高まる「食料危機」のリスク 

2022年03月16日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

食料危機のリスク高まる

 

 黒海~ウクライナの黒土地帯は「欧州のパンかご」とも呼ばれ、北米のプレーリー、南米アルゼンチンのパンパと並ぶ世界三大穀倉地帯の一つだ。そんな場所で戦火が広がっていることは、世界の食料供給を脅かす。ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、ウクライナの港湾は閉鎖されている。ウクライナ政府は3月6日には小麦・トウモロコシ・ヒマワリ油輸出に許可制を導入し、ライ麦・オーツ麦・キビ・ソバ・砂糖・食肉などの輸出を停止した。現在、西側国境から欧州への鉄道輸送の取り組みが行われているが、インフラや取扱能力の問題から、切り替えられるのは海上輸出の一部にとどまる見通しだ。さらに、この春の作付けは平年の半分程度にとどまるといった悲観的な予測さえ聞かれる。

 

 国連食糧農業機関(FAO)がまとめたウクライナ・ロシア戦争の農産物市場への影響に関する報告書や一般報道などを参考に、戦争による農産物市場にもたらすリスクを整理すると、おおむね以下のようになる。

 

 

①貿易リスク:ウクライナでの紛争激化で既に港湾が閉鎖され、油糧種子の圧搾作業が止まり、一部作物については輸出ライセンス制が導入された。これらはウクライナの穀物・食用油の輸出に影響する。ウクライナが戦争中に作物を収穫できるかもわからない。ロシアの輸出の先行きは非常に不透明。経済制裁の影響で販売が困難になる可能性がある。多くの国が自国供給確保のため輸出制限に動いている(次頁参照)。

 

②価格リスク:穀物・植物油の唐突かつ急激な輸出減少が生じるため、2022/23年度については他国が供給拡大を図っても、失われた供給の全てを埋めることは困難とみられ、需給ギャップが発生する。このことは価格上昇要因となる。原油・エネルギー価格も高止まりしており、生産コストや植物油の価格に影響が及ぶ。ロシア・ウクライナの輸出減少が2022/23年度以降も続くと、異常気象などによる他地域の生産損失への脆弱性が増す。価格上昇・供給不足は需要削減や代替を促す。

 

③物流リスク:ウクライナでは戦争で国内の輸送インフラや港湾、貯蔵設備、加工インフラが損傷する懸念がある。代替輸出ルートとして西側国境から近隣国の港湾への鉄道輸送が行われているが、代替できるキャパシティは限られる。黒海地域に向かう船舶の保険コストは上昇し、海上輸送コストはさらに上がる。

 

④生産リスク:2022/23年度の冬作物の生育はロシア・ウクライナともに良好だったが、戦争で農作業や収穫、販売が難しくなり、一部は収穫されないままになる可能性がある。春作物は作付面積縮小・単収低下が予想される。ロシアの場合は国際制裁で輸出市場を失い、農業収入が低下すれば、将来の生産の決定に悪影響を与える。代替供給が必要な作物の生産が増える分、他の作物の生産が相対的に減少する。

 

 

ウクライナクロップカレンダー(出所:米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

⑤人道的リスク:戦争によりウクライナ国内で人道支援の必要性が高まる。農業生産が減少し、経済活動が制約され、価格上昇で国民の購買力が低下する。食料安全保障や栄養状態が悪化し、難民の避難先である近隣諸国の人道的ニーズも増える。経済的に脆弱な国の人々への打撃が大きく、飢餓・貧困が拡大する。

 

⑥エネルギーリスク:農業は燃料・ガス・電力の使用を通じて直接、間接的に大量のエネルギーを使用するため、エネルギー価格高騰は特に先進国の農業に打撃を与える。肥料やその他エネルギー集約型商品や生産資材の価格も全般に上昇。生産コストの上昇は最終的に食料価格の上昇をもたらす。肥料価格高騰で使用量が減ると単収が低下、2022/23年度の生産量も下がり、価格にさらに上昇圧力がかかる。食用の植物油の供給不足でバイオ燃料向けの利用可能量が減り、低炭素燃料政策に影響が及ぶ。

 

⑦為替レート・債務・経済成長のリスク:通貨安は輸出競争力を増すが、購買力が低下するため輸入資材のコストがかさむことで投資や生産性の伸びにも影響し、経済活動の弱体化をもたらす。また、通貨安は外貨建て借り入れの負担増につながる。政府支出の軍事費が高まることで、開発資金の利用余地が低下する可能性がある。

 

 

世界食糧価格指数(出所:FAOより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

最近の農産物・食品輸出への規制・混乱

 

 ウクライナ戦争で再び食料供給が滞ることへの不安から、再び世界各地で輸出制限が広がっている。

 

 

最近の農産物・食品輸出への規制・混乱(出所:各種報道、米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

肥料価格の高騰

 

 肥料・農薬の出現は、世界の近代農業に生産性向上をもたらした。それらがなければ世界人口は現在ほど増えていなかったといわれているほどだ。逆に言うと、肥料価格の高騰・供給不足は、食料供給への大きなリスクとなる。

 

 

肥料価格(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

  • 肥料価格は、作物価格上昇を受けた作付け増加に伴い、需要好調で2021年頃から上昇圧力を受けていた。

 

  • 2021年6月、EUなどがベラルーシに対する追加経済制裁を発動し、同国の主力産業であるカリウム肥料の貿易を制限したことで供給量が減少。

 

  • 窒素肥料は原料アンモニアの製造に石炭・ガスが使われるため、昨年来のエネルギー危機で減産・価格高騰。

 

  • ロシアと中国は肥料輸出で高いシェアを握るが(下図参照、2国合計で世界の約4分の1弱)、両国が自国供給を優先し、輸出を制限。またロシアに対する西側の経済制裁も同国産肥料の供給を制約する。

 

  • 輸入国、特にブラジル・インド等にとっては死活問題。

 

  • 米国では業界寡占化も価格高騰を生む構造的問題として指摘されている。肥料不足で施肥量を削減すれば、単収低下のおそれがある。

 

 

耕地面積当たり収量(世界平均)&世界人口(出所:米農務省、国連より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

輸出額・輸入額(出所:OECより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

以上

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