「ガザ戦争の即時停戦を巡る国連安保理での攻防」中東フラッシュレポート(2024年3月後半号)

2024年04月23日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2024年4月12日執筆

 

1.国連安保理:ガザ戦争の即時停戦を巡る安保理での攻防

 3月22日、米国が国連安全保障理事会(UNSC)に提出したパレスチナ自治区ガザでの停戦に関する決議案の採決が行われたが、中国とロシアが拒否権を行使して否決された。同決議案への賛成は15か国中11か国で、3か国(中国、ロシア、アルジェリア)が反対し、1か国(ガイアナ)が棄権した。ガイアナの国連大使は、現在ガザで起きている人災は即時停戦無しには止めることができないにもかかわらず同決議案は即時停戦を求めておらず、また人質の解放を条件としており、賛成できないと発言している。

 3月25日、UNSCで今度は非常任理事国10か国が提出したガザでの即時停戦を求める決議案が、賛成多数で採択された(安保理決議2728)。イスラム教の断食月であるラマダン期間中の即時停戦を求める同決議案には、15か国中14か国が賛成し、米国は棄権した。ガザでの即時停戦を求める決議案に対して米国が拒否権を行使しなかったのは、2023年10月7日の戦闘開始以降初めて(米国はこれまでに3度拒否権を行使している)。イスラエルのネタニヤフ首相はこれに反発し、米ワシントンに派遣予定だった政府代表団の取りやめを発表した(その後、翻意して派遣に合意)。

 

2.パレスチナ:住民によるハマスへの支持は衰えず

 3月20日、パレスチナ政策調査研究センターが3月上旬にパレスチナ自治区で実施した世論調査の結果が発表され、全回答者の7割が10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルに対して行った奇襲攻撃が正しかったと考えていることが分かった。ガザの回答者の約8割が、今回のイスラエルによる攻撃で家族の誰かが殺されたか負傷したと答えており、「イスラエルによる占領を終わらせる最も効果的な方法は」という問いに、最も多かった回答は「武力闘争」(46%)であった。また、戦後のガザ統治に関し「ハマスの復帰を望む」と回答した人が全体の6割に達し、特にガザでその選択肢を選ぶ回答者の割合が前回調査時(2023年12月)よりも増加した。

 

3.日本/パレスチナ:日本を含む諸国がUNRWAへの資金援助を再開

 3月28日、上川外相は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のラザリーニ事務局長と会談を行い、UNRWAへの支援金拠出を再開すると発表した。UNRWA職員のうちの数名が2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲に加担していたというイスラエルの主張を受けて、米国や日本など16か国が1月にUNRWAへの資金拠出を一時停止していたが、資金不足に陥る懸念からラザリーニ事務局長は資金拠出の再開を各国に要請していた。既にEU、カナダ、オーストラリア、スウェーデン、フィンランドなども支援金の拠出を再開。米国は2025年3月までの支援金拠出停止を決めている。

 

4.トルコ:統一地方選の実施

 3月31日、トルコで統一地方選挙が実施され、エルドアン大統領の与党「公正発展党(AKP)」は2002年に政権を取って以降初めて、全国得票率で最大野党の「共和人民党(CHP)」に敗れた。投票率は78.53%で、前回より6%以上低下した。CHPの得票率が37.77%(前回より8%上昇)だったのに対し、与党AKPの得票率は35.49%(前回より7%低下)と2%以上差がついており、イスタンブールやアンカラなどの主要5都市を含む35の市長選でCHP候補が勝利を収めた(AKPは24、クルド系の政党DEMは10の市長ポストを獲得)。エルドアン大統領は、「望んだ結果を得ることはできなかった」と敗北を認める演説を行った。

 

 注目されるのは、イスタンブール市長選で再選を果たした現職のイマーモール市長で、まだ52歳と若い同氏はおそらく次の大統領選挙 (エルドアン大統領は今期が2期目でもう出馬できない)で野党の有力候補として出てくることになるだろう。

 

5.トルコ:3月にサプライズで利上げを実施

 3月21日、トルコ中央銀行は金融政策委員会で大方の市場予想に反して5%ポイントの利上げを実施し、政策金利を45%から50%に引き上げた。利上げは2会合ぶり。トルコでは、3月31日に統一地方選挙があったため、利上げは選挙後とみられていたが、2月のCPIが前年同期比で+67.1%と予想を上回ったため、利上げが実施された。下落傾向が続くトルコの通貨リラは、利上げ発表後に1%程度上昇したが、その後少し下げて1ドル=32リラ(1リラ=4.7円)程度で落ち着いている。

 

