、輸出もリーマンショック前のピークを上回った。公共事業は2000年代半ばから横ばい圏内で推移しており、民間投資(住宅投資を含む)は回復基調にあるものの、いずれも1990年代のピークを回復できていない。

 

 こうした最終需要の変化は、生産や雇用にも波及していく。その影響を確認するために、産業連関分析を用いて、それぞれの最終需要項目によって誘発される雇用・所得を計算してみた。

 

 以下で示す最終需要別の就業誘発者数や雇用者報酬誘発額とは、例えば、民間消費という最終需要を満たす供給側の生産プロセスにおいて誘発された(そこに従事する)雇用機会(就業者数)と所得(雇用者報酬)である。

 

 図表②のように、民間消費による就業誘発者数は、1990年代前半をピークに減少に転じている。民間消費が増える一方で、それに起因する就業誘発者数が減っている理由としては、輸入品が増えたため、波及効果が国内から海外に移っていることや、生産技術が向上して生産に必要となる原材料などが減ったため、結果的に波及効果の連鎖が短くなったこと、消費のサービス化などがあげられる。2012年(最新値)の就業誘発者数は、ピークから約1割減少した計算だ。

 

 それに対して、政府消費や輸出による就業誘発者数は増えてきた。2012年時点では、政府消費による就業誘発者数は約1,200万人と、輸出の670万人の2倍近くの規模になっている。これは、高齢化とともに医療や介護などの消費需要が拡大していることを反映している。輸出も生産拠点の海外移転などの逆風があったものの、国内で雇用機会を生み出してきた。

 

 次に、最終需要ごとの雇用者報酬誘発額をみると、民間消費によるものが116兆円と全体の4割を占めているものの(2012年の値)、2000年代はほぼ横ばいとなってきた。政府消費による雇用者報酬も2000年代に横ばいであった一方で、輸出によるものは増えてきた。

 

 これらをまとめると、民間消費という最終需要が拡大しても、国内の就業者や雇用者報酬があまり増えなかった一方で、輸出の拡大はそれらを増やしてきたものの、そもそも全体に対する規模が小さいため、成長の恩恵が国内に波及しにくい構造になってきたと考えられる。

 

図表③ 雇用者報酬誘発額 (出所:経済産業研究所『JIPデータベース2015』より住友商事グローバルリサーチ作成) 

 

図表④ 最終需要の動向(2005年) (出所:中小企業庁より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 企業規模の波及経路への影響

 次に、中小企業庁『規模別産業連関表(2005年)』を用いて、企業規模の影響に焦点を当ててみる。規模別産業連関表は、製造業や商業、民間サービスについて、事業所の規模によって大企業(以下の図表中は各産業名の末尾に(大)と表記)と中小企業(同じく(小))に分けている。

 

 ここでは、最終需要規模の拡大にも関わらず雇用・所得誘発効果が伸び悩んでいる民間消費と、規模は小さいものの成長のけん引役となってきた輸出に注目する。

 

 図表④のように、最終需要項目によって、その対象となる企業の規模には大きな相違がある。民間消費はその他製品(小)、商業(大)、金融・不動産、公共サービス、対個人サービス(小)で多い。これは、中小企業が民間消費で関係するところは日用品(その他製品)や飲食・娯楽・生活支援サービス(対個人サービス)に集中していることを表している。その一方で、輸出は、素材型製造業(大)、加工組立型製造業(大)、商業(大)などが多い。自動車輸出を例にとると、その生産企業(加工組立型)や、そこに鉄鋼などの原材料を納入する企業(素材型)、輸出に関係する仲介サービス企業(商業)は大企業である傾向が強いことを示している。

 

 こうした相違は、結果的に、雇用者報酬誘発額や就業誘発者数にも影響を及ぼす。図表⑤や⑥のように、民間消費は、対個人サービス(小)、対事業所サービス(小)など中小企業で雇用者報酬、雇用機会を生み出している一方で、輸出は大企業が中心になる傾向がある。

 

 これらを合わせてみると、民間消費の拡大にもかかわらず雇用や所得が伸び悩む現象は、中小企業に出やすいと考えられる。その一方で、輸出拡大の恩恵は大企業が中心となり、中小企業にはサプライチェーンを通じた間接的な恩恵にとどまるとみられる。

 

 民間消費を起点とした国内波及経路の弱まりは、多数を占める中小企業に恩恵が広く行き渡らないことを意味し、相対的に規模の小さな輸出を起点とした国内波及経路への依存度を高めることになる。その結果として、景気回復の恩恵を実感するには時間が必要になるため、波及経路は長くなると考えられる。

 

図表⑤ 雇用者報酬誘発額の動向 (出所:中小企業庁より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表⑥ 就業誘発者数の動向 (出所:中小企業庁より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 地域の波及経路への影響

