米中貿易戦争と中国大豆市場

2018年04月16日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
小橋 啓

 

概要

 

 トランプ大統領が中国に対し知的財産侵害により制裁関税を課す方針を発表。中国もそれに対抗し、報復関税を課す方針を示し、両国が貿易戦争に突入するリスクが高まっている。中でも、米国からの主要輸出品のひとつである大豆が、中国側の報復関税のリストに加えられており、米国の農業関係者や、中国の飼料業者などからその影響を懸念する声が聞こえてきている。本稿では大豆を中心に米中貿易戦争の影響について注目し考察した。

 

 

1. 米中貿易戦争懸念の高まり

 

 米国のトランプ大統領は鉄鋼、アルミニウムへの追加関税の導入に続いて、通商法301条に基づく知的財産権侵害への対応として中国に対し産業機械など1,300品目に25%の関税をかける方針を示した。対する中国も米国産の大豆・牛肉・自動車・飛行機など計106品目に25%の報復関税をかけるとし、両国がお互いに高関税をかけ合う貿易戦争突入の懸念が高まっている。実施時期については具体的に定めてはおらず、水面下での交渉が続いているとされるが、ムニューシン米財務長官などから貿易戦争は避けられるとの楽観的な発言が出たかと思えば、中国の報復関税に対しトランプ大統領は新たに1,000億ドル規模の追加関税を検討と発言するなど応酬が続いており、未だ市場は方向感が出ない状態が続いている。

 

 

図① 米中貿易戦争:主な関税対象商品(301条関連)(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

2. 大豆輸入全体の6割以上を占める中国

 

 中国が関税をかける商品に、中国の対米輸入品の中で3番目に金額が大きく、年間約130億ドルに上る大豆が含まれている。大豆は特定の国による貿易比率が極めて高い商品であり、世界全体の貿易量のうち、ブラジルと米国の二国で輸出の85%以上を占め、中国一国の輸入が60%以上を占めている。そのため中国が米国産の大豆に関税をかけると波及効果の及ぶ範囲が広く、またその影響も大きいことから、最も懸念されている商品の一つとなっている。

 

図② 2017年中国対米主要輸入品(出所:ITCより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 中国は国内でも大豆の生産をおこなっているものの、トウモロコシなどと比較して利益率が低いこともあり規模は小さく、また作付面積も年々縮小され、消費量のほとんどを輸入に頼っている。輸入した大豆の用途は、主に圧搾して大豆油と大豆粕にし、油は料理用に粕は飼料に用いている。

 

図③ 世界の主な大豆輸出国と輸入国(出所:米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 中国から見た輸入元別の割合は、ブラジルが56%、米国33%と上位2国で約9割と高く、輸出元のブラジル・アルゼンチンから見ると輸出の約8割が中国向けであるなど相互に依存度が高い。また米国の大豆輸出に占める対中比率も55%と高く、関税が課せられれば現在3,000万トンを超えている米国からの輸出量に影響がでてくる。

 

図④ 中国の大豆輸入元割合(出所:ITCより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 報復関税の影響

 

 大豆に関税がかけられた場合、中国の業者は関税により割高になった米国産の輸入を減らし、ブラジル・アルゼンチン・ロシア・ウクライナなどからの輸入を増加させることが想定されるが、すでにブラジル・アルゼンチンの中国向け輸出比率は相当高いことに加え、米国からの輸入量も相当大きいことから、他に代替できるような輸出国は存在しない。米国からの輸入数量の減少はあっても中国が米国から相当量の大豆を購入するという関係は変わらないと考えるのが妥当だろう。

 

 中国にとっては、関税をかける分米国産大豆が割高になるだけでなく、貿易戦争の懸念の高まりを受けブラジル産大豆の価格が上昇するなどコスト上昇は避けられない。実際にブラジル産大豆のシカゴ商品取引所[*1]対比のプレミアムには既に上昇傾向がみられる。また、南米産の割合が高くなることは、干ばつなどで不作となった場合のリスクを上昇させるだけでなく、南米特有の国内のトラックによる輸送コストやストライキ、道路事情など物流上のリスクも考慮する必要がある。さらに、輸入した大豆の主な利用用途である飼料の観点では、2017年末対比で豚肉価格は大きく下落している一方、輸入作物である大豆価格は高騰しており、中国の豚肉生産者は苦しい経営を余儀なくされている。更に飼料価格が高騰すれば許容範囲も超えてくるだろう。

 

 報復関税の直接的な影響としては、大豆の輸出減少や輸出価格の引き下げなど米国農家にとって大きな痛手となるが、他国による代替が難しい商品である以上、中国にとってもコストが増え、リスクが上昇し、双方にとってマイナスの影響が大きい。

 

図⑤ 中国豚肉卸売価格推移(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図⑥ 大豆プラジルプレミアム(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

4. 影響度を小さくする要因はあるか

 

 一方で、以下の観点から関税を賦課してもその影響は限定的だとする意見もある。先述したように輸入した大豆の主な用途は油と飼料だが、飼料の観点ではトウモロコシや大麦など他穀物の比率を上げ配合を調整することにより大豆粕の需要を減らすことが可能だと一部大手飼料会社は述べている。また、近年健康志向の高まりによる豚肉需要の頭打ちや、政府による環境規制強化や利益率低下により国内養豚数が減少傾向であること、国内でトウモロコシから大豆への作付変更が可能だということなどがその主な理由となっている。但し、大豆粕は貴重なタンパク源であること、豚肉の輸入比率を上げれば飼料需要は下がるが豚肉自体が報復関税の対象となっていること、作付変更についても利益率の観点や、今後中国で導入されるといわれるE10のようなトウモロコシ由来のバイオエタノール需要が伸びることも予想されるなど課題が多い。一方、米国側についても仮に対中輸出が減少しても、米国産大豆が相対的に割安化すればEUや日本など他の需要国からの輸入増につながるとの意見もでているが、絶対量の観点から減少分すべてを補うのは困難とみられる。

 

 

5.今後の展開は

 

 トランプ大統領が打ち出す政策は、それ自体が本命というよりも、各国から有利な条件を勝ち取るための戦術的な意味合いが強く、中間選挙を控えた米国民へのアピールの意味合いも強いと考えられる。中国からの貿易赤字を減らすというのは分かりやすいメッセージではあるが、補助金支給なども検討しているようで、農家からの票を失うような政策も打てないのが実情だろう。また、世界の半分の豚肉を消費する中国にとっても、大豆価格の上昇は、飼料業者のコスト増を通じて物価上昇につながり、国内の反発を招きかねない。両国にとってマイナス面が大きく、水面下の交渉でまとまりをつけたいのが本心だろう。但し、トランプ政権も「良心」ともいうべき人材が次々と辞任し裸の王様化が懸念される中、本音とは裏腹に戦術が失敗するリスクもあり、市場が振り回されやすい状況はしばらく続きそうだ。

 

 

以上

 


[*1]Chicago Bord of Trade. 大豆、トウモロコシなど穀物の先物価格形成に強み。現物取引の参考価格として用いられる。

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