新型コロナ・蝗害の食糧需給への影響

2020年09月14日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
小橋 啓

概要

 全世界で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、食糧についても大きな影響が懸念されている。2020年初めには、一部穀物の生産国において輸出規制措置がとられるなど食糧危機への懸念が高まり、WHOや国連なども食糧難に注意喚起した。【*1】また、アフリカやインドなど各地でバッタによる大規模な食害(蝗害、こうがい)が起きていることも懸念をより一層高めている。「Withコロナ」「Afterコロナ」における食糧について、生産・流通・加工・在庫・輸出入・需要などの観点から、現状や見通しなどについて調査し、報告する。

 

 

1.  生産

(1)概要

 2020年前半には、複数の国が穀物などの輸出禁止措置をとったことから、食糧危機への懸念が取り沙汰された。しかし、米国農務省によれば、主要な食糧である穀物の世界生産量は2020年に過去最高の27.3億トンとなり8年連続の豊作が見込まれ、また在庫も8.5億トンと、世界の需要量27.0億トンに鑑みると、潤沢にある(図1、2参照)。そのため、穀物の供給については、すぐに大きな問題に発展するとは想定されない。ただし、穀物以外の農作物や畜産品などについては、労働力や、流通、消費それぞれにおいて、新型コロナウイルスの感染拡大によりすでに影響を受けるものが出ている。

【図1: 世界の穀物生産量、在庫量推移(20・21年度は見込み)(単位:億トン)】

【図1: 世界の穀物生産量、在庫量推移(20・21年度は見込み)(単位:億トン)】(出所:米国農務省よりSCGR作成)

〈出所:米国農務省よりSCGR作成)

 

【図2: 主要穀物及び大豆の世界及び主要国の生産量推移(20・21年度は見込み)】

【図2: 主要穀物及び大豆の世界及び主要国の生産量推移(20・21年度は見込み)】(出所:米農務省よりSCGR作成)

 

(2)出稼ぎ労働者

 農産物の生産において、重要な要素の一つが労働力である。農業は種まきや収穫など、労働力需要に季節的要因が強く働くことから、出稼ぎ労働者を雇うことも多い。労働力は国内からだけでなく、国外から雇うことも多く、欧州では主にルーマニアなどの東欧から、米国ではメキシコから安価な労働力を確保し、日本においても農業外国人技能実習生として、2019年には3万人以上の実習生を受けいれた。しかし、パンデミックの影響で、各国が国境閉鎖や移動制限を行ったことにより、出稼ぎ労働者も移動できず人手不足となり、また作物などを輸送するトラックなどの搬送手段の調達も困難になった。生産量自体は問題がなくても、生産物を収穫し、輸送することができなければ、食糧の供給が困難になる。特に農業は季節性があるのでタイミングが重要であり、適切な時期に作付けや収穫ができなくなれば、作物の品質や生産量にも影響が出てくるだけでなく、輸送の遅れにより劣化し廃棄を余儀なくされる恐れもある。2020年春に欧州では収穫に際し、労働力の移動手段を確保するためチャーター機の確保や、失われた外国人労働力を補填するために、アルバイト先のなくなった学生などを一時的に雇用する動きなどもみられたが、今後、新型コロナ禍が拡大して、入国制限の強化やビザ取得の厳格化が起これば、労働力の安定確保が困難になり、生産に影響が出てくる。米国では、25万人以上のメキシコからの出稼ぎ労働者が農作物の収穫をおこなっているが、その他にも100万人以上の不法移民が公然の秘密として農業に従事してきた。感染防止のために、人の移動や規制が強化されれば影響は大きくなる。新型コロナウイルスの影響が長引けば、今後農業労働力の確保のために、需要のなくなった他産業との人材マッチングなどが起こる可能性がある他、外国人労働力の確保不能のリスクを軽減するために、一部を国内労働力にシフトするなどの変化がある可能性も指摘されている。また、機械化による省力化技術の導入やAIを活用したスマート農業へのシフトが加速される可能性もある。

 

(3)資材物流

 労働力以外においても、OECDなどが種子や農薬、肥料などや、農業機械およびその部品などの流通への影響を指摘している。近年の農業の生産性向上には資機材の力が大きく、新型コロナウイルスによる物流の停滞により、適時に農業資材の投入や農機の部品調達が行えなければ、生産量にも大きな影響を及ぼす。また農薬など資材自体の生産においても、工場が停止し、供給が滞る恐れが指摘されている。

 

 

