「OPECプラスによる大幅減産決定とその後の米国による反発」中東フラッシュレポート(2022年10月前半号)

2022年10月26日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2022年10月20日執筆

1.OPECプラスによる大幅減産決定とその後の米国による反発

 10月5日、OPECプラスは世界的な景気減速への懸念から、閣僚級会合で11月からの日量200万バレル(bpd)の協調減産を決定した。同決定に対し、バイデン政権高官は「バイデン大統領は失望している」と発言し、米国の有力議員などはOPECプラスの主導的な立場にあるサウジアラビアとの関係を見直すよう働きかけ始めている。バイデン大統領は国内のガソリン価格高騰を抑えるべく、7月にサウジを訪問しムハンマド皇太子に増産を依頼したとみられているが、それにもかかわらず中間選挙直前のタイミングで大幅減産が発表されたことで、バイデン大統領は"顔に泥を塗られた"と感じている可能性が高い。今後米議会から、サウジ駐留米軍の引き揚げやサウジへの武器売却停止などの話が出るとみられている。

 

 米国からの批判に対し、サウジ外務省は10月12日に声明を発表し、減産は石油市場の安定や経済的理由によってメンバー諸国が全会一致で出した決定であって、一つの国が出した決定ではないと反論。また、米政府から減産を1か月先延ばしにしてほしいと提案を受けたことを明らかにした上で、そのような決断は経済に悪影響を及ぼすと説明。米政府の提案が、米国で11月8日に行われる中間選挙を意識した政治的なものであることを暗に批判した。

 

2.国交のないイスラエルとレバノンが海上境界画定で合意

 10月11日、国交のないレバノンとイスラエルが海上の境界画定に向けた合意に至った。レバノンは1948年のイスラエル建国を認めていないため両国の間には外交関係が無く、本件に関わる交渉は米政府が仲介してきた。両国の海上境界地帯には既にガス田が発見されており、境界が最終的に画定されれば両国において同海域のガス田開発が進むことが予想される。イスラエルにとって今回の合意は、経済面のみならず安全保障面でも大きな意味のある合意であり、また未曽有の経済危機に苦しむレバノンも、海洋ガス田開発に大きな期待をかけている。レバノン側では既に大統領が本合意を正式承認すると発表しているが、イスラエル側では野党が同合意に強く反対しており正式承認が待たれる。

 

3.IMF融資交渉:レバノン、チュニジアは実務者間で合意、エジプトは交渉継続

 新型コロナ禍や世界的商品価格の高騰で財政悪化が顕著な中東諸国は国際通貨基金(IMF)と新規融資交渉を行ってきたが、2022年4月にレバノンが30億ドルの融資で、そして10月15日にチュニジアが19億ドルの融資で実務者間での合意に至った(12月の理事会で正式承認予定)。レバノンの経済危機は深刻で、銀行から預金を引き出せない状況に陥り銀行強盗が多発している。チュニジアでも、2021年7月の大統領による権力奪取後も経済が好転せず、抗議デモが活発化している。IMFの融資条件として、今後両政府は補助金撤廃や国営企業改革などの諸改革を求められるが、抵抗勢力も存在し前途は多難だ。

 

4.トルコ:国会が偽ニュース規制法案可決

 10月13日、トルコ国会は与党公正発展党(AKP)が提出した偽ニュース規制法案を賛成多数で可決した。同法案は、国民に不安・恐怖・パニックを引き起こすことを目的として、国の安全保障や社会秩序などに関する偽ニュースを拡散した者に対して、1~3年の禁錮刑を科すというもの。政府は「フェイクニュースと戦うために必要」と主張するが、2023年の選挙に向けて言論・表現の自由がさらに縮小し、監視や自主規制で政府批判ができなくなるとして、国内外から同法に対する批判の声が上がっている。

 

