中南米:港湾をめぐる覇権争奪~パナマ運河・チャンカイ港を巡る米中対立
概要
中南米の港湾は米中両大国による対立の場となっている。トランプ政権が掲げる、モンロー主義を現代版にアップデートした「ドンロー・ドクトリン」と、中国が「一帯一路(BRI)」を掲げて進める巨大インフラ投資が、パナマ運河とペルーのチャンカイ港という二つの急所において衝突している。
1.ドンロー・ドクトリンによる米国の中南米戦略
トランプ政権が提唱する「ドンロー・ドクトリン」は、モンロー主義を現代の地政学リスクに合わせて再定義したものである。モンロー主義が欧州列強による米州への干渉を排除することを目的としていたのに対し、ドンロー・ドクトリンでは南北アメリカ大陸における米国の絶対的な覇権を再確立することと、中国の排除が念頭におかれている。
トランプ政権は、米州の安全保障を重視しており、中国のインフラ投資は、経済的支援というだけでなく、軍事拠点になり得るとして、大きな懸念を抱えている。特に、港湾、5G通信網、電力網といった重要インフラへの中国資本を排除し、米国との「裏庭」として連携強化を図ることが最優先事項となっている。トランプ政権にとって、中南米諸国が中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に加わることは、米国の「足元」において、その主導権が中国に奪われることを意味する。また、米国は、供給網を中国から中南米(特にメキシコや中米)へ移転させるニアショアリングを推進している。ただし、これには中国資本を受け入れる国には経済制裁を示唆する強硬姿勢をとっており、自由貿易重視の姿勢は影を潜め、国家安全保障を理由として米国の介入を強化することが、中南米政策の基調となっている。
2.パナマ運河とチャンカイ港における勢力図の変化
パナマ運河は、世界貿易の約5%が通過するチョークポイントであり、特に米国の東
海岸とアジアを結ぶ大動脈となっている。この運河の両端、太平洋側のバルボア港と大西洋側のクリストバル港の運営権を長らく握ってきたのが、香港に拠点を置く「CKハチソン・ホールディングス(和記黄埔)」だった。トランプ政権は、CKハチソンを単なる民間企業とは見ていない。香港に対する中国共産党の統制が強まった現在、同社は中国政府の意向を組む組織として、有事の際には運河の通航を妨害、あるいは米軍艦の動静を監視する拠点になり得るとの懸念を持ち、運河を取り戻す圧力を強めてきた。これに対し、パナマのムリーノ政権は運河の中立性を盾に抵抗しつつも、米国の関税制裁や金融制裁を恐れ、現実的な外交を掲げている。パナマにとって、中国は運河の第二位の利用者であり、貿易・投資などの経済面でも重要な国ではあるが、米国は最大の安全保障パートナーであり、最大の運河利用者であるとして、米国寄りの姿勢に転換している。港湾運営の一部を米資産運用大手ブラックロックなどのコンソーシアムが買収するスキームが検討されたのはこうした圧力を受けてのことだった。一方、中国がこの動きに激しく抵抗し、買収協議は難航することとなったが、結果として、パナマは、CKハチソンの運営権自体を取り消す司法判断を行った。これは、経済的合理性を超えた政治的圧力による資本の組み換えともいえる。パナマはBRIからの脱退も表明しており、米国の意向を組んだ中国排除に動いたかたちだ。一方、中国は、運営権が違法に奪われたとして国際仲裁に訴えをおこしており、抵抗を続けている。
一方、ペルーのリマ近郊に建設されたチャンカイ港は、中国の国営巨大海運企業「中遠海運港湾(COSCO)」が約13億ドルを投じて建設した深水港[*1]である。2024年11月の開港式には習近平国家主席が自ら出席し、その重要性を世界に知らしめた。チャンカイ港は、COSCOが60%の権益を持ち、実質的な運営権を握っている。チャンカイ港の稼働により、ブラジルやチリ、アルゼンチンからの資源(鉄鉱石、大豆、リチウム)が、北米の港を経由せずに直接アジアへ運べるようになり、南米大陸から中国へ、これまでより約2週間も早く物資を運ぶことが可能になる。COSCOが港の運営権を「独占的」に保有するという契約内容は、米国の安全保障関係者に「将来的な軍事基地化」の疑念を抱かせている。実際、港湾では中国の技術による5Gネットワークが敷設され、AIを活用した自動運転トラックやクレーンが24時間体制で稼働していることは米国も脅威と考えているようだ。一方で、ペルー政府は、国内経済の停滞を打破するために中国資本を渇望していた。しかし、米国の南方軍司令官らが「チャンカイ港は中国海軍の補給拠点になる」と公然と警告を発したことで、ペルー政府は米国の意向を汲んで、COSCOに与えた独占的運営権について法的欠陥を理由に取り消そうと試みた。これに中国側が法的措置と投資凍結を示唆して猛反発すると、ペルー議会は今後30年に渡り、法的に認められた独占権を追認するに至った。また、2026年1月には、リマの憲法裁判所は、ペルーの規制当局がチャンカイ港の運営に対して限定的な介入しかできないとする判決を下しており、これは事実上の中国による治外法権的な管理が強まったことを意味する。トランプ政権は2026年2月、「ペルーは中国に主権を奪われつつある」と公式に警告するとともに、チャンカイ港を経由して北米に輸入される製品には、たとえペルー産であっても高関税を示唆し、またチャンカイ港の監視を目的として、近隣のカヤオ海軍基地の再建に15億ドルを投じる計画を承認するなど、経済・軍事の両面で圧力を強めている。