2.  食品加工

 一方、食肉や加工品などはベルトコンベアラインなどで人が密集して作業することが多く、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けやすい。2020年春には感染拡大により、米国、カナダ及びブラジルで食肉加工施設の閉鎖が加速度的に広がり、4月には米国で豚肉生産施設のほぼ3分の1が停止する事態に陥った。また世界最大の鶏肉・牛肉輸出国のブラジルでも、世界有数の食肉加工会社であるJBS所有の工場が閉鎖される事態が起きた。米国では、食糧供給持続のために、1950年国防生産法を適用して工場の操業や事業を継続するようトランプ大統領が命令を下すも、サプライチェーンへの影響は避けられず、スーパーマーケットなど市場の流通が滞り、価格の高騰を招いた。食品加工において、労働力だけでなく原料調達の面でも、サプライチェーンが滞れば、工場が稼働できずボトルネックになることも想定される。

 

 

3.  在庫

 現在、世界の穀物在庫は潤沢にあるとされる。2008年は干ばつにより穀物生産量が世界で大きく減少し、在庫量が十分でなかったこともあり、価格の急騰を招いたが、現在は中国を中心に在庫が豊富にあることから、FAOなど国際機関では大きな混乱は避けられていると判断している(図1、3参照)。しかし、食糧安全保障の観点などから、商品によっては各国が輸出規制を強化したり、備蓄需要をさらに高めたりすることも考えられる。蝗害や干ばつ、洪水などの気候変動要因などが重なれば、局所的に食糧供給が滞る懸念も残る。

【図3: 世界及び主要国の在庫推移と在庫率】

 【図3: 世界及び主要国の在庫推移と在庫率】(出所:米農務省よりSCGR作成)

【図3: 世界及び主要国の在庫推移と在庫率】(出所:米農務省よりSCGR作成)

 

 

4.  輸出入

(1) 輸出規制

 2020年2,3月ごろには新型コロナ禍を直接の原因としてはいないものの、ロシア・ウクライナなどでは小麦、カンボジアではコメなど、19か国以上の国が輸出規制を実施し、食糧の安定供給への懸念が高まった(表1参照)。G20では農作物に対して輸出制限を導入することを差し控えるとともに、不必要な食糧の備蓄を避けることも申し合わされた。ただし、今回輸出規制を実施した国々は、ロシアやウクライナの他は輸出量が比較的少ない国が多く、規制された数量も輸出量の数パーセントに留まるなど限定的であったことから、大きな影響を与えるものではなく、その輸出規制についても大半がすでに解除されている。また今後についても、世界の主要な穀物である、小麦・米・大豆・トウモロコシの生産は米国・ブラジル・ロシアなど一部の国に大きく偏っていることから、これらの国で大規模な輸出規制が取られれば大きな供給リスクになるものの、これらの国で穀物は輸出の主力商品であり、国際的なシェア競争の面からみても規制を拡大する恐れは小さいとの指摘もある。しかし、今回の新型コロナ禍に伴い、主要食糧の自給率の低い国では特に安定調達への懸念を高めており、中長期的に、輸入国の分散や自給自足にシフトを促す可能性がある。各国がとる輸出禁止・制限措置から,輸出規制が拡大するドミノ効果や,グローバル・バリューチェーンへの信頼喪失につながったり、経済的な非効率性を生み出すことが懸念される。

 

 【表1:2020年の主な輸出規制】

ロシア

小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシなど(4/1-6/30

ウクライナ

小麦(3/30-6/30)、ソバの実(4/1-7/1

カザフスタン

小麦、砂糖など(4/2-6/1

セルビア

小麦、砂糖、ひまわり油(4/13-5/6

ユーラシア経済同盟

ライ麦、米、そばなど(4/12-6/30)大豆(4/12-6/12

ミャンマー

米(5/1-6/30

ベトナム

米(4/11-4/30

タイ

鶏卵(3/26-4/30

エジプト

さやいんげん、落花生など(3/26-6/14)、レンズ豆(6/15-9/14

(出所:農水省よりSCGR作成)

 

(2)国際物流

 物流面においては新型コロナウイルス感染拡大の影響による一部港湾での荷役遅延や、航空便の減便、コンテナ船の不足等に加え、トラックドライバー・船員などの労働力不足なども重なり、食糧輸送に影響が出ている。特に、食肉・乳製品、野菜・果物などの生鮮食品では冷凍・冷蔵が可能な貯蔵施設や、コールドチェーンの循環の滞りにより、輸送量の大幅減少と価格高騰がおきた。現在、貯蔵・輸送状況も改善に向かってはいるが、再び感染が拡大すれば、物流が食糧供給のボトルネックになりかねない。