5.イラク情勢

  • 政治情勢
  • 2021年10月の議会選挙以来、過去1年間政治混乱のため政権を樹立できない状態が続いていたが、10月13日の議会でラシード新大統領が選出された。同大統領は、イランに近い議員連合「調整枠組み(CF)」から支持を受けたスーダーニ氏を新首相に指名し組閣を命じた。組閣期限は30日間だが、同氏は早期の組閣を示唆しており、10月中にも閣僚名簿が議会に提出される可能性があり、議会の承認が下りれば新政権が誕生する。
    • ラシード新大統領(Abdul Latif Rashid):1944年イラク北部スレイマニヤ生まれ(78歳)。長らくクルディスタン愛国同盟(PUK)を率いてきた故ジャラール・タラバニ氏の妹シャナズの夫。英マンチェスター大学で工学博士号取得。長年英国に在住。PUK所属。マリキ政権下で水・資源相(2003~10年)。
    • スーダーニ首相候補(Muhammad Shiya al-Sudani):1970年バグダッド生まれ(52歳)。シーア派。家族はマイサーンの有力部族でダアワ党所属。バグダッド大学でプロジェクト管理の修士号取得。マイサーン県農業局などで勤務後、同県知事(2009~10年)、人権相(10~14年)、労働・社会問題相など複数の閣僚を経験。
  • 今後、派閥間で閣僚ポストの調整に時間がかかる可能性はあるが、議会ではスーダーニ氏を推すCFを中心とする大連合「国家運営連合」が成立しており、閣僚承認や政権運営は比較的スムーズに進むと予想され、2023年予算案も早期可決が期待される。ただ、CFと対立するサドル師は、スーダーニ政権への不支持を表明しており、今後も同師支持者による妨害行為(大規模な抗議活動など)が発生する可能性がある。なお、10月13日の議会開始直前にも、9発のロケット砲が議会周辺に着弾し、少なくとも10人が負傷した。
  • 10月15日、財務省の調査で、2021年9月からの1年間に国税庁の口座から5つの口座に247回に分けて総額25億ドルが不正送金されていたことが判明。2022年8月に当時のアッラーウィ財務相は汚職に関する政治的圧力に耐えかね辞任し、以後財務相代理を兼任してきたイスマイル石油相も調査結果の公表とともに財務相代理を辞任。最高司法評議会は本件について現在捜査中としながらも、背後に複数の有力者に繋がる組織ネットワークがあるとしている。
  • 10月9日、クルド自治政府(KRG)の議会は、10月1日に予定されていたKRG議会選挙の実施を1年間延期することを決定。KRGの二大政党クルディスタン民主党(KDP)とPUKの対立で選挙法に合意できず、選挙のための準備が間に合わなかったことが理由。

 

  • 石油・経済
  • 10月5日、OPECプラスが11月以降の200万bpdの大幅減産を発表。10月のイラクの生産枠は465.1万bpdだが、11月以降は22万bpd減少し、上限は443.1万bpdに設定された。イラクの9月の生産量は455万bpd。
  • 10月5日、IMFが経済見通し報告書を発表。イラクの2022年の実質GDP成長率は+9.3%(4月報告書の+9.5%より0.2%下方修正)、2023年は+4.0%(同+5.7%より1.7%下方修正)と予想。

 

6.リビア情勢

  • 10月3日、トルコ政府とリビアの国民統一政府(GNU)はリビア海域の石油・ガス探査に関する2つの覚書に署名した。これにギリシャが反発したが、トルコの外相は「2つの主権国家による合意で、第3国が干渉する権利はない」と発言。10月10日にはギリシャ・エジプト外相会談が行われ、ギリシャ外相は同覚書を「地域の安定に対する脅威」と非難。エジプト外相も「GNUに覚書を結ぶ権限はない」と発言。GNUと対立する同国議会も合意に反発しており、「期限切れのGNUによる覚書締結は違法」と国連に書面を提出した。

 

  • 10月14日、9月に任命されたバシリー国連リビア特使(セネガル国籍の外交官、75歳)がリビアに赴任。国連リビア支援ミッション(UNSMIL)代表の任務を引き継ぎ、「国政選挙の早期実施が優先課題」との声明を出した。

 

  • リビア財務省発表の2022年1~9月の財政収支報告によると、同期間の収入が794億ディナール(LD、約158億ドル)で、支出が709億LDだった。収入の97%が原油関連収入で、支出の46%が公務員給与支払い。

 

  • 10月3日、リビア東部のベンガジにある中央銀行は、10月16日以降に為替レートを1ドル=4.25LDに変更すると発表。しかし、同国西部の首都トリポリにある中央銀行は、為替レートの変更に反対し現状維持を発表。

 

  • 2022年1~7月のリビアの貿易相手国ランキングは、1位イタリア(63.7億ユーロ)、2位中国(29.5億ユーロ)、3位スペイン(24.4億ユーロ)、4位ギリシャ(23.9億ユーロ)、5位ドイツ(23.7億ユーロ)だった。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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