「バイデン大統領就任後初の中東歴訪」中東フラッシュレポート(2022年7月前半号)

2022年07月25日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2022年7月20日執筆

 

1.バイデン大統領就任後初の中東歴訪

 7月13~16日の日程でバイデン米大統領が就任後初めて中東を訪問し、イスラエル・パレスチナとサウジアラビア(ジェッダ)を訪問した。イスラエルでは、ラピード首相、ネタニヤフ元首相など要人との会談や、I2U2(イスラエル、インド、米国、UAEの協力枠組み)のオンライン会合への出席、防空システム視察やホロコースト記念館訪問などを行った。短時間のパレスチナ自治区(ベツレヘム)訪問では、自治政府のアッバース大統領との会談を実施。サウジではサルマン国王やムハンマド皇太子(MbS)との会談を実施し、湾岸協力会議(GCC)の6か国に加えエジプト、ヨルダン、イラクの首脳が揃った「GCC+3サミット」に参加した。

 

 バイデン氏は、大統領就任前からサウジやMbSに対してイエメン戦争や人権問題などで厳しい批判を繰り返してきたため、二国間関係が悪化。今回の訪問の最大の目的と考えられていた原油増産依頼に対して、サウジは「需給を見ながらOPECプラスの会合の場で決める」と事実上の無回答。ロシアのウクライナ侵略で高騰したエネルギー価格が米国のガソリン価格を急激に押し上げたため、余剰生産能力を持つサウジに原油増産を依頼しに行ったものの、目に見える成果は得られなかった。中東訪問のもう一つの目的であったイスラエルの地域統合促進に関しては、サウジ政府がイスラエル民間機のサウジ領空の飛行を許可したことなど、一定の成果が見られた。

 

2.トルコ:6月のインフレ率が78%超で24年ぶりの高水準に

 トルコ統計局は、6月のトルコの消費者物価指数(CPI)が前年同期比で+78.6%と発表した。この数値は、1998年以来24年ぶりの高い水準。細かく見ると、食料品価格が+94%、運輸・交通費が+123%値上がりしており、変動の大きい食料品やエネルギー価格などを除いたコア指数でも+57.3%となっている。生活費の上昇を受けて、エルドアン大統領は7月1日から最低賃金を30%引き上げると発表したが、2022年1月に最低賃金の50%引き上げが行われたばかりであり、インフレをさらに悪化させかねない。インフレを抑えるには利上げが必要と考えられるが、トルコの中央銀行は2022年に入って6か月連続で金利を据え置いている。

 

3.シリア:「越境支援」継続の是非でロシアが拒否権を行使

 7月10日に期限が切れる国連によるシリア北西部へのトルコからの「越境支援」について、7月8日に国連安全保障理事会で欧米諸国は1年間の延長を提案したが、ロシアが拒否権を行使。代わりにロシアは6か月間の延長を提案したが、米・英・仏が反対して却下された。期限までに協議はまとまらず一旦期限切れを迎えたが、7月12日に欧米側が妥協して、6か月間の延長で合意した。2023年1月に再度延長の是非を話し合うことになる。アサド政権を支持するロシアは、越境支援はシリアの主権侵害であるとして早期の停止を求めているが、北西部の反体制派地域はシリア軍に包囲されており、越境支援が停止すれば少なくとも240万人が危機的状況に陥る可能性がある。

 

4.チュニジア:サイード大統領が大統領権限を大幅に拡大する新憲法案を公表

 6月30日、サイード大統領は大統領権限を大幅に拡大する新憲法案を公表したが、同案のドラフトを作成した起草委員会のベライード委員長は「自分が提出した草案とは全く異なる」、「独裁体制につながりかねず危険」として、新憲法案を厳しく批判した。チュニジアでは、「アラブの春」後の2014年に現行憲法が制定され権力の分散が確立されたが、今回の新憲法案では再度権力を大統領に集中する内容となっている。2022年3月に解散させられた議会の最大政党であったエンナハダは同憲法案を強く批判しており、7月25日に行われる国民投票のボイコットを呼びかけている。

 

5.リビア情勢

  • 7月1~3日にリビア各地で国民による抗議デモが発生したことを受け、大統領評議会は政治的停滞を解消し、現在の暫定期間を終わらせて選挙を実施すべく、早急に協議を行い今後の行動計画を策定することを発表した。

 

  • 7月10日、バシャガ国家安定政府(GNS)首相は「今後数日中に首都に入る」と発表。2022年5月に首都に入ろうとしたときは、対立するドゥベイバ国民統一政府(GNU)首相支持派の武装集団と銃撃戦になり、数時間で撤退を余儀なくされたが、今回は一部の武装集団が姿勢を転換したため衝突の危険性はないとしている。

 

  • 7月12日、ドゥベイバGNU首相がサナッラー国営石油会社(NOC)会長を解任し、ハフタル司令官やUAEに近いベン・グダラ元中央銀行総裁を新会長に任命した。サナッラー氏は抵抗を示したが、7月14日にベン・グダラ氏は民兵を伴ってNOC本部に入るという実力行使の手段を取った。リビアでは4月中旬以降、ドゥベイバ氏の退陣を求める部族集団による原油施設の強制閉鎖のため原油の生産・輸出が滞っていたが(6月の原油生産量は2021年の半分の日量63万バレル)、ドゥベイバ氏側と部族集団に強い影響力を持つハフタル氏側との間で秘密協議が行われ、今回の解任劇につながったとのこと(協議はUAEの仲介で行われた)。

 

  • NOC会長交代翌日の7月15日には原油施設などの閉鎖が解除され、翌16日にNOCはリビアの全ての油田や港のフォース・マジュール(不可抗力)の解除を発表し、「7月20日以降に大量の原油輸出を再開する」と発表した。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。