インドの政治経済情勢:北東部3州での議会選挙、モディ3期目への道

2023年03月22日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

2023年3月21日執筆

 

概要

  • インドでは、2023年2月に北東部の3州(トリプラ州、メガラヤ州、ナガランド州)で議会選挙が行われ、連邦与党であるインド人民党(BJP)が予想を上回る好成績を収めた。BJPは2022年に行われた州議会選挙でも、最大州のウッタル・プラデシュ州をはじめとする主要州で勝利している。2024年に連邦下院選挙が予定されているが、BJPが勝利し、モディ首相が続投して3期目に入る見通しはさらに強まっている。
  • インドは多極主義・戦略的自律を重視し、特定の陣営に属することなく、多くの国々と友好的な関係と一定の距離を置く独自の外交路線を採っている。2022年11⽉からG20議⻑国に就任し、途上国・新興国を主導しようとする姿勢を見せている。米国とはクアッドを通じて関係を強化し、中国への対抗を強めつつも、ロシアとも伝統的な友好関係を維持している。
  • インドの2021年度(2021年4月~2022年3月)の実質GDP成長率は前年度比+8.7%と前年度の落ち込み(同▲6.6%)を上回った。2022年に入ってからも民間消費と投資が拡大し、4~6月期は前年同期比+13.5%、7~9月期は同+6.3%と堅調な回復を続けたが、10〜12⽉期は民間消費が伸び悩み、同年前期⽐+4.4%に鈍化した。消費者物価指数上昇率は2022年2月からインド準備銀行(RBI)の⽬標(4%±2%)を上回る水準でほぼ推移しており、RBIは金融引き締めを続けている。このため消費と投資の鈍化が予想され、2022年度の実質GDP成⻑率の⾒通しは政府+7%、IMF+6.8%、2023年度は政府+6.4%、IMF+6.1%である。

 

1. 政治:北東部3州での議会選挙

 インドでは、2023年2月に北東部の3州(トリプラ州、メガラヤ州、ナガランド州)で議会選挙が行われ、3月2日に開票された。連邦与党であるインド人民党(BJP)は、トリプラ州では単独過半数の32議席を獲得し、トリプラ先住民戦線(IPFT)との連立政権を維持した。メガラヤ州では2議席しか獲得できなかったが、最大議席(26議席)を獲得した国家人民党(NPP)と組んで連立政権を維持した。ナガランド州では12議席を獲得し、最大議席(26議席)を獲得した国民民主進歩党(NDPP)との連立政権を維持した。一方、主要連邦野党である国民会議派は3州すべてにおいて惨敗した(トリプラ州で3議席、メガラヤ州で5議席、ナガランド州でゼロ議席)。

 これら北東部3州は、バングラデシュとミャンマーの国境近くの山岳地帯にあり、部族民が多く、メガラヤ州とナガランド州ではキリスト教徒が多数を占めるなど、他の地域とは異なる特徴がある。このため、国民会議派や左翼戦線といったリベラル・左派政党と地域の民族政党が主要政党として支持を集め、お互いに争うのが伝統的な政治の構図であり、ヒンドゥー民族主義を掲げる右派政党であるBJPが支持を集めることはなかった。しかし、今回の選挙では、BJPは3州すべてで予想を上回る好成績を収め、州政権を維持した。

 BJPの勝利の背景には、近年のインフラ整備などの経済政策、モディ首相の人気(2023年3月16日発表の「モーニング・コンサルト」の世論調査によれば支持率は78%)、ヒンドゥー・ナショナリズムを過度に強調しない姿勢にあったと考えられる。今回の選挙結果により、国民会議派はかつての牙城であった北東部でも支持を失い、またBJPがその地盤地域である北部と西部以外でも勢力を拡張していることが示された。

 BJPは2022年2~3月に行われた5州の選挙でも、最大州のウッタル・プラデシュ州を含む4州で勝利し、同年12月のグジャラート州議会選挙でも圧勝している。なお同年11月のヒマーチャル・プラデシュ州議会選挙では、国民会議派が勝利してBJPから州政権を奪還したが、得票率では0.9ポイントの僅差で、同州の強い反現職の文化からすれば、BJPは健闘したといえる。また同年12月にはデリー市議会選挙も行われ、庶民党(AAP)が大勝してBJPから州政権を奪取したが、BJPは事前予想以上の票を獲得した。

 2024年に連邦下院選挙が予定されているが、これらの地方選挙の結果を踏まえると、BJPが2019年の連邦下院選挙に続いて再び勝利し、モディ首相が続投して3期目に入る見通しはさらに強まったといえる。なお、2023年には、北東部3州に続き、カルナータカ、チャッティスガル、ミゾラム、テランガナ、マディヤ・プラデシュ、ラジャスタンの6州で選挙が予定されている。

 

