米大統領共和党予備選:勝敗を左右する「序盤戦」「白人系キリスト教福音派」「ブルーステート」

2016年01月26日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

◆混戦状態の予備選

 2016年2月1日のアイオワ州党員集会、同月9日のニューハンプシャー州予備選とともに米大統領選の口火が切られます。共和党予備選は現在も12人の候補者が乱立し、混戦状態が続いていますが、(1)序盤戦の勝敗、(2)白人系キリスト教福音派の支持獲得、(3)ブルーステート (民主党優勢の州)でのエスタブリッシュメントの巻き返しの3点が今後の予備選の行方に大きい影響を及ぼすことが予想されます。

 

(1) 序盤戦の勝敗:予備選の仕組み上、落とせない序盤戦

ホワイトハウスとアンドリュー・ジャクソン元大統領の銅像(写真:筆者)
ホワイトハウスとアンドリュー・ジャクソン元大統領の銅像(写真:筆者)

 共和党予備選は16年 6月7日まで各州で行われ(表参照)、同年7月18~21日に開催される共和党全国党大会で党の公認候補が正式に指名されます。同党大会に出席する代議員の合計2,472人のうち、過半数の1,237人を獲得した候補が指名争いを制することになります。16年2月上旬に開催される序盤戦のアイオワ州、ニューハンプシャー州2州の代議員数が予備選全体に占める割合は約2%に過ぎないものの、両州は予備選の行方を左右する重要な戦いです。1972年にアイオワ州とニューハンプシャー州が最初に予備選が行われる州として注目を浴びるようになってから、両州を落とした候補者で党の指名を獲得できたのはいずれの党を見てもビル・クリントン元大統領(92年大統領選民主党予備選)のみであり、いかに序盤戦で勝利することが重要であるかが理解できます。

 

 ブルッキングス研究所上席研究員エレイン・ケイマーク氏は著書『Primary Politics(予備選の政治)』(2015年11月発行)で、米国の予備選の特徴として全ての州が同日に選挙を実施せず、順番に実施する独特な仕組みを挙げています。同氏は、この仕組みによって「ひとつの予備選での勝利は、次に続く予備選で勝利する可能性を大幅に高める」と述べ、序盤戦の重要性を指摘しています。メディアは序盤戦を大きく取り上げて勝者と敗者を明示し、上位につけた候補者はその後の予備選で選挙資金や有力者からの支持確保が容易となって選挙戦で勢いを増します。世論調査会社メルマン・グループによると予備選をめぐるメディア報道全体の約半分がアイオワ州とニューハンプシャー州の2州に集中しているとのことです。

 

 予備選開始前は世論調査でトップにいても序盤戦で上位にランクインしなかった候補者の注目度は激減し、選挙戦を離脱する事態に陥ることもあります。08年大統領選では、共和党予備選開始前の07年を通して元ニューヨーク市長で9.11以降のテロ対策で全国的にも知名度が高かったルーディー・ジュリアーニ候補が全国世論調査で首位に立っていました。ジュリアーニ候補は社会問題ではリベラルであることから08年1月上旬から中旬に予定されていたアイオワ州、サウスカロライナ州など同問題で保守的な州では勝利の可能性が低いため序盤戦には力を入れず、1月下旬に予定されていたフロリダ州で勝利する戦略をとりました。しかし、序盤戦の敗退によってメディア報道も減り有権者は序盤戦で勝利した他の候補を注目するようになって迎えたフロリダ州の予備選でジュリアーニ候補は勝利できず、選挙戦を離脱する事態となりました。メルマン・グループは、「有権者は勝てる可能性が高い候補を支援したがり、序盤戦で勝利した候補はその後も予備選で勝利を重ねると有権者は確信する」と指摘しています。

 

 政治経済などの統計分析に定評があるウェブサイトのファイブ・サーティエイトは16年大統領選の共和党予備選で各候補が勝利する確率を、アイオワ州ではテッド・クルーズ候補(49%)、ドナルド・トランプ候補(36%)、マルコ・ルビオ候補(11%)、ニューハンプシャー州ではトランプ候補(46%)、クルーズ候補(15%)、ルビオ候補(13%)、ジョン・ケーシック候補(11%)と予想しています(16年1月22日時点)。序盤戦では反エスタブリッシュメント(反既成政治)のトランプ候補とクルーズ候補の善戦が予想される中、ルビオ候補やケーシック候補をはじめエスタブリッシュメント候補が上位にランクインできるかが注目です。

 