3.「ピンク・タイド」の終焉と右派政権の誕生がもたらす構図の変化
中南米では長らく左派が政権を担う「ピンク・タイド」が続いてきたが、近年ではアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領に代表されるような、急進的な右派政権が台頭している。これらの政権は、トランプ政権の価値観と共鳴し、親中から親米へと方向転換を行っている。アルゼンチンのミレイ政権は就任直後、中国が主導するBRICSへの加盟を撤回し、米国との軍事協力を強化することを宣言した。一方で、ブラジルのルーラ政権やコロンビアのペトロ政権は、依然として中国との関係を重視している。トランプ政権は、これらの「非協力的な」左派政権に対し、移民問題や麻薬対策を武器に関税障壁を設けるなどの強硬姿勢を崩していない。このように、中南米内部でも「対中姿勢」を巡って国同士、あるいは国内の政治勢力間で深い分断が生じている。トランプ政権は、この分断を利用し、親米政権には投資優遇を、親中政権には制裁をという「アメとムチ」を使い分けている。
一足先に右傾化したパナマにおいては、中国の息のかかった港湾の運営権を政府が取り上げた。一方、ペルーでは政治的な混乱が続いているが、6月の大統領選挙においては右派の大統領の誕生が有力視されている。右派政権が誕生すれば、安全保障において、より親米路線に移行することが確実視されている。チャンカイ港自体の運営権については、これまでと述べた通りではあるものの、近隣港湾への米国からの大規模な軍事・経済投資の受入れや、港湾法を再改正し、安全保障上の観点から政府の介入権限を強制的に付与するなど勢力図が書き換えられる可能性は残る。
ただし、トランプ政権がどれほど介入を強めても、中南米諸国にとって中国が代替不可能な経済パートナーである点は解決できない根本的な問題となっている。ブラジル、チリ、ペルー、アルゼンチンにとって、中国は最大の輸出先であり、鉄鉱石、大豆、銅、リチウムといった資源を大量に買い支えているのは米国ではなく中国だ。また、世界銀行やIMFが厳しい条件(緊縮財政や民主化プロセス)を求めるのに対し、中国の銀行は「政治的中立」を謳い、迅速に巨額のインフラ融資を実行してきた。とくに、トランプ政権の「米国第一主義」は、自国への雇用回帰を優先するものであり、中南米諸国にとっては中国を代替するほどの経済的便益はない。そのため、中南米の指導者たちは、安全保障で米国と組みたいものの、中国との経済的なつながりを断つわけにもいかないという構造的矛盾に対し、どのようにバランスをとるかという難しい決断を迫られている。
4.イラン紛争が覇権争いに火を注ぐ
2026年初頭に激化したイラン紛争(ホルムズ海峡の緊張)は、この中南米の覇権争いに火を注ぐ形となっている。中東の不安定化により、アジアへ向かうエネルギー(原油・LNG)の動線が変化しており、米国のメキシコ湾岸からアジアへ向かうLNGタンカーがパナマ運河に向かい、運河の重要性が再認識されている。また、ガイアナ産原油や、アルゼンチンのバカ・ムエルタ・シェールガスから生産されるLNGなどのアジア市場への安定供給の観点から重要性が高まっており、運河、港湾の重要性を高めている。を狙って加速しています。一方、ホルムズ海峡が閉鎖に近い状態となったことで、中国はアフリカ南端を経由し、南米のチャンカイ港を経由して自国へ至るルートを、米国の監視が厳しいマラッカ海峡を避けるための代替路として重視し始めている。エネルギーと物資の動線が変わったことで、中南米の港湾は単なる物流拠点から、戦略拠点としての重要度を増してきている。
5.今後の展望
港湾は単なる物流拠点から、情報や監視の場となり、米中対立の最前線としての意味合いが強くなっており、パナマやペルーだけでなく、ブラジルのパラナグア港やチリの港湾においても、中国資本の流入を巡る紛争が激化する可能性がある。ペルーにおいては4月に次期大統領選が行われるが、まずは中南米での覇権を争う上で注目されるイベントになるだろう。また、今後は港湾だけでなく、重要鉱物についても、米中の覇権争いの主戦場となってくると考えられる。アルゼンチン、ボリビア、チリにまたがるリチウム資源は、電気自動車などの戦略物資であり、すでに中国資本による投資も大きくなっている。一方、トランプ政権は、これら資源について中国に支配されることを嫌い、各国政府と協議を行い介入を強めている。中南米においては、米中の覇権争いの中で、主権を維持しながら、安全保障、経済のバランスをどうとっていくかが試されている。
以上
[*1] 超大型コンテナ船(2万TEU超)が寄港するためには、水深15m〜18m以上が必要とされる。チャンカイ港の水深は17.8メートルとされている。
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