「米国などが仲介するイスラエルとハマスの停戦交渉は進まず」中東フラッシュレポート(2024年2月後半号)

2024年03月25日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2024年3月14日執筆

 

1.イスラエル/パレスチナ:国連安保理に提出された停戦決議案に対し、米国が拒否権を行使

 2023年10月7日に、ガザのイスラム主義組織ハマスがイスラエルに奇襲を仕掛けたことに対する報復として始まった、イスラエルのガザに対する空爆および地上侵攻によるパレスチナ人の死者数が3万人を超えた。戦闘開始から約5か月間で3万人(平均約200人/日)のパレスチナ人が犠牲になっており、今世紀に世界で起きたほかの紛争と比べても、死者数増加のスピードは最も速い。さらに負傷者数は7万人を超えており、がれきの中に埋もれているとみられる行方不明者も多数存在する。封鎖されたガザでは住民たちに水や食料が十分にいきわたっておらず、飢餓による死者も出始めている。国連は、ガザの人口の4分の1に当たる57.6万人が「飢餓の一歩手間にある」、と警鐘を鳴らしている。

 

 2月20日、国連安全保障理事会において、非常任理事国のアルジェリアが、アラブ諸国の支持を受けて、ガザにおける人道的即時停戦を求める決議案を採決にかけたが、米国が拒否権を行使し否決された。15か国中、日本を含む13か国は同決議案に賛成し、英国は棄権した。米国連大使は、米国がカタールやエジプトと進めている仲介交渉(記事2.参照)の妨げになるとして拒否権を行使したが、同じく仲介交渉を主導するカタールとエジプトは同決議案を支持している。中国の国連大使は、米国に対する強い失望と不満を表明。米国はアルジェリア提出決議案への対案として、別の決議案を安保理に提出している。

 

2.イスラエル/パレスチナ:仲介による停戦交渉は進まず

 米国、カタール、エジプトの3か国が仲介する形で、ガザで戦闘を続けるイスラエルとハマスの間での停戦および人質解放に関する交渉が続けられている。2月23日からパリで、上3か国とイスラエルの代表団による4者による協議が行われ、2月25日からはドーハで協議が継続し、ドーハに事務所を置くハマス代表団との意見調整も行われた。その後カイロで行われた交渉にはハマスの代表団が参加したが、イスラエル政府は代表団を派遣しなかった。

 

 交渉の大枠は、40日間の一時休戦の間に、ガザに囚われている人質130人以上のうちの40人の解放と、400人のパレスチナ人囚人の釈放が行われるもの(10月7日以降に捕らえられた4,000人を含め、イスラエルには9,000人以上のパレスチナ人の囚人がいる)。イスラエル側はガザに捕らえられている人質の数、名前、健康状態のリストを要求しているが、ハマス側は「ハマス以外のグループが捕えている人質もおり確認できない」としている。

 

3.ブラジル/イスラエル:ルーラ大統領のイスラエル批判発言で二国間関係悪化

 ブラジルのルーラ大統領が、イスラエルによるガザでの軍事作戦をヒトラーのユダヤ人大虐殺になぞらえたことを受け、イスラエル政府が強く反発している。2月18日、ルーラ氏は訪問先のアジスアベバで行った会見で、「現在ガザで、ヒトラーがユダヤ人を殺す決断をしたとき以外には歴史上行われなかったことが行われている」と発言。これに対し、ネタニヤフ首相は「恥ずべき憂慮すべき発言」と不快感を表明。イスラエル外務省は、駐イスラエル・ブラジル大使を呼び出して正式に抗議したが、対してブラジル外務省も駐ブラジル・イスラエル大使を呼び出し、イスラエル駐在大使を本国に呼び戻した。ブラジルは2024年G20議長国であり、BRICSの一国でもある(因みに、2023年12月にイスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に訴えたのもBRICSの一国である南アフリカである)。

 

4.イスラエル:2023年Q4の成長率は大幅減

 2月19日、イスラエル中央統計局は2023年第4四半期の実質GDP速報値を、年率で前期比19.4%減と発表した。2023年10月から始まったガザでのハマスとの戦闘が直接影響した形で、戦争が経済活動に与えた影響の大きさをあらためて浮き彫りにした。個人消費は26.9%減少し、固定資産投資は67.8%減少した。戦闘開始以降、30万人規模で予備役を徴兵したことや、パレスチナ人労働者のイスラエル領内での労働許可を停止したため、住宅建設がほぼ停止したことも大きな要因となっている。一方で、2023年通年での成長率は2.0%のプラス成長を確保した(2022年は+6.5%)。イスラエル中央銀行は、2024年の成長率も+2.0%と予想している。

