「バイデン大統領とネタニヤフ首相の間の溝が浮き彫りに」中東フラッシュレポート(2024年3月前半号)

2024年04月08日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2024年3月29日執筆

 

1.米/イスラエル:バイデン大統領とネタニヤフ首相の間の溝が浮き彫りに

 3月3日、イスラエルの戦時内閣の閣僚であるガンツ前国防相(元軍参謀総長)が米ワシントンを訪問。3月4日には、ホワイトハウスでハリス副大統領、サリバン大統領補佐官と会談、5日にはブリンケン国務長官、オースティン国防長官などバイデン政権高官と相次いで会談を実施した。イスラエルのネタニヤフ首相は、ガンツ氏のワシントン訪問を直前まで知らされておらず、これを知って激怒。因みに、ネタニヤフ氏は、既に現政権での首相就任から1年3か月を超えているが、いまだにホワイトハウスに招待されていない。2023年10月7日のハマスによる奇襲を許したことでネタニヤフ氏の支持率は大幅に低下しており、バイデン政権は、ネタニヤフ氏の政治的ライバルでもあり次期首相の筆頭候補と目されるガンツ氏との関係構築を進めている。

 

 3月9日、バイデン米大統領は、イスラエルによるガザでの軍事作戦で多くのパレスチナ人の民間人が犠牲になってしまっていることで、ネタニヤフ氏は「イスラエルを助けるというより傷つけている」と発言した。これに対してネタニヤフ氏は、「バイデン大統領の発言は間違っている」と反論。ネタニヤフ氏は、現在100万人以上のパレスチナ人が避難しているガザ最南部のラファハへの地上侵攻を「超えてはならない一線」としたバイデン大統領の発言にも反発した。

 

2.パレスチナ:ガザへの人道支援物資の搬入について

 2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲以降、ガザはイスラエル側によって完全に封鎖されてしまっており、陸路による人道支援物資の搬入がかなり限られた量に制限されている。そのため、230万人が住むガザでは餓死者も出始めており、国際社会は何とかガザに支援物資を届けようと飛行機から支援物資を投下するが、投下された支援物資が直撃して亡くなる人や、海に落下した支援物資を取りに行って溺死してしまうケースなどが発生している。EUなどは、キプロスから船でガザまで物資を運ぶイニシアチブを開始したが、陸路での物資搬入に比べると搬入できる量が圧倒的に少なく、国連や国際社会はイスラエルに対して陸路での支援物資搬入拡大を強く求めている。

 

3.イエメン:フーシ派による船舶攻撃で初の死者

 3月6日、イエメン沖のアデン湾で、反政府武装勢力フーシ派による船舶に対する攻撃が発生し、3人が死亡した。2023年11月から続くフーシ派による船舶攻撃で、死者が出たのは今回が初めて。攻撃で船が炎上したため乗組員は船から脱出したが、3人が死亡、4人が重軽傷を負った。乗組員20人のほとんどはフィリピン人とベトナム人で、そのほかに3人の護衛が乗船していた。フーシ派はこの船を米国の船舶だと主張するも、同船舶はバルバドス船籍でリベリアの会社が所有し、ギリシャに拠点を置く企業が運航していた(ただし、過去には米国企業が所有していたことがあるため、フーシ派の持っているデータが古かった可能性もある)。

 

4.イラン:議会・専門家会議選挙の実施

 3月1日、イランで議会選挙(定数290)と専門家会議選挙(定数88)が実施された。議会選挙は、290議席のうち45議席で決着がつかず最終結果は決選投票に持ち越されることになったが、これまで同様、保守強硬派が優勢を占める議会となるもよう。専門家会議選挙は、全ての議席で当選者が確定した(同会議には最高指導者の任命を行う役割があるため、現在84歳と高齢のハメネイ師の次の最高指導者選出に関わる可能性が高い)。

 

 有権者6,100万人のうち投票したのは約2,500万人で、投票率は41%程度とみられる。コロナ禍での選挙でイスラム共和国成立以来過去最低を記録した4年前の選挙の投票率42.5%を、さらに下回る結果となりそうだ。多くの改革派や穏健派の立候補者が選挙前の資格審査で落とされたため、投票を拒否する有権者が増えた結果、特に首都テヘランでの投票率は24%と、前回よりもさらに低下した。

 

