「岸田首相が湾岸3か国を歴訪」中東フラッシュレポート(2023年7月前半号)

2023年08月17日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2023年8月8日執筆

 

1.日本/湾岸諸国:岸田首相が湾岸3か国を歴訪

 岸田首相は7月16~18日の期間に、湾岸アラブ諸国のサウジアラビア、UAE、カタールを訪問し、各国のリーダーらとの会談を実施した。この訪問には、100社以上の企業関係者も同行し、50以上のMoUを締結した。加えて、2009年の交渉を最後に10年以上中断されている湾岸協力会議(GCC)とのFTA交渉の再開でも合意した。日本は原油輸入の95%以上を湾岸諸国に依存しているため(うちサウジアラビアとUAEに約40%ずつ)、湾岸諸国は日本のエネルギー安全保障にとって死活的に重要な国々であり、さらなる関係強化が求められている。今回の訪問では、産油・ガス国である湾岸諸国でも対応が迫られている脱炭素や気候変動の分野での協力や、水素・アンモニアなど新たな分野での連携、さらに半導体など戦略分野での日本国内への投資も呼びかけた。両者はこれまでのエネルギー産出国と消費国という関係から、脱炭素時代の重層的なパートナーシップ関係への脱皮を目指す。

 

2.イラン:上海協力機構に正式加盟

 7月4日、オンラインで行われた上海協力機構(SCO)のサミットにて、2005年以来オブザーバーとして参加してきたイランのSCOへの正式加盟が承認された(9か国目)。SCOは中国・ロシアが主導する地域協力機構であるが、NATOやEUのように加盟国が相互防衛や経済統合など特定の特権を享受するわけではない。しかし、欧米との関係悪化が進む中で、イランはSCO加盟を国際舞台での地位強化の重要な機会ととらえている。

 

3.トルコ/エジプト:互いに大使を任命して外交関係を格上げ

 7月4日、トルコ・エジプトの両政府はお互いに大使を任命し、約10年ぶりに外交関係を格上げすることを発表した。トルコのエルドアン政権は、エジプトのシシ政権が厳しく弾圧するイスラム主義組織「ムスリム同胞団」を強く支持し、組織幹部の亡命などを受け入れてきた。また、カタール断交やリビア内戦においては互いにライバル同士を支援するなど、過去10年にわたり二国間関係は冷え込んでいた。しかし2021年以降、特にトルコ側からの歩み寄りによる二国間の外交対話が始まり、2022年にはカタールで開催されたサッカーW杯の開会式でカタールのタミーム首長に促されて両大統領が初めて握手をするなど、関係改善の流れは加速していた。

 

4.UAE:投資省の新設

 7月3日、UAEの内閣は投資省の新設を承認し、新大臣に政府系投資会社ADQのムハンマド・アル・スウェイディ社長兼CEOを任命した。同氏は国営エネルギー企業TAQAの会長や国営再生可能エネルギー企業マスダルの副会長も務めており、過去には、アブダビ政府の投資会社ムバーダラでも勤務経験のある人物。2022年の世界的な海外直接投資(FDI)額は減少したが、UAEへのFDI流入額は前年比10%増で過去最高の227億ドルを記録するなど好調を続けている。投資省の新設で、さらなる投資環境の整備と競争力の強化を目指す。

 

5.スーダン:軍事対立の解決を目指す近隣国首脳会議の開催

 7月13日、スーダン軍(SAF)と準軍事組織である「即応支援部隊(RSF)」の軍事対立の解決を目指す近隣国首脳会議がエジプトのカイロで開催された。エジプト、リビアなどスーダンに隣接する7か国の首脳に加え、アフリカ連合委員会委員長とアラブ連盟事務局長も参加。協議の結果、今後は閣僚級の対話メカニズムを構築し、スーダンの軍事対立終結に向けて全当事者グループを含む対話や包括的和平プロセスを進めるための行動計画を策定することで合意した。SAF、RSFの双方が同提案に歓迎の意を表明した。両者の軍事衝突は2023年4月に始まり、特に首都ハルツーム周辺とRSFの本拠地である西部ダルフール周辺で激しい衝突が続いている。死者数は1,000人を超え、300万人が国内外で避難民となっている(うち70万人は国境を越えて難民となっている)。

 

6.サウジアラビア:8月も100万bpdの追加減産を継続

 サウジアラビア政府は、2023年7月から開始した単独での日量100万バレル(bpd)の追加減産を8月も継続すると明らかにした。8月のサウジアラビアの原油生産量は900万bpd程度になると予想される。サウジアラビア政府は減産の目的を「原油市場の安定」としているが、原油価格の下支えが目的とみられる。

