「ハマスは暗殺されたハニーヤ氏の後任としてシンワル氏を政治局長に選任」中東フラッシュレポート(2024年8月号)
調査レポート
2024年09月19日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2024年9月13日執筆
1.イスラエル/パレスチナ:ハマスはハニーヤ氏の後任にシンワル氏を選任
イスラエル軍は、7月13日にガザ南部ハーン・ユニスに対して行った空爆で、生死が不明とされていたハマスの軍事部門カッサーム旅団トップのムハンマド・デイフ氏の死亡を確認したと発表した。同空爆は避難民が集まるエリアに対して行われたため、民間人を含む90人以上が犠牲になり、300人以上の負傷者が出た。イスラエルのガラント国防相は、「ハマスが壊滅しつつあることを示している」と発言。デイフ氏は1980年代のハマス創設初期からのメンバーで、イスラエルはこれまでに彼に対する暗殺未遂を何度も繰り返してきた。
8月6日、ハマスは、7月31日にイランの首都テヘランで暗殺されたイスマイル・ハニーヤ氏の後任の政治局長に、これまでハマスのガザ地区トップを務めてきたヤヒヤ・シンワル氏(61歳)を選出したと発表した。同氏はハマスの軍事部門創設にも携わった強硬派の人物で、1980年代から何度もイスラエルに逮捕されてきたが、2011年に行われた囚人交換で解放された後、ハマスの幹部に上り詰めた。シンワル氏は、2023年10月7日のイスラエルに対する奇襲攻撃を計画した中心人物とされ、イスラエルは暗殺対象として同氏の行方を追っている。ハニーヤ氏はカタールに居住し、ハマスを支援するトルコやロシアなどの諸外国を訪問するなどして活動してきたが、現在ガザの地下トンネルに隠れているとされているシンワル氏が今後どのように政治局長として活動するのかは不明。なお、国際刑事裁判所(ICC)は、イスラエルのネタニヤフ首相やガラント国防相とともに同氏の逮捕状も請求している。
2.イスラム協力機構(OIC):緊急外相会合の開催
8月7日、OICの緊急外相会合が本部のあるサウジアラビアのジェッダで開催された。7月31日にハマスのハニーヤ政治局長がテヘランで暗殺されたことを受けて、イランが開催を要請したもの。出席したイランのバーゲリ・キャニ外相代行は、イスラエルによるさらなるイランの主権侵害を防ぐためには、正当な自衛の権利を行使する以外に選択肢はないとして、加盟国にイスラエルに対する報復への支持を求めた。OICは最終声明を発出し、その中で14万人以上の死傷者が発生しているイスラエルによるガザ攻撃を強く非難し、またハニーヤ氏の暗殺に関してもイスラエルに責任があると非難しつつも、戦闘が地域紛争に拡大することに対する懸念も表明した。
3.イスラエル:パレスチナ人による自爆テロ発生
8月18日、イスラエルのテルアビブ南部の路上で爆発が発生し、犯人1人が死亡、通行人1人が負傷する事件が発生した。近くの監視カメラに、爆弾を詰めたバックパックを背負って歩く50代の男の姿が映されていた。その後、この男はナブルス出身のパレスチナ人であると判明。翌19日に、ハマスが「イスラム聖戦」とともに実行した「殉教作戦」であるとの声明を発表した。声明の中で、「占領軍の虐殺と暗殺政策が続く限り、イスラエルでの自爆攻撃を再開する」と主張。イスラエルでのパレスチナ人による自爆テロは、1990年代から2000年代にかけて頻発したが、その後下火になっていた。
4.レバノン:ヒズボラ幹部殺害に対する報復攻撃を実施
8月25日、レバノンのシーア派組織ヒズボラは、7月30日にレバノンの首都ベイルートでイスラエルがヒズボラの幹部を殺害したことに対する報復として、イスラエル北部に向けて320発のロケット砲とドローンによる攻撃を実施し、「報復は成功した」と発表した。イスラエル軍は攻撃を事前に察知して、戦闘機100機によるレバノン南部への先制攻撃で数千か所のミサイル発射台などを破壊したと発表した。双方で死傷者は出たものの、それほど大きな被害は出ておらず、ヒズボラは報復の完了を宣言し、イスラエルも大規模攻撃を未然に防いだと軍事力をアピールすることで、幕引きを図ったとみられる。
5.イラン:ペゼシュキアン新政権の閣僚が国会で信任される
