「ガザ停戦「第1段階」完了と統治構想の始動」 中東フラッシュレポート(2026年1月号)
調査レポート
2026年03月06日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2026年2月18日執筆
1.イスラエル/ハマス:ガザ停戦「第1段階」完了と統治構想の始動
1月26日、イスラエル軍はガザ地区に残されていた最後のイスラエル人の人質の遺体を回収したと発表した。2023年10月7日のハマスによる越境攻撃から843日を経ての帰還であり、イスラエル政府は「すべての人質が帰還した」と表明した。これにより、2025年10月に成立したイスラエルとハマスの停戦合意における「第1段階」は形式上完了したと位置づけられている。もっとも、停戦発効後もイスラエル軍によるガザでの限定的・散発的な軍事行動は継続しており、パレスチナ人の民間人被害が完全に止まったわけではない。停戦はあくまで段階的枠組みであり、恒久的停戦や政治解決に至ったわけではない点には留意が必要である。
こうした中、トランプ政権は「第2段階」への移行を見据え、ガザの暫定統治を監督する国際機関「平和評議会(Board of Peace:BoP)」構想を提示した。BoPの下には、米国主導の「創設執行委員会」、現地行政を担うパレスチナ人主体の「ガザ行政統治国家委員会(NCAG)」、そしてその両者を調整する「ガザ執行委員会」が設置され、治安維持は国際安定化部隊(ISF)が担うとされる。両執行委員会には、ルビオ米国務長官、トランプ大統領の娘婿であるクシュナー氏、ウィトコフ特使らが参加する一方、現時点でパレスチナ人は含まれておらず、パレスチナ人が意思決定権限を持たない統治構造に統治の正統性を巡る議論が残る。
サウジアラビアやUAEなどアラブ・イスラム8か国が、共同声明でBoPへの参加を表明した一方、日本や欧州の一部は国際法上の位置付けや権限構造の曖昧さを理由に慎重姿勢を維持している。招待された約60か国のうち、参加を表明したのは米国やイスラエルを含む26か国であり、約30か国は態度未定にとどまっている。スイスのダボスで調印式が行われ一定の地域的支持は得たものの、正統性や実効性には疑問も残り、国際的な包括的合意形成にはなお時間を要する見通しである。
2.米国/イラン:ペルシャ湾における緊張の高まり
1月22日、トランプ米大統領は原子力空母エイブラハム・リンカーンを含む複数の艦艇を中東に展開していることを明らかにした。米軍の前方展開が拡大する中、ペルシャ湾岸地域の緊張は明確に高まっている。
軍事行動の可能性は現実味を帯びているものの、その有効性を疑問視する見方も根強い。対イラン攻撃は、国内の体制支持層の結束を強め、当局に非常措置や弾圧強化の正当化を与える可能性があるとの指摘がある。一方で、軍事的圧力を通じて交渉上の譲歩を引き出すことを狙った威嚇的展開との見方も存在する。
米ユーラシア・グループは、外交努力が失敗した場合、4月末までに米国およびイスラエルがイランを攻撃する可能性を65%と分析している。トランプ氏にとって、強硬姿勢を繰り返し示してきた以上、行動に移さないことは威信低下につながるとの政治的計算が働く可能性がある。他方、軍事行動に対する地域的支持の乏しさ、戦略目標の不明確さ、戦後シナリオの不透明さは抑制要因であり、最終的に武力行使ではなく長期的圧力戦術に回帰する可能性も残されている。
3.イラン:EUによるIRGCのテロ組織指定
1月29日、欧州連合(EU)はイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)をテロ組織に指定することで合意した。IRGCのテロ組織指定は長年議論されてきたが、イランとの外交関係や核交渉への影響を考慮し、これまで見送られてきた経緯がある。今回の決定は、イラン国内での抗議運動に対するIRGCの強硬対応(イラン当局も3,000人以上の死亡を認めている)を受けた政治的判断と位置付けられている。
2月1日、イランのガリバフ国会議長は、EUの措置に対抗して、今後EU加盟国の軍隊を「テロ組織とみなす」と発言。イラン外務省も、EUの決定を「内政干渉」として強く非難した。イランとEUの関係は、外交・制裁・安全保障面で一層緊張する可能性がある。
4.イエメン:イエメン南部での衝突で顕在化するサウジ・UAE間の緊張
