商品市況(2022年5-6月)インフレ抑制へ、あの手この手

2022年06月08日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

2022年6月6日執筆

 

インフレとの戦い

 貿易戦争、気候変動との戦い、新型コロナとの戦い。一連の戦いは商品市場に大きな供給制約を生んだ。その一方で、コロナ危機下では消費者・失業者への給付金や未曽有の金融緩和によって需要が喚起され、多くの商品の需給は逼迫し、インフレ圧力は強まった。米FRBは当初、インフレは一時的との認識を示し、ゼロ金利政策と量的緩和を続けてきたが、ロシア・ウクライナ戦争という想定外も加わって、過去数十年経験しなかった高インフレを生んだ。現在は、インフレとの戦いにも本腰を入れざるを得ない状況で、物価高と急ピッチの金利上昇が景気を冷え込ませることへの懸念が強まっている。

 

 

投資選別へ

 これまでリスク資産の価格を押し上げてきた過剰流動性が逆回転することで、金融市場は動揺している。米国株式市場は5月は売り優勢の展開を経て、S&P500は5月を前月比ほぼ変わらずで終えたが、いわゆるステイホーム銘柄は次々に値を崩し、石油株は上昇するなど、局面の変化が見て取れる。商品市場の例でいえば、S&P GSCI やBloomberg Commodity Indexなど商品指数は、5月は前月比横ばいないし小幅高となったが、米国木材価格の下落とガソリン価格の高騰は米国消費者の行動変化を映し出した。エネルギーが堅調ななかで中国の需要シェアの高い産業用メタルが下落したことは、コロナ対応を巡る欧米と中国の違いが注目されたともいえる。現状、まだ金融政策は緩和的であるため、リスク資産全面高から投資選別の局面に移っているとの見方もでき、6月は上海の経済再開で非鉄金属や鉄鉱石などの相場持ち直しも期待されるが、量的引き締めが本格化するのはまだこれからであることを考えると、地合いの強い商品であっても相場の先行きを手放しでは楽観できない。

 

 

商品指数vs.株価指数(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

株式時価総額(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

ステイホームからお出かけへ(出所:全米自動車協会、Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

S&P GSCI (出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

政策リスク

 インフレ抑制策は金融引き締めだけではない。燃料・食料の価格高騰は社会不安の芽を生むことから、多くの国が燃料補助金や輸出規制などの政策介入を行っている。このことは商品需給やフローにも大きな影響を及ぼし、予測が困難なことで相場にボラティリティを生む要因となっている。

 


- インド:インドは3月のCPIが7%を超え、成長重視から物価重視へと政策の軸足を急転換。5月初旬には緊急利上げを実施した。また、小麦の輸出を巡っては、4月までの輸出奨励方針から一転して禁輸に踏み切った。同国は中国に次ぎ世界2位の小麦生産国で、政府がコメや小麦を買い上げ貧困層に安く食料を提供する公的分配システム(PDS)の下、高水準の穀物在庫を保有している。これまで、物流と品質の問題などから余剰小麦の輸出は限定的だったが、ウクライナ危機を受けて政府は鉄道車両の手配支援や港湾当局との協力を行い、実際の商談も進めていたため、食料危機下でのインドの輸出に対する市場の期待は高まっていた。ところが、異常な熱波で2022年が減産見通しになると一転、輸出規制に踏み切った。産業用素材に関しても、5月22日付で無煙炭・PCI炭・原料炭の輸入関税を撤廃、ガソリン・ディーゼルやプラスチック原料の物品税を下げる一方、鉄鉱石の輸出税は引き上げ、一部鉄鋼製品には15%の輸出税を課した。欧州の鉄鋼減産やEUの対ロシア制裁を受けて、インドの鉄鋼会社が鋼材輸出を拡大しようとした矢先の突然の政策変更だった。

 


- インドネシア:1月に国内発電所への石炭供給を確保することを目的として、突如石炭輸出停止を発表。これは一時的な措置にとどまったが、3月には国内生産企業に対する国内供給義務(DMO)をそれまでの25%から30%に引き上げた。また、国内の食用油価格高騰への対応では、パーム油を巡る政策で二転三転。1月には石炭同様に生産量の少なくとも20%を国内に供給することを義務付け、3月上旬にこの比率を30%に引き上げたが、3月末にはDMOから輸出税に変更。さらに4月末からは全面禁輸としていたが、国内外からの猛反発を受けて1か月足らずで解除し、生産の一定割合を国内供給することを義務付ける政策(DMO)に逆戻りした。すず・ボーキサイト・低純度ニッケルなど非鉄原料の輸出制限も引き続き俎上にある。

 


- ウクライナ:世界的に食料危機が深刻化する中、ウクライナ国内では輸出できない穀物が滞留している。次の収穫期が来る前に出荷できなければ、貯蔵能力不足で収穫できない事態が生じかねない。このため、現在は滞留する穀物をなんとか国際市場に運び出そうとする取り組みがEUや国連を中心に進められている。

 


- 米国:中間選挙が近づくなかで物価高と干ばつに直面。原油備蓄放出やE15ガソリンの夏季販売規制緩和など価格抑制策を講じているが、ガソリン価格は日々高値を更新しており、燃料輸出制限の議論も燻る。増産を渋る湾岸産油国への不満から5月初旬には上院司法委員会がNOPEC法案を可決したが、バイデン政権がサウジアラビアやベネズエラへの外交的アプローチも行いサウジとの関係修復に動いたことが、6月2日のOPECプラスによる生産枠拡大の伏線となった。一方で、イラン核合意再建に向けた交渉は停滞しており、対イラン制裁の早期解除の見通しは後退している。

 


- 英国は低所得層への生活支援を拡充する財源として石油ガス企業の利益に25%の超過利潤税を課すと発表。これはもともと野党の政策であり、プロビジネスの与党・保守党は慎重な構えだったが、支持率低下のなかで態度を翻した。投資費用の税控除拡大とセットになっているが、投資計画への影響を精査する必要がある。

 

 

 商品需給だけを見れば、過去の投資不足や異常気象などの影響によって総じて供給は逼迫しており、短期的には割高でも現物調達確保が優先されやすい。金融資産の下落リスクが意識されるなかでの投資家の実物資産選好も相場にはプラスだ。しかし上述したような各国の動きは、原材料や食料の価格が受け入れがたい水準に達しつつあることもうかがわせる。高値の特効薬は高値、ともいわれるように、ロシア・ウクライナ戦争やインフレとの戦いが長期化し、世界経済が減速すれば商品需要を、ひいては価格を押し下げることになる。

 

 

以上

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