「イスラエル/パレスチナ:国連安保理を巡る攻防と衝突のさらなる激化」中東フラッシュレポート(2023年2月後半号)

2023年03月14日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2023年3月7日執筆

 

1.イスラエル/パレスチナ:国連安全保障理事会を巡る攻防と衝突のさらなる激化

 2月20日、国連安全保障理事会は、ヨルダン川西岸地区におけるイスラエルによるユダヤ人入植地の拡大とパレスチナ人の家屋破壊に強く反対する議長声明案を、全会一致で採択した。2月12日、国際社会の反対を尻目に、イスラエル政府がユダヤ人入植地の拡大を発表したことをけん制したもの。

 

 声明案は、現在安全保障理事会非常任理事国のアラブ首長国連邦(UAE)とパレスチナ自治政府が共同で作成。当初は、イスラエルに対してパレスチナの占領地における全ての入植活動の即時かつ完全な停止を求める法的拘束力のある決議案を採決する予定であったが、拒否権を使いたくない米国による事前の仲介工作により、パレスチナ側が決議案の採決を断念した。イスラエル首相府は声明に反発している。

 

 衝突も激化している。2月22日、ヨルダン川西岸のナブルスでイスラエル軍による掃討作戦が行われ、一般市民を含む11人のパレスチナ人が死亡、80人以上が負傷した。2月26日には、ナブルス南部でユダヤ人入植者の兄弟2人がパレスチナ人に射殺される事件が発生。事件に怒ったユダヤ人の入植者ら約400人が、近隣のパレスチナ人の村を大挙して襲撃し、家屋30軒以上、車両100台以上に放火。パレスチナ人住民に対して金属の棒やナイフなどで暴力をふるい、1人が死亡し350人以上が負傷する痛ましい事件に発展した。

 

2.シリア:大地震を経て国際的孤立からの脱却を目論むアサド大統領

 2月26日、イラクやエジプト、ヨルダン、リビアなどアラブ諸国の国会議長による使節団がシリアを訪問し、アサド大統領と会談を実施した。アサド政権は、反政府デモに対する厳しい弾圧を理由に2011年にアラブ連盟から参加資格を停止され、欧米諸国からは制裁を科されて国際的に孤立状態にあるが、2月6日にトルコ南東部で発生した大地震をきっかけに、諸外国から支援や連帯の表明が相次いでいる。アサド大統領は2月21日にオマーンを訪問しハイサム国王と会談。また、2011年以降初めてエジプトやヨルダンの外相がシリアを訪問した。アサド政権はこれを機に国際的孤立からの脱却を目指すが、欧米諸国はこの動きを警戒している。

 

3.エジプト/トルコ:エジプト外相のトルコ訪問で関係改善の兆し

 2月27日、エジプトのシュクリ外相がトルコを訪問し、同国南部の地震の被災地や港をトルコのチャヴシュオール外相とともに視察した。トルコとエジプトの関係は、トルコのエルドアン大統領が支持していたエジプトのムルシー大統領(当時)が2013年にクーデターで追い落とされて以来悪化していたが、2021年頃を境にトルコ側からの歩み寄りで、二国間関係は徐々に改善傾向にあった。2022年11月には、サッカーW杯カタール大会の開会式に参加したエルドアン大統領およびエジプトのシシ大統領が、カタールのタミーム首長に促されて初めて握手をするという一幕もあった。今回の外相訪問で、両国の関係改善の速度が加速するものと思われる。

 

4.イラン:IAEAが濃縮度84%の高濃縮ウランを検知

 2月19日、国際原子力機関(IAEA)がイラン国内の核施設で濃縮度84%の高濃縮ウランを検知したと報じられた。濃縮度90%以上のウランが兵器級として利用される。イラン側は60%濃縮ウランの製造はIAEAに報告しているが、84%という高濃縮ウランの製造に関しては否定している。ただ、技術的なミスなどで一時的に濃縮度が60%以上に進むこともあるとしている。3月3~4日にIAEAのグロッシ事務局長がイランを訪問し、本件に関してイラン側との協議を実施した。3月6日から開催されるIAEAの定例理事会でも協議される予定。

 

5.UAE/ロシア:貿易などを通して関係拡大

 ウクライナ侵略を受けて、ロシアの個人や企業が欧米諸国から制裁を科される中、制裁を適用しない中東諸国とロシアの関係が拡大している。2022年のUAEとロシアの貿易額は、前年比+68%で90億ドルに達した。また、同年UAEの不動産を購入した外国人のトップはロシア人で、欧米の制裁を適用しない中東地域のハブ国であるUAEに、ロシアのヒト・モノ・カネが流入する状況が顕著になっている。