 

 

5.  需要

(1)食習慣の変化

 各国で外出制限やレストランなどへの休業要請措置がとられ、またテレワークにより多くの職場が閉鎖されたことで、外食需要は大きく減少している。また生活パターンの変化などから、商品によっては、需要が大きく減少するものも出ている。日本では、外食需要が減り家庭内での食事が増加したことにより、農作物の商品ごとの需要にも変化がみられ、外食向けが中心の農作物は価格が下落し、家庭消費向けの農作物は価格が上昇した。贈答用など高級品にも需要の低下がみられた。今後も「新しい生活様式」が続く中で、家庭調理の頻度が高い状況は継続し、保存性が高く調理が簡便な商品の需要が引き続き強くなるとみられる。また、衛生意識の高まりや、所得減による節約志向の他、国産農産物への選好の高まりなど消費者の意識変化も継続するとみられる。パンデミックの影響が長期化することで、人々の食習慣にも変化がみられると、需要の変化が固定される可能性も出てくる。

 

【表2: 2020年4月の卸売価格の変動幅が大きかった品目】

【表2: 2020年4月の卸売価格の変動幅が大きかった品目】(出所:東京卸売市場のデータなどよりSCGR作成)

(出所:東京卸売市場のデータなどよりSCGR作成)

 

(2)需要の減少

 ロックダウンなどの移動制限による景気低迷により、世界で失業者数が急増し、収入も大きく減少していることが需要を減らす大きな原因となっている。FAOやOECDは、新型コロナウイルスの感染拡大により世界経済がリセッションに陥る中、食糧消費の減少が農産物価格の急落を引き起こす恐れがあるとの見解を示している。マクロ的な経済ショックにより、農産物の価格に押し下げ圧力がかかり、歴史的な大暴落になる可能性も指摘している。ただし、多くの商品の価格が下落する一方で、新興国では経済的打撃による通貨安も進行しており、食糧輸入のコストが増大しているケースもみられる。また、新型コロナウイルスの影響により、収穫ができなかったり、外食需要の減少などで以前売れていたものが売れなくなるなど販路がなくなったりすれば、農家の収入が断たれ、次の生産をするための農業資材の購入もできなくなるなど資金繰りにも支障をきたすという悪循環に陥り、その負のスパイラルが長期化する恐れもある。

 

 

6.  食糧危機

(1)貧困層への影響

 主要なカロリーの摂取源である穀物に関しては、前述のように2020年は豊作が見込まれている。また在庫量も潤沢にあることから、グローバルでみれば今後1,2年のうちにすぐに食糧危機に陥るリスクは低いと考えられる。しかし、新型コロナ禍による経済的打撃は、食糧供給の上で大きな懸念事項となっており、特にアフリカや南米などの貧困層への影響が大きく、国連なども懸念を示している。また、アジアにおいては新型コロナウイルスの影響で人の渡航が規制され、海外への出稼ぎ労働が難しくなることで、収入がなくなり経済的に困窮する人々が出ている。

 

 FAOなどによれば、アジアを中心に慢性的な飢餓に苦しむ人口は約6億9,000万人、突発的な飢饉の人口は1億3,000万人とされる。【*2】新型コロナ禍により後者の一時的な飢餓に陥る人口は2020年末には2億6,500万人以上に倍増するとの指摘もある。【*3】新型コロナウイルスの他に、紛争、暴力、および気候変動の影響もあり、後述の蝗害の影響もある。新興国で進む通貨安や、局地的な食糧価格の高騰も重なれば、経済的な困窮によりさらに飢えが広まっていく可能性がある。世界銀行や先進国などは、食糧不足に苦しむ国に対する援助を増大させているものの、当該国においては、新型コロナ禍対策費用や、その他経済対策などすぐに必要とされる投資項目が多く、食糧について十分な資金が集まるかどうか懸念が残る。またSDGsでは2030年に飢えをゼロにすることが目標として掲げられているものの、世界の食糧システムを改革する努力がなければ目標達成は困難になると、国連は警告している。

 

【図4: 地域別飢餓人口(2019)(単位:100万人)】【図5:飢饉人口の増加(単位:1,000万人)】

【図4: 地域別飢餓人口(2019)(単位:100万人)】【図5:飢饉人口の増加(単位:1,000万人)】(出所:FAOなどからSCGR作成)