イエメン南部での衝突をめぐり、サウジ・UAE間の緊張が高まっている。イエメンでは2014年にイランと関係の深い反政府武装勢力フーシ派(正式名称:アンサール・アッラー)が首都サナアを制圧し、翌2015年にサウジ主導連合軍が軍事介入した。以降、国際的に承認されたイエメン正統政府は南部の都市アデンに拠点を置き、北部は依然としてフーシ派が実効支配を続ける構図が続いている。
南部でUAEが支援する「南部移行会議(STC)」は南部独立を志向しており、あくまでイエメン全体の統一を目指すサウジ支援の正統政府とは戦略的目標が一致していない。両者はフーシ派への対抗という共通利益のもと協力関係を維持してきたが、内部対立は従来から存在していた。2025年12月30日、南部ハドラマウト州ムカッラ港を巡り、UAEがSTC向けに軍事物資を搬入しようとしたとのサウジ側の主張を受け、サウジ軍が空爆を実施したと報じられた。ただし、UAE側は武器供与を否定しており、事実関係については双方の見解が対立している。この事案を契機に、両国間に蓄積していた不信が顕在化し、緊張が高まっている。
5.イラク情勢
- 1月24日、シーア派連合「調整枠組み(CF)」がマリキ元首相(75歳)を次期首相候補に指名したことを受け、トランプ大統領は自身のSNSアカウントで、同氏の前回政権期に「イラクは貧困と完全な混乱に陥った」と強く批判し、仮に同氏が首相に就任すれば米国は支援を停止すると警告した。マリキ氏は2006~14年に2期8年にわたり首相を務め、在任中はスンニ派やクルド勢力との対立を深め、治安悪化と政治的分断を招いたとされる。対米関係の悪化やイランとの関係強化でも知られ、2014年に米国の圧力も背景に退陣したが、その後も「法治国家連合」を率い、イランと関係に深いシーア派勢力との強固な関係を維持してきた。
- トランプ氏の発言はイラク国内でも波紋を広げ、首都バグダッドでは米国の内政干渉に抗議するデモが発生、シーア派各派も相次いで声明を出した。多くの勢力は首相選出プロセスに対する外部介入を拒否する姿勢を示す一方、現スーダーニ首相に近い穏健派は国際的孤立や支援喪失への懸念にも言及している。CF内部でもマリキ氏支持を維持するか、代替候補を模索するかで意見が分かれており、調整は難航している。マリキ氏はトランプ発言を「露骨な主権侵害」と批判し、立候補継続を表明している。
- 1月27日、イラク議会は、クルド勢力が統一候補を決められなかったことを理由に、大統領選出を予定していた本会議を延期した。これにより、大統領選出後に続く首相指名の手続きも後ろ倒しとなる見通しである。
- スーダーニ首相はバグダッドで開かれた「イラク・エネルギー会議2026」の基調講演で、2028年までに環境負荷の高いガスフレアを廃止する方針や、2030年までに石油生産の40%を高付加価値製品として輸出する目標を改めて強調した。
- 12月の原油輸出詳細: 輸出額 63.9億ドル、輸出量 日量 347.3万バレル、平均単価 59.32ドル/バレル。
6.リビア情勢
- 1月16日、東部の実力者ハフタル・リビア国民軍(LNA)司令官の息子であるサダム・ハフタルLNA副司令官が公式招待を受けてフランスのパリを訪問。エリゼ宮殿で、大統領首席補佐官や特使ら仏政府高官と正式会談を行い、二国間の軍事関係や幅広い安全保障協力が協議された。
- 1月18日、リビア中央銀行(CBL)はリビア・ディナール(LYD)を約14.7%切り下げて、公式為替レートを1米ドル=約6.4LYDへ変更した。CBLのレート調整は2025年4月以来で、約1年弱ぶりの再切り下げとなる。外貨不足や財政・経常収支の制約を背景に、今後も為替のさらなる調整リスクには留意が必要。
- 1月24日、首都トリポリで開かれた「リビア・エネルギー経済サミット」で、リビア政府はフランスのTotalEnergiesおよび米国のConocoPhillipsと総額約200億米ドル・期間25年の石油協定を締結し、今後は日量85万バレル(bpd)の増産を目指す(現在のリビアの原油生産量は約140万bpd)。また、Chevronと探査・開発機会の評価に関する覚書(MoU)、またエジプトとは石油・ガス協力のMoUに署名し、エネルギー安全保障とインフラ開発における地域協調を強化した。
- 1月28日、パリのエリゼ宮殿で、国民統一政府(GNU)のイブラヒム・ドゥベイバ首相顧問と上述のサダム・ハフタルが米・仏の仲介で非公開会談を実施し、東西分断が続くリビアの国家機関の再統合に向けた合意形成の方策が議論された。今回の会談は、2025年9月のローマでの非公式会合に続く動きとなる。
以上

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