2. 外交:多極主義・戦略的自律に基づく独自路線

(1)総論(G20含む)

 インドは多極主義・戦略的自律を重視し、特定の陣営に属することなく、多くの国々と友好的な関係と一定の距離を置く独自の外交路線を採っている。[*1]2022年11⽉からG20議⻑国に就任した。2023年2月にベンガルールでG20財務相・中銀総裁会議が開催されたが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻をめぐる加盟国間の不一致により、共同声明は採択されなかった。インドは議長総括で、「加盟国の大半はウクライナでの戦争を強く非難し、戦争が人々に甚大な苦しみを引き起こし、現在の世界経済の脆弱性を悪化させていると強調した」と表明した。同年9⽉にデリーでG20サミットを開催予定。同年1月に「グローバルサウスの声サミット」と題するオンライン会合を主催したように、インドはG20議長国としての立場を念頭に置きながら、途上国・新興国をリードしようとしている。

(2)米国

 米国のバイデン政権はトランプ前政権と同様、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略に基づき、中国への対抗を念頭に、インドを重要なパートナーとして位置づけ、同国との関係を強化している。2021年9⽉にワシントンDCで開催された初の対⾯でのクアッド(日米豪印)⾸脳会合では、共同声明において、中国を名指しはしなかったものの、海洋安全保障として東・南シナ海を含む海洋秩序への挑戦に対抗することが掲げられた。

 2022年2⽉のロシアのウクライナ侵攻後、⽶国はインドの対応に不満を抱き(下記(3)参照)、4⽉のオンライン⾸脳会談で、インドはロシアからのエネルギー輸入を加速させるべきではないと表明したが、制裁については自主的な判断に委ねるとして、インドへの配慮を示した。2023年5月に東京で開催された2回目の対面のクアッド首脳会合では、共同声明において、ウクライナ危機の平和的解決が掲げられたが、ロシアへの言及は避けられ、東・南シナ海を含む海洋秩序への挑戦への対抗は前回よりも文言が強められたが、中国を名指しすることはなかった。

 ⽶国はロシア製の地対空ミサイルシステム「S400」の導⼊にも反発しているが、制裁は⾒送られている。2022年5⽉に開催されたインド太平洋経済枠組み(IPEF)の⽴上げに関するハイブリッドの⾸脳会合には、クアッド⾸脳会合のため訪⽇していたモディ⾸相も参加した。インドはIPEFの発足メンバーになったが、貿易分野への交渉には不参加とした。

(3)ロシア

 インドはロシアと歴史的に兵器の供給を中⼼に良好な関係を維持している。2021年11⽉にはS400を納⼊。2022年2⽉のロシアのウクライナ侵攻後、インドは欧⽶等と異なり対ロシア制裁を導入せず、むしろロシア産原油の輸⼊を拡⼤させている(同年10⽉からロシアはイラクとサウジに代わり最⼤の原油の輸⼊元となった)。⼀⽅、同年9⽉のサマルカンドでの上海協⼒機構⾸脳会議の機会に実現した印ロ⾸脳会談では、モディ⾸相はプーチン⼤統領に対し、「今は戦争の時代ではない」と述べ、率直に苦⾔を呈した。毎年12⽉に⾏われてきた⾸脳会談は2022年には実施されなかった。

(4)中国

 インドにとって中国は最⼤の輸⼊相⼿国、第3位の輸出相⼿国だが、貿易収⽀はインドの⼤幅な⾚字が続いている。2020年5⽉、ラダック地⽅の係争地で印中両軍がにらみ合いとなり、6⽉にはガルワン渓谷で衝突が発⽣、双⽅に多数の死傷者が発⽣した。その後も緊張が続いたが、2021年2⽉に双⽅が撤退に合意した。インドはガルワン渓谷の衝突後の同年6月以降、安全保障上の理由により多数の中国製アプリの国内での使⽤を禁⽌した。2021年5⽉、インド通信省は通信サービスプロバイダーに5G技術試験実施を許可したが、中国の⼤⼿企業は含まれなかった。2022年12⽉、アルナーチャル・プラデシュ州の中国との国境係争地域であるタワン地区で衝突が発⽣し、双⽅に負傷者が発⽣した。インドは中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)には創設国として参加しているが(出資⽐率は第2位)、⼀帯⼀路には⽀持を拒否し続けている(上海協力機構(SCO)首脳会議での共同声明での支持表明に反対し、2017年と2019年に中国が主催した一帯一路国際協力ハイレベルフォーラムには代表団の派遣を見送っている)。

(5)パキスタン

 2019年8月、インドがジャンムー・カシミール州の自治権を廃止し、同州を2つの連邦直轄地域に分割したことで、パキスタンとの間で緊張が高まった。2021年2⽉、インド軍とパキスタン軍は2003年に結ばれたカシミール地⽅での停戦合意を順守するとの共同声明を発表した。同年8⽉、タリバンがアフガンを制圧したことで、インドは従来のアフガンへの関与戦略の転換を迫られ、パキスタンと中国の影響力拡大とカシミール地方の不安定化に直面することになった。