(出所:FAOなどからSCGR作成)

 

(2)食糧自給

 また、穀物など主要農産物などの生産は特定の国・地域に集中し偏りがみられる。大豆は米国とブラジルの2か国で世界輸出の8割以上を占めている。輸出規制により、特定の国に食糧を依存するリスクが高まってきたことを受けて、世界で食糧安全保障上の観点がより重視されてゆくと考えられる。

 日本では、農林水産省の分析によれば、カロリーベースの食糧自給率が現在38%まで低下している。生産額ベースでは高付加価値の商品の生産により66%となっているが、他先進国と比較しても低く(図7)、従前より政府はカロリー・生産額ともに自給率を上げる目標を掲げてきた。2020年3月に閣議決定された目標でも2030年までにカロリーベースで45%まで食糧自給率を上げるとしているが、今回の新型コロナ禍の影響で、食糧安全保障の観点からも危機感が増し、食糧自給率を上げることの必要性がさらに高まったといえる。

 日本以外においても、自給率の低い国などで危機感が高まっており、今後は世界の一部で自国生産への切り替えや輸入元の多角化などを図ることも想定される。シンガポールなどでも対策がとられている【*4】ほか、世界一の食料輸入国となった中国では、2013年から食料安全保障戦略を転換し、穀物のコメ・小麦の位置づけを飼料穀物や油糧種子と明確に分け,主食以外の食糧は可能な範囲で国内生産し不足分は輸入に依存する一方、主食用穀物については100%の自給を目指す方針を打ち出した。現状の中国の自給率は後述するが、完全自給に向けた取り組みが進展することも想定される。

 

【図6:主要穀物における輸出国構成比較】

小麦                    とうもろこし

【図6:主要穀物における輸出国構成比較】小麦 (出所:米農務省よりSCGR作成)【図6:主要穀物における輸出国構成比較】とうもろこし(出所:米農務省よりSCGR作成)

米                      大豆

【図6:主要穀物における輸出国構成比較】※ (出所:米農務省よりSCGR作成)【図6:主要穀物における輸出国構成比較】大豆 (出所:米農務省よりSCGR作成)

(出所:米農務省よりSCGR作成)

 

【図7: 諸外国と日本の食糧自給率】

【図7: 諸外国と日本の食糧自給率】(出所:農水省データからSCGR作成)

(出所:農水省データからSCGR作成)

※諸外国は2017年、日本は2019年のデータ

 

 

7.  蝗害

 新型コロナウイルスのパンデミック以外で、食糧への影響が懸念される事態として、バッタの大群による蝗害がある。現在、アフリカや中東、インドにかけてサバクトビバッタによる被害が拡大しており、新型コロナ禍の影響とも重なり甚大な被害発生が懸念されている。

 

 サバクトビバッタは、通常はおとなしく大きな害をもたらす種ではないものの、群れをなすと「群生相」に変質して、大群で農作物のみならず緑という緑を食べ尽くすようになる。群れをなすと、1平方キロメートル当たりの数が4,000万匹を超え、1日で3万5,000人分もの食糧が失われるので、バッタの大発生は貧困に追い打ちをかけ深刻な飢餓を引き起こすため、昔から天災として恐れられてきた。蝗害は数年から数十年おきに繰り返し起きてきたが、今回はケニアで70年ぶり、インドでも26年ぶりといわれるほど大規模なもので、数年続く大蝗害になる恐れがある。

 

 今回の大発生の直接の原因は、2018年にイエメンやオマーンを襲ったサイクロンとされている。近年では、FAOなどが発生状況の監視を続けており、ある程度予防が可能とされているが、広大な土地の監視には限界があることに加え、当該地域では、かねてからの内戦もあり、早期の対策をとることができず、大発生につながったと考えられる。加えて、2020年初めのケニアなどでの大雨や、新型コロナ禍の影響から物流がストップし、殺虫剤などがタイムリーに行き渡らなかったことなども群れを拡大させた原因と考えられている。蝗害への対策としては、殺虫剤を空中から散布する予防的防除を行い、幼虫段階において、群れを拡大させないこととされている。ヘリコプターやドローンなども積極的に使用され、昔と比べれば被害を抑えられるようになってきてはいるが、今回のように予防的防除に失敗してしまうと大蝗害発生を防ぐことは難しくなってくる。

 

【図8:サバクトビバッタの群れの分布図】

【図8:サバクトビバッタの群れの分布図】(出所:FAO)

