市場概観:異常気象がもたらす経済活動の変化

2023年07月24日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行

 

 エルニーニョが発生したことで、2023年は春から気温が高めに推移している。欧州中期予報センター(ECMWSF)のコペルニクスプログラムによれば、今年6月の世界の平均気温は1991年から2020年の平均を0.5℃強上回り、「最も暖かな6月」となったとされる。この高温は7月も続いており、世界気象機関(WMO)によると7月7日の地球の平均気温は17.24℃で、エルニーニョ発生年の2016年8月16日に記録した16.94℃を0.3℃上回ったとしている。気象庁が取りまとめたところによると、日本の月平均気温は、6月としては1898年以降で2番目の高さを記録し、北海道・根室では6月の平均気温が14.3℃と平年より3.4℃高かった。中国でも北京の6月の平均気温は28.4℃と平年よりも3.1℃高い。北東アジアだけではなく、欧州や米州でも異常な高温に見舞われている。フランス中部では平年比3.6℃高く、英国の月平均気温は1884年以降で最高となった。高温だけではなく、インド北東部や地中海では多雨、中央アジアや東欧では少雨という形でも異常気象が表れている。気象庁によると、「秋にかけてエルニーニョ現象が続く可能性が高い(エルニーニョ監視速報)」との見通しで、しばらくの間、異常な状態は続くとみられる。災害級の異常気象と表現されるが、高温や多雨は致死性が高いことから、自然災害そのものといえるだろう。

 

 

 かつて経験したことのない頻度で生じている異常気象は、経済活動へどのような影響を及ぼすのだろうか。まず、消費者行動の変化が見込まれる。いわゆる夏物の財消費は高まりが期待される一方で、異常気象が人間の健康に害を及ぼすことにもなるため外出は控えめになると考えられる。その結果、家計による冷房用のエネルギー需要が増加していくのは当然のことだろう。

 

 

エルニーニョ監視海域の基準値との差(出所:気象庁より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

エルニーニョ現象と経済情勢(出所:気象庁、OECDより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 経済成長と物価の観点で注目しているのはツーリズムの動向で、8月は夏季休暇の取得が集中し、旅行者が増加する傾向にある。しかし、世界各地で発生している異常気象は旅行計画にも影を落としている。欧州旅行委員会(ETC)が公表したレポートによると、2023年6月から11月にかけて旅行を計画している人の数は、水準は高いながらも昨年比4%減となっている。旅行者にとっての懸念材料として、自身の経済状況、費用増、ウクライナ戦争とともに異常気象が挙げられており、費用も気温も高い夏ではなく、旅行のオフシーズンへのシフトが検討されている。暑すぎることで行動が抑制的になるどころか目的としていた「避暑」に適さず、山火事などの災害に巻き込まれるリスクが顕在化している。ギリシャの山火事は制御不能となり旅行者は避難を強いられている。旅行需要の減少・分散で物価上昇をけん引してきたサービス業における需給緩和を通じて、その上昇ペースが鈍っていく期待はある。ただし、異常気象が旅行需要減少の一因となっているなら、例えば宿泊施設やレストランなどの設備投資が鈍ったり、賃金を含む雇用への影響が出たりするなど、経済成長の基盤を損なうことにも繋がる。

 

ユーロ圏の物価動向(出所:ユーロスタットより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

欧州内の旅行で最大の懸念は?(出所:ETC”MONITORING SENTIMENT FOR DOMESTIC AND INTRA-EUROPEAN TRAVEL”より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 一方で、異常気象が供給阻害の要因となると、再び物価上昇が加速するリスクも高まっている。その影響を受けやすいのは農産物だが、黒海穀物合意をロシアが延長しなかったことで、再び小麦を中心に価格が変動しやすい市場環境となっている。合意再開への期待も高まっていたが、ロシアが積出し港であるオデーサに向けてミサイル攻撃をしたことで、早期再開は遠のいている。2022年に記録したようなパニック的な急騰はみられていないが、上振れしやすい市場環境は継続している。また、トウモロコシでは生産増が期待されているが、産地である米国では市民の3分の1が異常高温のリスクにさらされているとされ、高温の程度や地域の拡大次第では、当初期待していたよりも生産量が低下する懸念がくすぶっている。さらに、陸上の高温に注目が集まる一方、海水温上昇によって養殖を含む漁業生産の低減も危惧されており、食料品の価格上昇リスクはなかなか払しょくできない状況が続いている。

 

 

 猛暑の影響は物流・人流の一部にも表れている。報道によると、米国の航空会社では燃料削減と乗客制限を実施しているケースがあるとされている。高温により空気の密度が低下し、エンジン性能が想定通りに機能しないため、重量を減らす必要があり、結果として燃料や乗客を減らすか、もしくは運行計画の変更などによる対応が取られているという。一時的な対応でリスク回避が可能であればその影響は軽微だが、食糧は生産量が低下すると供給制約の長期化に結びつくため、経済成長や物価に悪影響を及ぼしかねない。

 

 

主要商品価格(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 このまま異常高温が続くと地球の平均気温が産業革命時との比較で1.5℃を超えてしまう懸念が指摘されている。そのため、エルニーニョ現象のような繰り返し発生する比較的短期の異常気象と長期の気候変動に関する議論が結びつきやすい。しかし、課題克服の難しさも指摘されている。例えば、発電では洋上風力の前倒しでの増強など対応が強く求められるが、資材価格の上昇基調や金利上昇により、多くのプロジェクトが見直しを迫られており、一部の計画は頓挫したと報じられている。

 

 他方で、化石燃料を使い続けるにしても、同様の理由で投資が不十分なことから、いまは安定している石油や天然ガスの価格が上昇に転じ、水準を切りあげていくことも十分懸念されるだろうし、産油国による減産が続いていることもあって上振れしやすい。需要を無理に抑制すると経済活動は損なわれ、供給能力を高めていくには厳しい状況が続く。この夏の異常気象の程度によっては、要対応とのことで議論がまとまっていくか、喉元過ぎれば熱さを忘れて雲散霧消となっていくのか、留意が必要だ。

 

 

 世界の夏、緊張の夏。

 

 

不確実性指数とVIX指数(出所:Economic Policy Uncertainty、Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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