「トルコ越境攻撃実施、カタールで中東初のW杯開催」中東フラッシュレポート(2022年11月後半号)

2022年12月09日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2022年12月5日執筆

 

1.トルコ:シリア北部・イラク北部のクルド人武装勢力に対して越境攻撃を実施

 11月13日にイスタンブールで発生したテロ事件(トルコ政府はクルディスタン労働者党「PKK」による犯行と断定)に対する報復として、11月20日、トルコ軍はシリア北部およびイラク北部のクルド人武装勢力(PKKやその関連組織とされるクルド人民防衛隊「YPG」など)の拠点89か所に対する空爆を実施した。トルコは、PKKやYPGがシリアやイラクの北部地帯からトルコに攻撃を行っているとして、2016年以降同地域への越境軍事作戦を繰り返している。11月21日にはシリア領内からの報復攻撃があり、シリアとの国境沿いのトルコ側の町にロケット弾5発が着弾し、子供を含む3人が死亡(10人負傷)。トルコのソイル内相はさらなる報復攻撃を示唆し、エルドアン大統領は地上部隊の投入も検討していると発言。

 

 しかし、トルコによるシリアへの地上部隊の投入に関してはロシアと米国が反対している。ロシアはシリアのアサド政権を支持しており、トルコによるシリアの主権侵害には反対の立場。米国は、過激派組織イスラム国「IS」の掃討作戦で米軍がYPGなどシリア国内のクルド人武装勢力と共闘しており、同地には駐留米兵もいるため、トルコによる攻撃に反対している。YPGを巡っては、これまでにも同組織をテロ組織に指定し敵対視するトルコと、対IS戦の協力者として軍事・財政的に支援してきた欧米との間でたびたび火種となっている。

 

2.カタール:中東初のサッカーワールドカップ開催

 中東地域で初開催となる2022サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会が11月20日から開催されているが(決勝戦は12月18日)、欧州を中心に開催国カタールに対して人権問題への批判の声が高まり、英BBC放送は開会式の放送を取りやめた。大きく2つの批判があり、1つは、今大会のスタジアム建設のために多くの出稼ぎ労働者が命を失ったという批判。英ガーディアン紙は、大会開催決定以降に6,500人の労働者が死亡したと報じた(公式発表では40人)。もう1つは、カタールがLGBT(性的少数者)の人権を認めていないという批判であり、大会開催直前に大会関係者が同性愛を「精神的欠陥」と表現したことで批判が高まった。カタール政府は差別することなく全てのファンを歓迎すると発表しており、国際サッカー連盟(FIFA)会長は「(政治ではなく)サッカーに集中してほしい」と語っている。

 

3.カタール:LNG長期売買契約締結を立て続けに発表

 11月21日、カタール国営エネルギー企業であるカタールエナジー(QE)は、中国の国有企業シノペックと液化天然ガス(LNG)の契約で過去最長となる27年間のLNG売買契約を締結した。カタールは中国に対して、年間400万トンのLNGを27年間にわたって供給する。両社は2021年3月にも、10年間のLNG売買契約(年間200万トン)を交わしている。また11月29日には、QEとコノコフィリップスが契約を締結し、2026年から15年間カタールからドイツにLNGを年間200万トン供給することで合意した(初のドイツ向けLNG長期契約)。ドイツは2045年までにカーボンニュートラルの達成を目指しているため、これまで長期契約に難色を示してきたが、ロシアのウクライナ侵略後にロシア産天然ガスの輸入が停止してしまったため、代替調達が必要になった。

 

4.サウジアラビア:ムハンマド皇太子、訪日予定を直前でキャンセル

 サウジアラビアのムハンマド皇太子による3年ぶりの訪日予定(11月19~21日)が、直前でキャンセルされた。同皇太子は11月14日にサウジアラビアを出発し、インドネシア(G20サミット参加)、韓国、タイ(APECサミット参加)を訪問し、予定ではその後訪日のはずだったが、11月19日にタイからカタールへ飛び、翌20日に開催されたW杯開会式に出席した。同皇太子とカタールのタミーム首長との良好な関係に加え、サウジアラビアはギリシャ、エジプトと共に2030年のW杯招致を目指しているため(初の3大陸共同開催)、訪日よりもW杯の開会式出席を優先した可能性がある。

 