6.エジプト:EUがエジプトへの支援を発表

 3月17日、EUは今後3年間でエジプトに計74億ユーロの融資・投資・経済援助を行うことを発表した。EUとしては、悪化するエジプト経済を支えることで、エジプトからEUへの移民の流れを止めたい考え。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、メローニ・イタリア首相に加え、ギリシャの首相やキプロスの大統領などがエジプトの首都カイロを訪問し、EUとエジプトの関係を「戦略的・包括的パートナーシップ」に格上げすることも発表した。これに対し、EUの人権団体などは「(エジプトで行われている)人権侵害に関して無言を貫いている」と批判している。

 

7.スーダン:内戦開始から約1年

 2023年4月にスーダン軍(SAF)と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の間で戦闘が開始して約1年が経つが、内戦状態は継続している。劣勢状態のSAFが、3月にオムドゥルマンにある国営TV・ラジオ局をRSFから取り戻したが、依然首都ハルツームの大半はRSFの勢力下にある。約850万人が戦闘から避難し、180万人が陸路で隣国など国外へ逃げて難民となっている(62万人が南スーダンへ、56万人がチャドへ、50万人がエジプトへ出国)。スーダンの人口の半分の2500万人が支援を必要としており、うち500万人は飢餓状態にある。

 

 スーダンに対する支援が呼び掛けられているが、ウクライナ戦争やガザ戦争の陰に隠れてスーダン内戦は十分な注目を集められておらず、国連がスーダン支援のために呼び掛けている目標支援額の約6~7%の支援金しか集まっていないのが現状である。

 

8.イラク情勢

  • 3月18日、クルディスタン民主党(KDP)は、イラク最高裁がクルド自治区議会(IKP)で少数民族・宗教に優先的に割り当てられている11議席を廃止する判決を出したことに抗議して(同11議席はKDPと連携することが多い)、2024年6月10日に予定されているIKP選挙をボイコットすることを発表した。イラク中央政府・議会はシーア派が主要勢力でイランとの関係が強く、KDPのライバルであるクルディスタン愛国同盟(PUK)とのつながりが強い。一方、KDPはトルコとの関係が強い。
  • 3月28日、イラク電力省はイラン国営ガス会社と5年間の発電用ガス購入契約(最大5千万m3/日)を締結した。また米政府はイラクに対して、イランからの電力購入に対する120日間のウェイバー(制裁免除)を発行した。当時のトランプ政権がイランに対する制裁を再発動した2018年以降、イラクによるイランからの電力・ガス購入を許可するため、米政府はこれまでに21回ウェイバーを発行している。
  • イラク開発道路(Iraq Development Road:IDR)に関して:ペルシャ湾に面するファオ港からトルコに抜けるイラク南北を縦断する1,190㎞にわたる鉄道/道路網と周辺インフラを建設し、イラクをアジア-欧州間の物流ハブにする計画(総工費は170億ドルの見込み)。IDRが完成すれば、上海からロッテルダムまでの物資輸送が、現状の33日から15日に短縮することができるようになるとのこと。鉄道/道路沿いには工場などが建てられ商業活動が活発になり多くの雇用機会が創出される。IDRは、イラクを石油依存経済から脱却させ、将来的な政治的安定につなげることを可能にするイラクにとって重要なプロジェクトとみられている。

 

9.リビア情勢

  • 3月18日、国民統一政府(GNU)の治安部隊とチュニジア国境に近い海岸沿いの町ズワーラの民兵集団との間で衝突が発生し、翌3月19日に政府は国境を閉鎖した。2023年末頃から、密輸に関わる犯罪組織を国境で取り締まろうとする治安部隊と民兵集団の間で衝突が発生していた。3月26日、両者は国境の再開で合意。
  • 3月20日、リビア中央銀行は商業銀行に対し、外国為替両替時に27%の税徴収を開始するよう要請した。これは3月14日にサーレハ代表議会議長が決定したものだが、ドゥベイバ首相や多くの議員、石油労組などが反対しており、輸入価格上昇に伴う生活費高騰を懸念する民衆による抗議デモも各地で発生している。
  • 3月25日、行政管理当局(ACA)はGNUのアウン石油相を、違法行為を巡る捜査のため職務停止とした。アウン氏はこれまで、エネルギー政策や外資企業との契約をめぐってリビア国営石油会社(NOC)と度々衝突しており、またエネルギー問題最高評議会を設立しその議長となったドゥベイバ首相とも関係が悪化していた。
  • 3月31日、ドゥベイバ首相の自宅に対して携行式ロケット弾による攻撃があったが、負傷者はなかった。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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