エネルギー価格上昇とウクライナ危機~ユーロ圏経済2022年4月~

2022年04月12日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

概要

 ユーロ圏経済は、感染状況が落ち着きを見せ、行動制限が緩和されるにつれて、緩やかに回復してきた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻によって、先行き不透明感が強まった。特に、エネルギー調達問題が欧州経済にとって喫緊の課題になっている。これまで推進してきたグリーン化(気候変動対策)との折り合いのつけ方など、課題が山積している。こうした状況で、物価上昇率が過去最高を更新、欧州でも年末にかけて利上げが視野に入ってきた。エネルギー問題など、大きく変化した外部環境への適応が、足元のユーロ圏経済の課題といえる。

 

 

1. 現状:持ち直す景気

 ユーロ圏経済は、緩やかに回復してきた中で、ウクライナ危機によって先行き不透明感が強まっている。2021年Q4の実質GDP成長率は前期比+0.3%と、3四半期連続のプラス成長となったものの、勢いを欠いている。2022年になってからも、半導体不足など供給網のボトルネックやオミクロン株感染拡大など下押し圧力が強い状態が継続している。

 

 1月下旬以降、行動制限が段階的に解除され、経済活動が再開しはじめたところで、ウクライナ危機が生じた。これを受けて、エネルギー供給、企業や家計マインド悪化、世界的な供給網への悪影響を通じて、ユーロ圏経済に下押し圧力が強まると懸念されている。

 

 

2. ユーロ圏も物価上昇が加速

 足元の経済環境について、需給要因などを確認しておく。

 

  • 個人消費は、持ち直しつつある。ユーロ圏の2月の小売売上高は前月比+0.3%と2か月連続のプラスとなった。1月下旬から行動制限が段階的に緩和されて、個人消費が戻りつつあるためだ。2月時点では、ドイツは+0.3%、オランダは+4.0%と2か月連続のプラスであり、スペインは+1.2%と3か月ぶりにプラスになるなど、個人消費は持ち直しつつあった。その一方で、物価上昇が顕著になっており、実質的な購買力が低下している。ウクライナ危機に伴う消費者マインドの悪化とともに、先行きの個人消費の重石になると懸念される。

 

  • 設備投資は、持ち直しつつある。1月のユーロ圏の資本財売上高は前月比+4.4%と、2か月ぶりのプラスになった。ドイツは+7.2%と4か月連続プラス、フランスは+1.0%と3か月連続プラス、オランダは+0.7%と2か月連続プラス、イタリアは+7.5%と2か月ぶりのプラスとなった。デジタル化や脱炭素への取り組みなど、設備投資が今後増加すると期待されている。7,500億ユーロ規模の復興基金もそうした民間投資の呼び水になるとみられている。先行きについて、持ち直し基調が継続すると期待される一方、企業マインドの悪化が懸念される。

 

  • 輸出は、増加している。1月のユーロ圏の輸出額は前月比+3.4%と2か月ぶりのプラスとなり、増加基調を維持した。2021年7月以降、輸出価格が6か月連続で上昇しており、価格効果によって、輸出額が押し上げられている。つまり、輸出額の増加という見た目ほど、輸出数量は増えていない。輸出財の生産工程において、輸出財需要増による増産効果はそれほど大きいものではないといえる。そのため、輸出が増えたから景気が良くなるという効果も、足元では小さい傾向にある。先行きについても、当面価格上昇が顕著で、数量が伸び悩むことが想定される。

 

  • 生産は、持ち直しつつある。1月の鉱工業生産指数は前月比+0.0%となり、3か月連続でプラスだった。自動車工業や紙・パルプ、化学製品などが減産した一方で、食料品や飲料、木製品、非鉄金属鉱物製品などが増産した。半導体など原材料不足や資源エネルギー価格上昇などを背景に資本財や耐久財生産が減産となった一方で、非耐久消費財が増産となり、消費需要の回復が生産の下支えになったようだ。先行きについて、増産基調の維持が期待される中で、半導体等の原材料不足やウクライナ危機が下押し圧力になるだろう。