5.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 11月17日、スーダーニ首相は、2003年以降の歴代大統領、首相、国会議長などに対する国からの警備提供を停止することを決定した。また歴代大統領などのプライベートジェットのレンタル費用や医療費用など様々な金銭面での支援や、議員や省庁高官、大使などに対する車の提供なども停止する。同様に費用削減の一環として、在留イラク人がいない20か国のイラク大使館の閉鎖も決定した。
  • 11月21日、スーダーニ首相は就任後初の外国訪問でヨルダンを訪問し、アブドゥッラー2世国王と会談。両国は、国境地帯における工業地区の設置と2023年半ばまでの送電線接続に合意している。同首相は、11月23日にはクウェートを訪問。さらに、11月29~30日には外相や石油相と共にイランを訪問し、ハメネイ最高指導者やライーシ大統領と二国間関係や地域の安定、さらなる経済協力の可能性などについて話し合った。
  • イラク税務当局の口座から25億ドルが引き出された公金横領事件に関し、既に逮捕された主犯格の実業家の資産没収などにより1.25億ドルを回収したとスーダーニ首相が発表。11月30日には、カーゼミー前首相の財務顧問も汚職容疑で逮捕された。イラクは汚職で悪名高く、過去20年の間に国庫から3,000億ドル以上が消失したとの報告もある。国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルによる「腐敗認識指数」でも、イラクは180か国中157位にランク付けされている(ランクが低いほど汚職がひどい)。

 

  • 治安・その他
  • 11月17日、イラク北部クルド人自治区のスレイマニヤ市の住宅地で、ガスボンベの爆発で隣接する3棟の建物が崩壊し15人が死亡、16人が負傷した。イラクでは、ずさんな安全基準に起因する同様の事故の発生が多くみられる。
  • 11月21日、イランの革命防衛隊(IRGC)は、クルド人自治区の反イラン武装勢力の拠点をドローンで攻撃。イランは、同勢力がイラン国内のデモを扇動しているとして、同地への攻撃を繰り返し行っている。
  • 11月30日、過激派組織ISの報道官は、リーダーのアブルハサン・アルハーシミ―・アルクラシーが戦闘中に死亡し、アブルフセイン・アルフセイニー・アルクラシーが新たなリーダーになったことを発表した。米中央軍によると、アブルハサンは10月半ばにシリア南部で反政府武装勢力「自由シリア軍」(FSA)との戦闘中に死亡(隠れ家を包囲され自爆死)したとのこと。

 

  • 石油・経済
  • 11月度原油輸出速報:輸出額 82.31億ドル。輸出量 日量332.9万バレル(bpd)。平均単価 1バレル当たり82.42ドル。
  • 11月30日、イランのオウジ石油相は、イラクが支払いを遅延していたガス代金26億ユーロを完済したと発表した。
  • イラク石油省高官は、2028年までにイラクの産油量を500~550万bpdまで増産すると発言(現在の産油量は約460万bpd)。2022年のこれまでのイラク原油販売価格は、平均で1バレル当たり97ドル。
  • 2022年のイラクのエネルギーセクター全契約のうち、87%(38.72億ドル)を中国の業者が落札。なお、2018年から2022年現在までの5年間では、59%(211.89億ドル)が中国業者で、次いで日本の業者が11%(37.75億ドル)。イラクのエネルギーセクターにおいても、中国の存在感が年々高まっている。

 

6.リビア情勢

  • 11月16日、チュニジア政府使節団がトリポリを訪問し、貿易や運輸に関する複数の合意書に署名した。

 

  • 11月17日、ギリシャのデンディアス外相の乗る飛行機がトリポリ国際空港に着陸したが、外相は降機せずにそのまま飛び立った。同外相は「メンフィー大統領評議会議長にしか会わない」という条件を付けてトリポリを訪問したが、国民統一政府(GNU)のマングーシュ外相が空港に来ていたため、デンディアス外相は降機を拒否しそのまま飛び立ったとのこと。同外相はその後同国東部のベンガジを訪問し、サーレハ代表議会(HoR)議長やハフタル・リビア国民軍(LNA)司令官などと会って帰国。リビア外務省は駐ギリシャ大使を帰国させ、またギリシャの駐リビア代理大使を呼び出して正式に抗議した。

 

  • 11月22日、HoRはリビア東部の中央銀行のヒブリ副総裁を汚職疑惑で解任した(ベンガジ、デルナ両都市の再建委員会の議長職からも解任)。同氏は汚職疑惑を「真実ではない」と否定し、「強い行動」を起こす準備をしていると語った。東部の中央銀行も、HoRに対して同氏解任の詳細説明を求めており、詳細が分かるまで営業を停止すると発表している。

 

  • 10月のリビアの原油生産量は118万bpdで、アフリカで1位となった(2位は105万bpdのアンゴラ、3位は104万bpdのアルジェリア)。9月の生産量(116万bpd)より微増。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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