(出所:FAO)

 

 アフリカでは、エチオピアで既に20万ヘクタール以上の農地が被害に遭い、穀物の40%が被害を受けたともいわれ、ケニアや、ソマリアでも穀物に甚大な被害がでている。南アジアではパキスタン、インドの国境地帯を中心に群れが拡大し、パキスタンでは既に小麦の15%、13億ドル相当の被害が出たとされる。

 

 国境を越えて被害が拡大するという点で、新型コロナ禍と同様、世界が協調して取り組まなければ抑えられない問題であり、バッタが世代を経るにつれ第2波、第3波と襲来するところも、新型コロナと似ているところがある。各地域・国においても対策が求められるところではあるが、新型コロナの影響により世界全体で景気後退がみられ、投資資金は新型コロナ禍対策や、景気刺激策などに優先して充てられ、蝗害対策には十分に行き渡らない可能性も出てきている。蝗害の被害に遭っているアフリカやインドなどでは、物流の停滞もあり、局所的に食糧の供給も停滞し、価格の高騰などが起き、特に貧困層では食糧調達が困難になってきている。

 

 

8. 中国の動向、

 中国ではトウモロコシや、小麦、米については通常自国で賄えており、2019年の自給率は約97.5%と高く、また世界でも突出する備蓄量(図2)を誇っていることから、すぐに食糧危機に陥る可能性は低いと考えられる。しかし、2020年、中国では新型コロナウイルスの影響に加えて、四川省など長江流域の南西部においては洪水【*5】、東北部の遼寧省などでは干ばつ、雲南省などでは蝗害の被害を受けており、政府は食糧危機への懸念を高め、既にトウモロコシなどの輸入量を増大させる姿勢をみせている。また2019年から続くアフリカ豚コレラ(ASF)の流行により豚の肥育数の減少などが起きている。ASFについては、ピークは過ぎた可能性はあるものの、肥育数は急回復しないため、米国などの工場停止による食肉生産量の減少と相まって、豚肉価格が高騰する事態も生じた。世界最大の食糧輸入国である中国の動向次第では世界のフードサプライチェーンの需給バランスに大きな影響が出る可能性がある。

 

 また、中国では新型コロナの防疫対策として、輸入元の国に対し、新型コロナに汚染されていないことを示す証明書を求めたり、商品によっては輸入規制を設けたりする動き【*6】も見せており、今後のサプライチェーンに及ぼす影響について留意する必要があると考えられる。

 

 

9. まとめ

・現時点では主要穀物の生産・在庫は豊富にあり、今後1、2年のうちに食糧危機に陥る可能性は現状いまだ低いものの、アフリカなどの一部地域では貧困層の拡大などにより飢餓などが増大する。

・新型コロナウイルスとの戦いが長期化すれば、生活パターンの変化が固定化し、商品ごとの需要や雇用なども変化する可能性がある。

・生産効率を高めるために、機械化などによる省力化やAIの導入によるスマート化の需要が高まる。

・食糧安全保障の観点から、各国が一部自給へのシフトや輸入元の多角化を促すことになる。

 

以上


【*1】2020年3月31日、国連のFAO、WHO、WTO事務局長が、新型コロナと食糧安全保障や貿易について共同声明を出し、新型コロナへの対応が意図しない基礎的食糧の不足や飢餓を引き起こすことのないよう呼び掛けた。

 

【*2】突発的な飢饉とは、一時的に食糧が不足してたくさんの人々が栄養不足に陥ることを指し、慢性的飢餓とは、継続的に食糧を手に入れられずに慢性的に栄養不足に陥ることを指す。

 

【*3】国連食糧農業機関(FAO)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)、国際農業開発基金(IFAD)による「世界の食糧安全保障と栄養の現状」(2020)

 

【*4】シンガポール政府は、現在10%に満たない食糧自給率を2030年に30%まで引き上げる政策を従前から取っていたが、さらに2020年4月に追加で食糧生産を助ける地場企業に補助金政策を発表

 

【*5】6月からの80年に一度とよばれる豪雨により、長江流域で広範囲にわたって洪水被害が発生し、農作物の被害は220万7,500ヘクタールに及ぶとされる

 

【*6】生鮮・冷凍の豚肉、牛肉、羊肉、鶏肉、冷凍輸入品を含む海産物などの検査を強化し、一時南米からの鶏肉や冷凍エビ、ノルウェーからのサーモンの輸入停止措置もとられた

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