(2) 影響が大きい白人系キリスト教福音派の票

 16年は南部の多くの州で前回の12年大統領選の時と比べて予備選が1か月以上繰り上げられたため(表参照)、白人系キリスト教福音派の前半戦での影響力が拡大します。バージニア大学のラリー・サバト教授は、16年3月8日までに開催される予備選(予備選全体の約43%)で選出される代議員の約64%が、投票者の50%以上を白人系キリスト教福音派が占める可能性がある州に属する点を指摘しています(表参照)。従ってキリスト教牧師の父を持つクルーズ候補をはじめ白人系キリスト教福音派に強い候補が共和党予備選の前半で躍進する可能性があります。クルーズ候補の出身、テキサス州は12年の予備選では5月末に開催されたが、今回は予備選開始わずか1か月後の3月1日のスーパーチューズデイ(11州で開催、別名SEC予備選)に予定されており、同候補にとっては有利になる可能性があります。クルーズ候補は自らの支持基盤である保守派や白人系キリスト教福音派が多い州が多数含まれるこのSEC予備選での連勝を狙い強力なキャンペーンを展開しています。同候補はSEC予備選を、首位を維持して後続を払いのける「ファイアウォール」と位置づけています。SEC予備選でクルーズ候補が勢いを増す可能性もある一方、序盤戦での成績次第では同候補がSEC予備選で連勝できない可能性もあります。白人系キリスト教福音派も序盤戦での各候補の結果を見て、どの候補が民主党候補に対して本選で勝利できるかを見極めるため、仮にトランプ候補が序盤戦で連勝した場合などはトランプ候補の支持に回る可能性も指摘されています。リバティー大学のジェリー・ファルウェル学長など一部の白人系キリスト教福音派指導者が世論調査首位を走り続けるトランプ候補を賞賛するなど予備選開始前からその兆候も見られます。16年1月18日、同学長は自らの父親が1980年の大統領選で、日曜学校で教えキリスト教を深く信仰するジミー・カーター元大統領ではなく、米国の大統領にふさわしいロナルド・レーガン候補を支持したことを紹介しました。信仰深いクルーズ候補と聖書の話題で正確性を欠くトランプ候補を連想させます。序盤戦でトランプ候補が圧勝すれば、SEC予備選でも連勝を続けることも大いに予想できます。

 

 共和党予備選の日程

共和党予備選の日程 (出所:共和党全国委員会、バージニア大学政治学センターより米州住友商事ワシントン事務所作成。https://www.scgr.co.jp)

 

(3) ブルーステートでエスタブリッシュメント候補は巻き返せるか

 前半戦ではトランプ候補やクルーズ候補など反エスタブリッシュメント候補の善戦が予想される中、エスタブリッシュメント候補が巻き返すチャンスはSEC予備選が終了した後の残り約半数の代議員を選出する3月中旬以降の後半戦に巡ってきます。後半戦では穏健派に支持されるエスタブリッシュメントが以前から強いブルーステートでの予備選が多く開催されます。前半戦の多くの州で代議員配分方法が「比例配分」であるのに対し、後半戦は「勝者総取り」が多く採用されます(表参照)。従って、仮に反エスタブリッシュメント候補が前半戦で多くの代議員数を獲得しても、エスタブリッシュメント候補が後半戦の各州で僅差で勝利を重ねれば一気に反エスタブリッシュメント候補を逆転する可能性をサバト教授は指摘しています。この仕組みにより共和党は過去の予備選でミット・ロムニー候補(12年共和党予備選)やジョン・マケイン候補(08年共和党予備選)のようにエスタブリッシュメント候補を最終的には指名してきました。

 

 しかし、16年は例年と異なり、ブルーステートでエスタブリッシュメントが勝利できる保証はありません。ナショナル・ジャーナル誌ジョッシュ・クラウシャー記者は「トランプ候補支持者は自らを穏健派と認識し、同候補を(過去にリベラルな政策を支持し、民主党有力者に献金していたことから)中道派と捉えている」と指摘しています(同誌16年1月12日付)。仮にトランプ候補が序盤戦で連勝した場合、その勢いで後半戦のブルーステートでも勝利を重ねることが予想されています。

 

 

◆共和党は崩壊を防ぐ方策はあるか

 ニューヨークタイムズ紙(16年1月19日付)の論説で保守派ジャーナリストのデービッド・ブルックス氏は「党が自らの崩壊を、こんなにおとなしく受け入れたことは稀なこと」と述べ、このまま反エスタブリッシュメントのトランプ候補およびクルーズ候補が共和党予備選で指名候補に選ばれた場合、本選で共和党は倒される運命にあることを嘆きました。これを防ぐためにも、序盤戦で多くの候補が撤退していく中、共和党指導部は連携して早期に1人のエスタブリッシュメント候補に絞り込み、後半戦で巻き返しを図る必要性を多くの専門家が指摘しています。また、エスタブリッシュメント候補は、今後、反エスタブリッシュメント候補の人気の背景にあるさまざまな不安(16年1月6日記事参照)も考慮しつつ、民主党候補にも勝てると幅広い共和党有権者に思われる現実的な政策を訴えていくことも指名獲得の上で重要でしょう。

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