(6)日本

 2022年3⽉、岸⽥⾸相がデリーを訪問してモディ⾸相と会談した。両首脳は、⽇印国交樹⽴70周年を迎えて「⽇印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」のさらなる発展で合意し、今後5年間で官民あわせて対印投融資5兆円目標を掲げることで一致した。同年5⽉、モディ⾸相がクアッド⾸脳会合出席のため訪日し、⽇本の経済界の要⼈との会合の席でインドへの投資を呼びかけた。2023年3月20日、岸田首相が訪印し、モディ⾸相と会談した。日本がG7、インドがG20の議長国を務めていることを踏まえ、連携強化を確認し、岸田首相はモディ首相を5月のG7広島サミットに招待し、モディ首相は出席すると述べた。なお、岸田首相は首脳会談後、インドからポーランドに移動し、陸路でウクライナを訪問した。

 

3. 経済:コロナからの回復とインフレの高進

 2021年度(2021年4月~2022年3月)の実質GDP成長率は前年度比+8.7%と前年度の落ち込み(同▲6.6%)を上回った。2022年に入ってからも民間消費と投資が拡大し、4~6月期は前年同期比+13.5%、7~9月期は同+6.3%と堅調な回復を続けたが、10〜12⽉期は同年前期⽐+4.4%に鈍化した。輸出と投資は堅調に拡大したが(それぞれ同+11.3%、同+8.3%)、民間消費の伸び悩み(同+2.1%)と輸入の拡大(同+10.9%)が足を引っ張った。2022年度の実質GDP成⻑率の⾒通しは政府+7%、IMF+6.8%、2023年度は政府+6.4%、IMF+6.1%である。

 

図 インドの実質GDP成長率と1人当たりGDPの推移(出所:Bloomberg、IMFをもとに住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 経常収⽀は2020年度は輸⼊の減少により⿊字(対GDP比0.9%)となったが、国内経済の回復により輸⼊が伸び、2021年度は⾚字となった(同1.2%)。エネルギー価格の上昇もあり、2022年度も⾚字が拡⼤する⾒通し(同3.5%)。

 2023年度の中央政府予算は歳出総額が引き続き⾼⽔準(対GDP⽐14.9%)。2024年度に連邦議会総選挙が予定されていることもあり、インフラ投資が⼤きく拡⼤している。財政⾚字は対GDP⽐5.9%と2022年度修正予算の同6.4%から低下する⾒込み。

 消費者物価指数(CPI)上昇率は2022年2⽉からインド準備銀行(RBI)の⽬標(4%±2%)の上限を上回り、9⽉は前年同⽉⽐+7.4%と⼤幅に上昇。10⽉から鈍化し、11⽉と12⽉は⽬標圏内に収まっていたが、2023年1⽉と2月は⾷品や燃料の上昇により、それぞれ同+6.5%、同+6.4%と再び⽬標圏を上回った。

 RBIは2022年5⽉から2023年2月にかけて、政策⾦利を6会合連続で計2.5%引き下げ、6.5%とした。

 通貨ルピーは2022年に⼊ってから減価を続け、7⽉には1ドル=80ルピーを突破し、1年間で10.14%下落した(下落幅は2013年以降で最⼤)。足元でも減価傾向が続いている。

 外貨準備⾼は為替介⼊のため減少傾向にあり、2023年3⽉3⽇時点で5,624億ドル。

 2021年度の海外直接投資(FDI)の流⼊額は588億ドル。増加傾向が続いている。

 2022年8⽉、政府は2030年までにCO2排出量を45%削減し、⾮化⽯燃料による電⼒供給を50%程度とする目標(2021年のCOP26で表明された目標)を含む新たな気候変動対策を発表し、国が決定する貢献(NDC)を更新した。政府はEVの振興策を進めており、2016年に「2030年までに国内で販売する自動車すべてをEVとする」目標を掲げたが、2018年に「2030年までに国内で販売する乗⽤⾞の30%、商⽤⾞の70%、バスの40%のEV化を⽬指す」とする目標に修正した。

 2023年1⽉24⽇に⽶投資会社がアダニ・グループの不正会計や株価操作を指摘する報告書を公開したことをきっかけに、同グループの企業の株価が急落した。もっともインド株式市場全体や政治に与える影響は限定的とみられる。

 

以上

 



[*1]  S. Jaishankar. (2020). The India Way: Strategies for an Uncertain World. (S・ジャイシャンカル 笠井亮平(訳)(2022). インド外交の流儀:先行き不透明な世界に向けた戦略 白水社)参照。

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