「イスラエル、3年半で5度目の選挙実施で極右勢力が躍進」中東フラッシュレポート(2022年11月前半号)
調査レポート
2022年11月22日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2022年11月18日執筆
1.イスラエル:3年半で5度目の総選挙実施で極右勢力が躍進
11月1日、過去3年半で5度目の総選挙がイスラエルで行われた。複数の汚職疑惑で公判中にもかかわらず、依然国民からの強い支持を得ているネタニヤフ元首相を巡って、「ネタニヤフ支持派」対「反ネタニヤフ派」に分かれて2019年以来選挙を繰り返してきたが、今回の選挙の最終結果によると、ネタニヤフ支持派の4政党(右派+宗教政党2党+極右)が120議席中64議席を獲得したことで、ネタニヤフ氏の首相復帰がほぼ確実になった。13日にヘルツォグ大統領がネタニヤフ氏に組閣を命じたので、まずは12月11日までの組閣が求められる(期限までに交渉がまとまらなければ2週間の期限延長を大統領に申請する)。
今回の選挙結果の焦点は、ユダヤ教至上主義で反アラブ色の強い極右勢力が躍進したこと。背景には、パレスチナとの対立激化に加え、特に2021年以降イスラエル国内でユダヤ人対アラブ人の暴力の応酬が発生している事が挙げられる。極右政党は連立交渉において国防相や国内治安相のポストを求めているが、彼らが国防・治安関連ポストに就くと、国内アラブ人との対立激化に加えて、パレスチナや周辺アラブ諸国との緊張が高まることが容易に予想されるため、米バイデン政権も懸念を持って見守っている。当面はネタニヤフ氏の進める組閣交渉に注目が集まる。
2.トルコ:約6年ぶりとなるイスタンブールでのテロ事件発生
11月13日午後4時過ぎ、イスタンブール新市街の目抜き通りイスティクラール通りで爆発事件が起き、少なくとも6人が死亡、81人以上が負傷した。週末の夕方で、通りは多くの人が行き交っていた。翌14日には、爆発物を設置した実行犯とされるシリア人の女と関係者46人が逮捕され、内相は同事件がクルディスタン労働者党(PKK)とシリア側のPKK関連組織による犯行であったと発表した。PKKは、「一般市民は攻撃しない」として事件への関与を否定している。トルコでは2015~17年にイスラム国(IS)やPKK関連のテロが頻発したが、2017年以降情勢は落ち着いていた。事件を受けて、今後トルコ軍によるシリアやイラク北部への越境攻撃の可能性が指摘されており、2023年6月に予定されている大統領・議会選挙への影響も注目される。
3.トルコ:高止まりするインフレとIMFとの協議
11月3日、トルコ統計局発表の10月のインフレ率は前年同月比+85.5%で、1998年以来24年ぶりの高水準となった。食料品やエネルギーを除いたコアインフレ率でも+70.5%と高い数値。食料品は99%、運輸・交通費は117%の上昇。生産者物価指数は157.7%の上昇だった。一般にインフレ抑制には利上げが求められるが、選挙前の経済停滞を嫌って強行に利下げを求めるエルドアン大統領の圧力もあり、トルコ中央銀行は過去3か月で計3.5%ptの利下げを実施。10月にトルコとの4条協議を終えたIMFは、4日に声明を発表し、トルコに対して早期の利上げと中央銀行の独立性の担保を提言した。
4.エジプト:COP27の開催
11月6~18日の期間で、エジプト・シナイ半島のシャルム・アッシェイクで第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)が開催されている。今回争点になっているのは、「1.5℃目標」達成に向けた対策の強化と、途上国が先進国に対して気候変動による「損失と被害」に対する補償を求める議論。また、会議外では開催国であるエジプトの人権問題にも焦点が当てられた。次回のCOP28は、2023年11月にUAEのドバイで開催される予定。
5.イラク情勢
- 内政・外交
- 11月2日、スーダーニ新内閣は、2021年10月の選挙以降、つまりカーゼミー政権が暫定政権になったあとの政令をすべて撤回することを決めた。これにより、同期間中に任命された国家情報局や国家安全保障局のトップ、バビル、ジカール、ナジャフ、サラハッディンの各県知事、バグダッド市長なども任を解かれすべて交代する。なお、同期間中に外国と結んだ合意などに影響が及ぶのかは不明。