8月21日、イランの国会は、ペゼシュキアン新大統領が提出した19人の閣僚候補それぞれに対する投票を行い、全員を信任した。閣僚候補全員が一度で信任されたのは2001年以来初めてのこと。新政権の特徴として、平均年齢が60歳以下と若いこと(最年少は48歳の通信情報技術相)、12年ぶりに女性閣僚(道路・都市開発相)が入閣したこと(イスラム革命以降2人目)、19人中14人が初入閣であることなどが挙げられる。また、保守派のライーシ前政権からの留任者もおり、国会で大多数を占める保守派にも配慮した顔ぶれとなっている。新外相には、知日派のアラグチ元外務次官(元駐日大使:2007~2011年)が就任した。
6.イラク情勢
- 8月4日、イラク北部クルド自治区のエルビル県知事は、県内に存在する138か所の違法製油所の閉鎖を命じ、合法的な製油所でも大気汚染を改善するための環境規制を順守していない製油所に対し、多額の罰金を科すと発表した。
- 8月5日、米軍が駐留するイラク西部のアイン・アル・アサド空軍基地に対して、2発のロケット弾による攻撃があり、7人の米国人が負傷した。米軍はこれに先立つ7月20日に、イラクの人民動員部隊(PMF)の基地に対して「自衛のため」の空爆を行い、4人が死亡、4人が負傷したため、同攻撃に対する報復の可能性がある。
- 8月10日、キルクーク県評議会の過半数(16人中9人)の賛成を得て、イランに近いクルディスタン愛国同盟(PUK)のレブワール・タハ氏がキルクーク県知事に選出された。しかし評議会の残りの7人(トルコに近い人物などを含む)はタハ氏の選出プロセスに異議を唱え訴訟を起こしたが、連邦裁判所は訴訟を却下した。
- 8月22日、サウジアラビアのファイサル外相がスーダーニ首相、フセイン外相などとの会談を実施するためにイラクの首都バグダッドを公式訪問した。二国間関係に加え、ガザ紛争などについても協議。
- 8月25日、イスラム教シーア派の宗教行事であるアルバイーンの巡礼に2,148万人が参加した。巡礼者はシーア派第3代イマームであるイマーム・フセインが埋葬されている聖地カルバラを訪れた。
- 8月29日、イラク軍はキルクークでトルコ軍のドローンを撃墜した。トルコ軍は、イラク国内に潜むクルディスタン労働者党(PKK)分子掃討のためイラク国内での軍事作戦を行っているが、上述のキルクーク県知事の選出プロセスに関してもトルコと近い人たちが阻害されたことに懸念を持っており、同件に関してイラク側をけん制する動きではないかとみる向きもある。
- 8月29日、イラク駐留米軍は、イラク軍と合同で実施したアンバール県西部でのイスラム国(IS)掃討作戦において、15人のIS戦闘員を殺害した(作戦中に7人の米兵が負傷)。イラク政府は2017年にISに対する勝利を宣言したが、イラク北部や中部の地方部においてISの残党が潜んでおり、散発的にテロ事件を起こしている。
7.リビア情勢
- 8月7日、リビア国営石油会社(NOC)はリビア最大のシャララ油田(生産量約30万bpd)に対してフォース・マジュール(不可抗力)を宣言した。地元住民による抗議運動が理由とされているが、リビア東部を支配するハフタル司令官の息子サッダームに対して武器密輸を理由にスペイン当局が逮捕状を発行し、同氏がローマの空港で数時間にわたって拘束されたことに対する復讐とみる向きもある(スペイン企業Repsolが同油田を操業している)。
- 8月7日、検事総長は約4.5億ユーロの違法な支払いを巡って、アブドゥルサーディク石油相の拘留を命じた。
- 8月18日、リビア西部に拠点を置く大統領評議会はカビール中央銀行総裁を解任したが、東部勢力はこれを拒否。8月26日、東部政府(GNS)のハマド首相は、リビアの全油田、港湾、関連施設に対してフォース・マジュールを宣言し、原油の生産・輸出の無期限停止を発表した。8月28日にはリビアの原油生産量は59.1万bpdまで減少し、NOCは8月26~28日の3日間だけで1.2億ドル分の収入が失われたと発表した。リビアの主要な油田は東部勢力の支配下にあり、西部の政府(GNU)に圧力をかけるための取引材料として生産停止が使われることが多い。
以上
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