市場概観:落としどころ、落ち着きどころ

2023年03月07日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行

 

 ウクライナ侵攻から1年がたち、かつてない変動を経験した市場は徐々に安定を取り戻しているように映る。原油の国際指標である北海ブレント原油先物は、その終値の平均が22年の1バレル当たり約100ドルだったのに対して、今年はこれまでのところ84ドル程度と低位で安定している。一時百万Btu(英国熱量単位)あたり10ドル近くまで上昇した米国の天然ガス先物は、足下では2ドル台半ばで取引されており、一時2ドルすら割り込んだこともあった。エネルギー以外の商品も総じて昨年記録したような高値からは離れており、ボラティリティは急速に低下している。

 

 価格の安定に寄与した最大の要因は政策による対応だろう。原油では、備蓄在庫の放出により供給量を増加させたことは価格の安定をもたらした。供給量が十分確保された上で実施された補助金政策は、買い占めや売り惜しみによる短期的な需給不均衡の発生を防いだ。ロシア産原油・石油製品の価格に上限が設定されたこともある程度の効果はありそうだ。エネルギー価格が総じて安定しているのは暖冬の影響も少なからずあっただろう。

 

 はたして、この安定は今後も続くのだろうか。明らかなことは、こうした相場の安定は市場メカニズムを通じて我々が得たものでなく、言ってみれば官製相場によってもたらされたものだ。備蓄の数量には限りがあり、補助金の財源も恒久的に担保されていないなら、いずれは終了する。政策による市場の安定はあくまでも「応急処置」に過ぎない。

 

 処置は施されたものの、改善されていない「症状」も残っている。なかでも物価上昇は厄介な問題だ。騰勢には落ち着きが見られるが、依然として目標を大幅に超えるペースでの物価上昇が続いており、金利先高観はくすぶったままだ。商品市況の安定や住宅価格の騰勢が鈍っていることから、いまの物価上昇は価格転嫁のラグや人件費の継続的な上昇の影響を受けている様子がうかがえる。今後、騰勢は徐々に緩やかになると期待されてはいるが、いま再びエネルギーや食料品の価格が上昇に転じることになったら、インフレ懸念が再燃しかねない。

 

 物価上昇率が名目賃金や個人消費の伸びを上回ってきたが、これは実質的な購買力の低下や数量面で見た場合の消費量の減少が続いているとも言い換えることができる。さらに預金金利をも大幅に上回っていることを踏まえると、将来の購買力も毀損されてしまっていることになる。名目の小売在庫や卸売在庫が物価上昇ペースを上回って増加していることは流通段階で在庫量が増していることを意味する。原材料の供給途絶リスクに直面したことで、積極的に在庫の積み上げを行ってきたものの、物価高による消費減退の影響が続いている。

 

 

米国の物価関連経済指標の動向(出所:各種統計より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 この影響は生産面でも確認できるようになっており、昨秋以降、生産活動は世界的にも一進一退の動きに留まっている。現在は生産調整が必要とされるほどの製・商品在庫の増勢が現場レベルで生じているとみることも出来るだろう。22年10~12月期はプラス成長だった日本でも生産活動は鈍化しており、在庫の増勢を確認したばかりだ。

 

 

鉱工業生産指数(出所:オランダ統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 中国はゼロコロナ政策からの転換で景気回復が期待されており、商品価格が年後半には上昇に向かうとの見通しが広がりつつあるが、こうした物価の影響や需要減退、在庫増を加味すると、成長加速期待を背景にした価格上昇をすんなりとは受け入れがたい。

 

 ウクライナ侵攻が2年目に突入しその影響の長期化も危惧されているところで、成長と物価、需要と供給、バッファーとしての在庫水準のあるべき均衡点など、その落ち着きどころが見えにくくなっている。

 

 

消費者物価上昇率(出所:St.Louis Fedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

銅市場在庫(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。