 

  • 物価は、上昇ペースを加速させている。3月のユーロ圏の消費者物価指数は前年同月比+7.5%と、5か月連続で比較可能な過去最高を更新した。内訳をみると、エネルギー価格の44.7%上昇が目立つ。欧州ガス価格の記録的な高騰などが反映されている。また、エネルギーを除く工業財も3.4%、サービス業も2.7%と上昇しており、価格上昇が広がりつつある。食料品やエネルギーを除くコア指数も+3.0%となり、欧州中央銀行(ECB)のインフレ目標(2%)を上回っている。当面、高い物価上昇率が継続する公算が大きい。

 

  • 雇用は、回復している。2月のユーロ圏の失業率は6.8%と、新型コロナウイルス感染拡大前の2020年3月の7.2%を下回った。コロナ禍で懸念されていた若年層の失業率も低下している。経済活動の再開などから人手不足の傾向が継続しており、雇用環境は回復している。ただし、物価上昇に比べて賃金上昇は鈍く、実質的な購買力が低下している。こうした状況下で、ECBは賃金上昇が物価上昇に結び付く間接的な影響に注意を払っている。

 

 

3. ユーロ圏も利上げが視野に

 財政政策について、復興基金の給付が始まっており、デジタル化やグリーン化への民間投資の呼び水になることが期待されている。また、EUは現在、財政赤字GDP比など、財政健全化へのルールについて協議中である。これまでは、コロナ禍の下、感染対策や景気刺激策のために、財政赤字ルールをいったん凍結していた。しかし、ドイツなど緊縮財政派は、財政健全化のために段階的に元に戻るべきという考えをもつ一方で、南欧諸国などは柔軟さがなければ経済への悪影響が大きいという考えをもっている。そのため、財政赤字GDP比などのルールについて見直しを行っている。足元では、高騰する燃料対策が喫緊の課題となっており、財政出動が必要になっていることもある。さらに、ウクライナ危機の発生によって、国防費などに増加圧力がかかっていることも事実だ。

 

 金融政策について、物価上昇を踏まえて、ECBは2022年3月にパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)を終了した。また、2022年Q3にも資産買い入れプログラム(APP)を終了することが視野に入ってきた。それに加えて、年内にも利上げを開始すると、市場は想定し始めている。物価上昇ペースが顕著であり、対策が必要だという声が大きくなっているためだ。実際、ECB内のタカ派的な中銀総裁は、年内もしくは2023年年初におけるマイナス金利の脱却を主張している。物価と経済動向次第であるものの、ユーロ圏でも金融引き締めが注目を集めつつある。

 

 

4. 先行き:エネルギー価格上昇とウクライナ危機

 先行きについて、感染状況が落ち着くにつれて、緩やかな景気回復が続くと期待される。しかし、ウクライナ危機やエネルギー価格の上昇もあり、先行きの下振れリスクは高まっている。

 

 これまでコロナ禍からの脱却のために、欧州はグリーン化の旗振り役になってきた。しかし、ウクライナ危機に伴い対ロシア制裁を強める中で、エネルギー確保が喫緊の課題となり、グリーン化に一部巻き戻しの動きがみられている。天然ガスのロシア依存度を下げるために必要となる代替エネルギーの調達は困難であり、一部の欧州内の国では石炭や原子力発電などを見直す動きもみられている。2021年末には欧州ガス価格が歴史的な水準まで高騰したこともあり、対応に苦慮しているというのが現状だ。

 

 一方で、グリーン化は、金融機関や投資家などを巻き込んだ大きな時代のうねりとなっている。グリーン化を進めなければ、資金調達が難しくなり、企業経営が傾きかねないことも事実だ。このように、大きく変化してしまった外部環境に適応することが足元のユーロ圏経済の課題といえる。

 

 

図表① 需給の経済指標 図表② 物価・雇用指標(出所:EurostatよりSCGR作成) 

 

以上

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