 また、地域による差も想定されるため、経済産業省『地域間産業連関表』を用いて、最終需要(民間消費と輸出)とそれらによる雇用者報酬誘発額について比べてみた。

 

 最終需要のうち民間消費をみると、図表⑦のように人口が多い関東や近畿、中部が多い。それに対して、輸出は関東、中部など産業が集積している工業地帯がある地域で多い傾向がある。なお、消費(民間消費)の「他地域(移入)」とは、民間消費のうち国内の他地域から購入したものを表している。

 

 次に、それらの最終需要による雇用者報酬誘発額を計算してみた。ここでは、地域間の取引も含まれているため、例えば、関東からの自動車輸出の生産に、中部の自動車部品メーカーからの部品が用いられていれば、関東の輸出が中部で雇用者報酬を生み出していることになり、それは関東の雇用者報酬誘発額のうち他地域分として計上される。

 

 図表⑦と⑧が示すように、関東の輸出(28.2兆円)によって、雇用者報酬誘発額は関東(自地域)に10.9兆円、他地域に2.1兆円生み出される。一方、民間消費(129.3兆円)によって、雇用者報酬誘発額は自地域に42.2兆円、他地域に10.0兆円となる。雇用者報酬誘発額における他地域の割合は、民間消費で19.1%(=10.0兆円÷(10.0兆円+42.2兆円))、輸出で16.3%となるため、輸出の方が低い。

 

 同様に中部について計算すると、民間消費(32.2兆円)による雇用者報酬誘発額は自地域に7.9兆円、他地域に5.7兆円となり、他地域の割合は42.2%である。また、輸出(15.1兆円)の場合は、それぞれ4.9兆円、2.2兆円、31.0%となり、関東と同じように輸出の方が低くなる。

 

 このように、雇用者報酬という視点からみると、民間消費に比べて輸出の方が、他地域への恩恵が波及しにくいといえる。民間消費が伸び悩み、輸出が増える環境は、その恩恵が地域を越えて波及していく力が弱い状況、すなわち波及経路が細い状況と考えられる。

 

図表⑦ 最終需要の動向(2005年) (出所:経済産業省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表⑧ 雇用者報酬誘発額(2005年) (出所:経済産業省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

4. 家計所得から消費への経路も細い

 波及経路を考える上で、家計の所得が増加することで、消費も増える効果が低下している可能性も重要だ。そこで、家計の可処分所得と消費の関係について、消費関数を推計してみた。ここでは、所得と消費の関係の変化に注目しているので、所得が1万円増えたときにどの程度消費に回るのかを表すパラメータ(限界消費性向)が時間とともに変化することを考慮している。

 

 図表⑨のように、限界消費性向は上昇トレンドにある。これは、所得が増えればそれが消費に回りやすい状態になってきていることを表している。つまり、所得増が消費増に結び付きやすい構造に変化しているといえる。

 

 しかし、図表⑩の所得の内訳をみると、必ずしもそうとは言えないことがわかる。ここ20年の可処分所得の変化をみると、15~64歳の生産年齢人口の減少と高齢化を反映して、雇用者報酬が減った一方で、年金などの社会保障給付が増えたことがわかる。実際、2016年と1996年を比べると、雇用者報酬は2.5兆円減ったのに対して、社会保障給付は23兆円増えている。

 

 その結果、景気回復による雇用者報酬の増加が波及する範囲が、従来に比べて縮小していることになる。現役世代の所得が増えることによって、年金を初めて受け取るときの基準(新規裁定年金)も増えるため、全く関係がないわけではない。しかし、多くの人の年金は物価上昇によって調整されるのであって、賃金上昇は年金受給世帯にとって必ずしも直接的なものではない。

 

 また、どのような雇用機会が増えてきたのかも重要だ。総務省『労働力調査』によると、足もとの景気拡大局面の2012年と2017年を比べると、男性では55~64歳、65歳以上での嘱託とアルバイトが増えている一方、女性では、40~50歳代の正社員とパート、65歳以上のパートが増えている。短時間労働など比較的所得の低いところで雇用機会が生まれていることがわかる。そのため、就業者数の増加に比べて、雇用者報酬がそれほど伸びない構図になっている。

 

 このように、限界消費性向が上昇しても、賃金上昇の恩恵がある世帯が相対的に減少しているため、所得増が消費増に結び付きにくくなっているとみられる。

 

図表⑨ 限界消費性向の変化 (出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

図表⑩ 可処分所得の変化 (出所:内閣府より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

5. 国内の波及経路は細くて長くなっている

 景気回復が、輸出を起点とするものとした場合、それが国内の所得増・消費増に波及するまでの経路が長くなっている。それに加えて、生産技術・企業規模・地域などの影響もあって、生産工程が変化している一方で、家計の所得構造や消費行動も変わりつつあるため、輸出から国内への波及経路が細くなっている。その結果として、景気回復の恩恵が国内に広く波及せず、実感を得にくくなっていると考えられる。

 

以上

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