- 11月3日、スーダーニ首相とブリンケン米国務長官が電話会談を実施。ブリンケン国務長官は人権尊重、経済機会の増大、エネルギー分野での独立(イランからの電気・ガス購入の問題)、気候変動問題への対処、イスラム国(IS)の打倒などでの協力を約束。米・イラク戦略枠組み合意や安全保障問題などについても話し合った。
- バイデン政権は、スーダーニ首相に対し、政権幹部に任命された人物でも米国がテロ組織に指定している民兵集団に属する人物とは協力しないことを伝えたとのこと。アブーディ高等教育相(民兵集団Asaib Ahl al-Haq(AAH)に所属)とは協力しないことを既にイラク政府に伝えたとのことで、過去にAAH関連団体に属していたナーデル首相報道官も対象になる可能性が高いもよう。
- 治安・その他
- 11月14日、イランの革命防衛隊(IRGC)は、イラク北部クルド自治区の反イラン武装勢力の拠点をミサイルやドローンで攻撃し、少なくとも2人が死亡、10人が負傷した。イラン政府は、同勢力がイラン国内で現在発生しているデモを扇動していると主張しており、同地への攻撃を繰り返し行っている。
- エジプトで開催されているCOP27に、イラクからは政府や市民団体代表として200余名が参加。イラクは気候変動の影響を現実的に受けている国の一つで、熱波や砂嵐、洪水や干ばつ、水不足、海水面上昇による塩害などの被害が発生している。
- 石油・経済
- 報道によると、スーダーニ首相は、2020年12月に約20%の通貨切り下げ(1ドル=1,182ID→1,460ID)が行われて貧困層が苦しんだため、通貨ディナール(ID)を5%程度切り上げる可能性があるとのこと。切り上げを実行すると政府の負担が増え市場を混乱させるため難しいのではとの予想もあるが、首相の後ろ盾となっているマリキ元首相は現在の1ドル=1,460IDから1,375IDへの切り上げを提案しているもよう。
- 米国債の保有残高は日本(1.2兆ドル)、中国(0.97兆ドル)が世界で1位、2位だが、中東諸国の中では1位サウジアラビア(1,210億ドル)、2位クウェート(499億ドル)、3位UAE(483億ドル)、そして4位がイラク(369億ドル)となっている。
- 10月のインドのイラク産原油輸入量は、直近20か月で最低の日量90.75万バレル(bpd)となった。インドは大幅な割引価格で購入できるロシア産原油の輸入量を増やしており(10月は94.6万bpd)、イラク産原油の輸入量は前年比約10%減少。その代わり、イラクは欧州への輸出量を増やしている。
6.リビア情勢
- 11月7~12日の6日間、リビア中央銀行のカビール総裁や高官は、経済・貿易省、財務省、統計局などの高官とともにIMFとの会議に参加し、2013年を最後に中断している4条協議の再開について話し合った。
- 11月14日、ドゥベイバ首相を支持する武装勢力が国家高等評議会(HCS)本部を包囲して会議の開催を阻止したとして、ミシュリHCS議長が同首相を批判し司法長官に捜査を求めた件について、首相府はデモ隊からHCSを守るために部隊を出動させたと説明。ドゥベイバ首相は国防省に調査を指示したとのこと。HCSは同日の会議で、選挙実施に向けた憲法改正や国家機関トップの人事について協議を行う予定だったため、首相はそのプロセスを阻止しようとしたのではないかとの見方もある。
- 11月15日、10月にリビアに赴任したバシリー国連リビア特使は国連安保理に対する説明の中で、リビアで選挙に向けた準備が全く進んでいないことに驚愕したと述べ、選挙を意図的に遅らせようとする動きに警告を発した。また、外国軍や外国人傭兵のリビアからの撤退が進んでいないことに対しても懸念を表明した。
- サーレハ代表議会(HoR)議長は、石油収益の公平な分配メカニズムを作るため、専門家11人の委員会を構成した。メカニズム作成にあたっては、地域・人口配分に加え、石油・ガスの生産・輸出地が特に恩恵を得られるように勘案されるとのこと。議長は委員会に11月末までに報告を上げるよう指示した。
以上
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