 

6.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 2月18日、駐イラク米国大使は、イラクの石油・ガスセクターに関するイベントの基調講演で、イラクの発展に重要な3点として、重要インフラへの投資、汚職撲滅、外国投資を呼び込むためのビジネス環境改善を挙げ、エネルギーインフラ(特にフレアガスの回収と有効利用など)への投資の必要性を訴えた。
  • 2月19日、イラクとクウェートの政府関係者が、長年の懸案となっている海上国境についての協議を行った。1990年のイラクによるクウェート侵攻に対する賠償金(524億ドル)の支払いは2021年に完了したが、海上国境に関する協議は進んでおらず、両国の港湾開発の進捗などに影響が出ている。今後も協議を継続することで合意した。
  • 2月20日、イラクはサウジアラビアとの治安協力に関する覚書を締結した。サウジアラビアとの治安関連覚書締結は約40年ぶりのこと。
  • 2月21~22日、イランのアブドラヒヤン外相がイラクを訪問し、大統領、首相、国会議長との会談を実施した。
  • 2月28日、国連のグテーレス事務総長が6年ぶりにイラクを訪問。イラク国民、新政権とその野心的な改革目標への支持を表明。

 

  • 石油・経済
  • 2月度原油輸出速報:輸出額 70.8億ドル。輸出量 日量329.5万バレル。平均単価1バレル当たり76.75ドル。
  • 2月16日、イラクのフセイン副首相兼外相は、米国との間で、イラクからの米ドル流出を追跡するための共同メカニズムを設立することに合意したと発表した。米国は、制裁下にあるイランやシリアなどにイラク経由で米ドルが流れることを警戒しイラクへのドル送金規制を厳しくしたため、イラク国内で米ドル需給の不均衡が生じ、ドル高・ディナール安が進んだ。また同日、イラク電力省は米ゼネラル・エレクトリック(GE)との間で電力セクター開発に関する合意にも署名した。
  • 2月21日、イラク政府は油・ガス田開発に関する第5次国際入札で落札された6件の油・ガス田(主にバスラ県/ディヤーラ県)に関する最終契約を締結した(中国企業、UAE企業各3件ずつ)。スーダーニ首相は締結式の場で、今後3年間でイラクは天然ガスの自給を実現すると発言した。
  • 2月22日、イラク中央銀行は、中国からの輸入に人民元決済を認める計画を発表した。中国はイラクにとって第2位の輸入相手国であり(1位はトルコ)、米ドル不足でドル高・ディナール安が進むイラクにとって国内のドル需要の緩和材料になる。また、これはイラクにおける中国の影響力拡大を示唆するものでもある。

 

  • 治安・その他
  • イラク中部・南部において羊や牛などに口蹄疫の感染が広がっている。感染はヨルダンにも広がっており、3月下旬から始まるラマダン期間には家畜の取引が増えるため、感染のさらなる拡大が懸念されている。

 

7.リビア情勢

  • 2月7日に代表議会(HoR)が可決し官報に掲載した2011年憲法宣言の第13条修正法案を、3月2日に国家高等評議会(HCS)も遅ればせながら承認した。選挙実施に向けた一歩だが、同法案には懸案となっている大統領選挙の立候補者の資格要件や具体的な選挙実施日程などは含まれていない。

 

  • 2月27日、バシリー国連リビア特使は国連安全保障理事会において、リビアで2023年中に大統領・議会選挙を実施するためのリビア人によるハイレベル運営パネルを設立する意図を発表した。同パネルには、著名政治家や部族指導者、政治機関、市民組織、治安関係者に加え、女性や若者の代表も参加する。同特使は、リビアの多くの政治機関は過去何年にもわたって正当性を欠いた状態が続いていると指摘。また、経済面では、中央銀行の統合と改革が重要であると指摘した。

 

  • ミシュリHCS議長は、サーレハHoR議長がシリアを訪問しアサド大統領と会談を行ったことを強く批判し、「シリア人の兄弟たちを大勢殺した過去最悪の独裁者(アサド大統領)とは、誰も会うべきではない」と語った。

 

  • 2月19日、アフリカ連合(AU)のファキ委員長は、AU主催で「リビア国民和解会議」を開催すると発表した。

 

  • OPECのレポートによると、リビアの2月の原油生産量は日量114万バレルで、アフリカで3位となった。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

 

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