 

5.トルコ/エジプト:エルドアン大統領のエジプト訪問

 2月14日、トルコのエルドアン大統領が約12年ぶりにエジプトを訪問し、エジプトのシシ大統領と会談を実施した。2013年にシシ大統領(当時国防相)がクーデターでムルシー前大統領を退陣させたが、ムルシー大統領と関係が良かったエルドアン大統領はこれに反発し、以降両国の外交関係は悪化した。2021~2022年頃から両国関係に改善がみられていたが、今回のエルドアン氏のエジプト訪問により、両国関係は大きな転機を迎えた。両氏は貿易、観光、防衛関連の合意文書に署名し、共同記者会見ではリビア問題での協調・協力や、ガザでの即時停戦を訴えた。

 

6.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 2月21日、イラク最高裁判所は、クルディスタン地域議会(IKP)の少数民族・宗教優先枠11議席を廃止する判決を出した。今後IKPは全体で100議席となる。なお、次のIKP選挙は2024年6月10日に実施される予定。
  • 2月26日、サーミ財務相は、クルディスタン地域政府(KRG)の公務員給与に関して、最高裁の判決に従い職員の銀行口座に直接振り込むことにするとして、職員のリストと各人の銀行口座を提出するようKRGに要請した。

 

  • 石油・経済
  • イラクの1月度原油輸出に関する詳細情報:輸出額 80.26億ドル。輸出量 日量333.9万バレル(bpd)。平均単価 77.54ドル/バレル。
  • 2月23日、イラクのスーダーニ首相はベイジ製油所(原油処理能力30万bpd)の再開を発表した。同製油所は、2014年にイスラム国(IS)との戦闘の中で大きく損傷し、過去10年間稼働できていなかった。同製油所の再稼働で、イラク政府は年間数十億ドルの石油製品輸入を減らすことができる。
  • クルディスタン地域(KRI)からトルコへの原油パイプラインは、依然としてトルコ側に止められているため、KRIの原油生産量は約32万bpdまで減少。また、原油はすべてKRI内で販売されていることで、収入が大幅に減少しており、KRGにとっては中央政府からの予算配分の重要性が増しているため、中央政府に対して立場が弱くなっている。

 

  • 治安・その他
  • イラクにおける親イラン民兵組織による米兵や米軍基地に対する攻撃は、2月4日を最後に停止している。イランのイスラム革命防衛隊のクッズ部隊(対外工作部隊)司令官がイラクの首都バグダッドを訪問し、米軍権益に対する攻撃を止めるよう伝えたとのこと。イランは米軍との直接衝突を望んでいない。

 

7.リビア情勢

  • 2021年12月に予定されていた大統領・議会選挙が延期されて既に2年以上が経つが、対立するリビアの東西勢力は依然として選挙法に合意できておらず、選挙は延期されたままの状況となっている。国際NGOのトランプペアレンシー・インターナショナルが毎年発表する「世界汚職指数」では、全180か国・地域中、リビアは170位。政治家の汚職もひどく、それが、政治改革が進まない要因の一つでもある。
  • 2月17日、リビアの首都トリポリ市内で民兵組織同士の衝突が発生し、10人が死亡した。2023年8月にも、民兵組織の衝突で55人が犠牲となる事件が発生しており、トリポリ市内の治安悪化が懸念されている。この事態に対処すべく、2月21日に国民統一政府(GNU)のトラベルシ内相は、イスラム教の断食月であるラマダンの終わり(4月9日頃)までに、少なくとも5つの民兵組織がトリポリ中心部から郊外に移動することに合意したと発表した。これらの民兵組織には、「特別抑止部隊」や「444旅団」、「111旅団」などが含まれる。
  • リビア国営石油会社(NOC)のベン・グダラ総裁が、二重国籍を保有している可能性があるとして裁判所に訴えられている。法律上、二重国籍者はNOC総裁に就けないことになっている。
  • 2023年の石油生産量は115万bpd。当局は2030年までに200万bpdまで増産する計画を立てているが、リビア国内での東西政府による対立や石油省とNOCの対立などで生産量は伸び悩んでいる。

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)   

以上

 

 

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