5.トルコ:高止まりするインフレ

 3月4日にトルコ統計局が発表した2月の消費者物価指数(CPI)は、前年同期比で+67.1%と、市場予想を上回った。1月の数値(+64.9%)からも上昇。セクター別ではホテル・レストランで+94.5%、教育関連で+91.8%、食品・飲料で+71.1%の大幅な上昇が見られた。インフレを抑制するため、トルコ中央銀行は2023年6月から8か月連続の利上げを実施し、政策金利を45%まで引き上げたものの、2024年1月に最低賃金を大幅に上げた影響などもあり、依然インフレ率は高止まりしている。

 

6.エジプト:エジプト経済とIMFによる支援

 3月6日、エジプト中央銀行は政策金利の600ベーシスポイント(6%)の利上げと、通貨ポンドの相場を市場原理に委ねる方針を発表した。この発表を受けて、為替は1ドル=31ポンドから50ポンドに一気に急落した。より柔軟な為替制度の導入は、IMFが支援と引き換えにエジプト政府に求めてきたものであり、今回の動きはその要請にこたえたもの。同日IMFは、現行のエジプトへの30億ドルの支援プログラムを80億ドルに拡大することで実務者合意に至ったと発表した。

 

7.石油:OPECプラスによる追加自主減産延長へ

 3月3日、OPECプラスは、市場の予想通り、2024年1月からの追加自主減産を第2四半期(4~6月)も継続すると発表した。この減産は、OPECプラス全体で合意している生産量に基づく減産(2024年末まで)に加えて追加で行われているもので、世界需要の伸びが弱い中、原油価格の下落を防ぐためにサウジアラビアなどの一部参加国が自主的に行っているもの。次のOPECプラス閣僚会合は6月1日に行われる予定で、7月以降の減産体制について協議を行う。

 

8.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 3月12日、イラク最高裁判所のゼバリ判事(クルド系でクルド民主党(KDP)に近いとみられる人物)が、2月にイラク最高裁が出した2つの判決(クルド地域の公務員給与をイラク中央政府が直接支払うべきとした判決と、クルド議会の定数削減の判決)が、連邦制とクルド地域の権利を侵害するものだとして、抗議のため辞任した。
  • 3月14日、トルコの外相、国防相、情報局トップがイラクの首都バグダッドを訪問し、イラク政府高官との協議を実施した。両国は、テロ対策やエネルギーなどの各分野で合同委員会を立ち上げることを決定。またイラク国家安全保障評議会は、トルコがテロ組織に指定するクルド労働者党(PKK)を非合法組織に指定し、トルコ政府はこれを歓迎した。4月には10年以上ぶりにトルコのエルドアン大統領がイラクを訪問する予定で、両国間の懸案事項(水利権の問題やトルコ側によって閉鎖されたままの原油パイプラインの問題など)に関する状況が改善する可能性がある。

 

  • 石油・経済
  • 3月7日、イラクの親イラン民兵組織「人民動員部隊(PMF)」傘下の企業である「The General Engineering Company」が、中国国営企業の子会社である「China Machinery Engineering Corporation」と、イラク国内の複数の県にわたる建設、貿易、サービス、エネルギー関連プロジェクトなどさまざまな分野での協力に関する覚書を締結した。
  • UAEの格安航空会社(LCC)であるエア・アラビア航空が、6月3日からUAEのシャルジャとイラクのバスラを結ぶ新路線の開設(週3便)を発表した。

 

9.リビア情勢

  • 3月5日、リビア中央銀行(CBL)のカビール総裁は、2024年末まで国庫や公的部門によって行われる取引を除くすべての目的での外国為替購入に27%の税を課し(税収120億ドルを見込む)、実質的に通貨を1ドル=4.8ディナール(LD)から1ドル=5.95~6.15LDのレンジに切り下げる案をサーレハ国会議長に提出した。3月14日、サーレハ議長はこの計画に賛成したが、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相はこの計画への反対を表明した。
  • 3月10日、メンフィー大統領とタカーラ国家高等評議会議長がサーレハ国会議長とエジプトの首都カイロで会談を実施し、無期限で延期されている選挙を実施するために新たな暫定統一政府の樹立が必要であるとの合意に至った。3月5日には、ノーランド米リビア特使がドゥベイバGNU首相との会談の中で新たな暫定政府樹立の必要性に言及し、またカビールCBL総裁も同様の発言をするなどドゥベイバ首相に対する圧力が強まっている。
  • 北アフリカ地域における協力と連帯強化のため、リビア、チュニジア、アルジェリアの3か国の大統領によるサミットが6月にチュニジアで行われ、以降3か月ごとに3者による会合が行われることが決まったとのこと。
  • リビアの2月の原油生産量は日量116.7万バレル(bpd)で、1月の102.3万bpdより大きく増加。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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