 

7.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 7月2日、サウジアラビアとUAEの両政府は、イラクへの投資支援とビジネス評議会の設立に計60億ドル(それぞれ30億ドル)を割り当てることで合意した。
  • 7月3~4日、英国とイラクの二国間戦略対話が実施され、経済改革、貿易、気候変動、国防・安全保障、移民・組織犯罪、医療、人権、地域問題など幅広い分野での協力を進めることで合意した。
  • 7月5日、マレーシアとイラクの外相会談が行われ、マレーシア政府は20年ぶりにバグダッドに大使館を再開することを発表した。在イラク・マレーシア大使館は2003年の米軍によるイラク侵攻時に閉鎖され、以降は隣国ヨルダンからイラク関連業務を行っている。

 

  • 石油・経済
  • 7月3日、イラン当局者は、イラク政府が100億ドル相当のイランの凍結資産をすべて解放したことを認めた。
  • 7月10日、イラク政府は仏トタルエナジーズとの間で、総額270億ドルの4つのエネルギープロジェクトの契約に署名した。これらのプロジェクトには、原油増進回収のために必要な海水処理施設の建設や、既存油田からの随伴ガスの発電への活用に加え、容量1GWの太陽光発電所の建設も含まれる。イラクは大産油国にもかかわらず自国の電力需要を賄えておらず、需要の3~4割を隣国イランからの輸入に頼っているため、(イランへの依存を減らすために)発電インフラを増強するよう米国から強い圧力を受けている。
  • 7月11日、イラク首相府は、原油を使用してイランにガス料金を支払う協定をイランとの間で締結したと発表した。イランに対するガス料金の支払いは米国の対イラン経済制裁のため滞ることが多く、それを理由にイランがガスの供給を止め(もしくは供給するガスの量を削減し)、イラク国内で発電量が追い付かず停電が発生するという悪循環になっている。今回の合意によってガス供給の柔軟性が増し、電力生産の安定化が期待される。
  • 7月12日、ブレント原油が2023年4月下旬以降初めて1バレル80ドルの高値に達した。OPEC+による供給削減が効果を見せはじめている中、夏の旅行シーズンで輸送用燃料需要が高まっていることも油価上昇の理由の一つとされる。イラクの経済は石油の生産・販売に大きく依存しており、その財政は油価の変動に大きな影響を受ける。

 

  • 治安・その他
  • 7月5日、イスラエルのネタニヤフ首相は、シーア派民兵組織のKataib Hesbollahがイラク国内でロシア系イスラエル人女性(エリザベス・ツルコフ氏、36歳)を拉致していると発表した。ツルコフ氏は米プリンストン大学に在籍する中東研究者で、博士論文執筆のための現地調査のため、2023年1月にロシアのパスポートでイラクに入国し、3月頃から行方不明になっていた。

 

 

8.リビア情勢

  • 7月6日、リビアの大統領評議会(PC)は、PC議長を委員長、国営石油会社会長を副委員長とし、国民統一政府、代表議会、国家高等評議会、リビア中央銀行、監査局、行政管理局、および同国東部のハフタル勢力代表などの17人の委員で構成される最高財政委員会を設置する決定を下した。同委員会は、公共支出の透明性や国家資源の公正な分配に貢献するものとされる。国連やEU、米・英・仏・露政府などはこの動きを支持している。

 

  • 7月6日、リビア中央銀行は2023年上半期のデータを発表。政府歳入は104億ドルで、うち石油関連収入が101億ドルを占める(約98%)。また歳出は94億ドルで、うち58億ドル(約62%)を公務員給与が占める。リビアの労働力の86%が公的部門で働いているとされ、政府は民間セクターの活性化を図っている。

 

  • 7月11日、次の中央銀行総裁候補とされているブーマターリ元財務相が、国内の治安当局によってトリポリの空港で拘束された。7月13日には、同氏の所属する部族による妨害によって、リビア最大規模のシャララ油田に加え、108油田およびエル・フィール油田の3油田の生産(34万bpd)が停止されたが、7月15日に同氏が解放されたことでシャララおよびエル・フィール油田からの生産が再開された。

 

  • 7月13日、駐リビア・ドイツ大使館は、約9年ぶりに退避していた隣国チュニジアから首都トリポリに移転し、リビア国内での業務を再開した。翌14日、大使は、ほとんどの外交官が既にトリポリに移転し勤務を再開したと発表した。

    OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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