米大統領選:トランプ候補躍進を支える「3つの不安」と共和党予備選の行方

2016年01月06日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

  「ファシスト」「人種差別」「アンアメリカン(米国文化・価値観に合わない)」と批判されながらも、不動産王ドナルド・トランプ候補が5か月連続、米大統領選の共和党指名争いで首位を独走しています。同候補の高い人気は当初、「夏のロマンス」とも呼ばれ、ワシントンの政治専門家の多くが一時的と予測していました。しかし、冬に入っても人気は衰えず、予備選開始まで1か月と迫る中、トランプ候補は支持率トップで予備選に臨むことが予想され始めています。トランプ候補躍進は一時的なロマンスではなく、共和党支持者の多くが近年抱いている「経済」「テロ」「社会変化」に対する不安を象徴しています。米大統領選では、この不安を巧みに利用する同候補など反エスタブリッシュメント(反既成政治)に追い風が吹いています。ですが、共和党がホワイトハウスを奪還できるかどうかは、16年11月の本選でより勝利の可能性が高いエスタブリッシュメント候補に予備選で支持が集約されるかにかかっていると思われます。

 

 

(1)経済的な不安:「ブルーカラーの波に乗っている」トランプ候補

(図1)米国のGDP総額と世帯収入の推移

 ブルッキングス研究所シニア・フェローのウィリアム・ギャルストン氏は、今日、経済的に困難な状況に直面するブルーカラー(労働者階級)を最も魅了し躍進するトランプ候補を「ブルーカラーの波に乗っている」と表現しています。公共宗教研究所(PRRI)の世論調査によると、トランプ候補支持者の55%が白人系ブルーカラーで、他の共和党候補支持者の割合(35%)を大幅に上回ります。08年のリーマンショック以降、米国経済は緩やかに成長している反面、多くの国民の所得(実質世帯年収(中位数))は1999年以降、下方傾向にあります(図1参照)。上記世論調査では、白人系ブルーカラーの56%が「米国の最盛期は過去のこと」と回答し、全体平均(49%)を上回り、多くが将来を悲観的に捉えています。

 

(図2)米国の製造業および飲食業 雇用者数の推移

 近年、米国全体の雇用者数は増加しています。しかし、内訳を見ると白人系ブルーカラーの中間所得層を支えてきた製造業や建設業の雇用は伸び悩む一方、雇用が増えているのは非大卒層の場合は飲食業など低賃金労働です。米労働省労働統計局(BLS)によると製造業雇用者数は過去15年間で約500万人減少している一方、飲食業雇用者数は約200万人増加しています(図2参照)。BLSによると14年時点、平均賃金は製造業の組立工は年給約3万3,000ドル、ファーストフードの調理人は年給約1万9,000ドルです。つまり、中間所得層を支えてきた製造業の雇用機会が減少する中、非大卒層が新たに見つけられる仕事の多くは低賃金労働となっています。

 

 共和党を支持する白人系ブルーカラーの経済的な不安は、今日、オバマ政権そしてこう着状態が続く米議会に対する怒りとなり、トランプ候補は彼らの心をうまくつかんでいます。同候補はビジネスでの成功体験をもとに、「雇用創出大統領」になると訴えています。CNN/ORCの世論調査(15年11月27日~12月1日実施)によると、トランプ候補が「経済運営で最も期待できる」と回答した共和党支持者は55%に達し、同候補の経済運営は特に支持を集めています。

 

 ワシントンポスト紙(16年1月1日付コラム)でジャーナリストのファリード・ザカリア氏は「(マイノリティーと比べて自らをエリート層と捉えてきた白人系ブルーカラーは)米国の経済、社会、そしてアイデンティティそのものの中心的役割を果たしてきたが、今やそれはない。トランプ候補はこの状況を変え、彼らがその座を取り戻すことを約束している。しかし、同候補を含めて誰も変えられない」と述べています。厳しい製造業雇用の背景に、技術革新、グローバリゼーションによる競争激化など政府の政策だけでは抑え切れない潮流もあります。しかし、トランプ候補はこれら問題の本質を議論せず、移民、対中国、自由貿易協定などでオバマ政権やエスタブリッシュメントをたたき、白人系ブルーカラーの怒りを代弁することで支持を集めています。今後も彼らの怒りは、トランプ候補やテッド・クルーズ候補など反エスタブリッシュメント候補の躍進を支えることが予想されます。

 

 

(2)テロ不安:戦時ヒステリーに便乗するトランプ候補

 トランプ候補は「イスラム教徒の入国を一時的に禁止すべき」と発言し、共和党候補の中で最も厳しいテロ対策を提示しました。前述のCNN/ORCの世論調査ではトランプ候補が「イスラム国(IS)対策で最も期待できる」と回答した共和党支持者は46%にもなります。パリ同時多発テロ以降、米国では「ホームグロウン・バイオレント・エクストリーミスト(HVE)」などテロの警戒意識が高まっています(15年12月4日付コラム記事参照)。昨今、テロ脅威で米国各地の学校が相次いで閉鎖されるなど米国社会はおびえています。15年12月15日に開催された共和党テレビ討論会でクルーズ候補など複数の候補が「われわれは戦時下にある」と断言しています。

 米国は過去の戦時下においても世界からの脅威に対し過剰に国民が反応する「戦時ヒステリー」が見られました。第2次世界大戦の日系人収容所、冷戦初期のマッカーシズム(赤狩り)など、国民の恐怖感によって「アンアメリカン」な政策が展開された歴史があります。オバマ政権は国民の恐怖感を抑えられるほどの有効なテロ対策を明確に打ち出せず、同テレビ討論会では誰が最もタフな候補者であるかを競い合っていました。このような状況下、イスラム教徒の入国の一時禁止など「アンアメリカン」であるものの強硬姿勢を示しているトランプ候補などに支持が集まるのは理解できます。

 

 

(3)政治主導の急速な社会変化に不安:既成政治と対決するトランプ候補

ニューヨーク・マンハッタンの5番街にそびえるトランプタワー(写真:筆者)
ニューヨーク・マンハッタンの5番街にそびえるトランプタワー(写真:筆者)

 「オバマ大統領がいなければ、今のトランプ候補はいない」とある専門家は述べています。キャンペーンの主軸に掲げる反オバマのメッセージは、トランプ人気の一因と言えます。14年11月の中間選挙で共和党は歴史的な大勝を果たして共和党支持者の期待は高まりました。しかしその後、オバマ大統領は移民制度改革をはじめ、社会変化をもたらすリベラルな政策を大統領令などによって次々と打ち出し、共和党支持者を失望させることとなります。一部の米メディアは「リベラルの春」と呼んでいます(15年7月17日付コラム記事参照)。この状況下、共和党支持者は民主党リベラル派に対して負けていると感じています。ピュー・リサーチ・センター(15年8月27日~10月4日実施)によると、今日の政治において重要な政策で「頻繁に自分たちは負けている」と答えたリベラル派は44%であったのに対し、共和党内では保守派が81%、穏健派も75%にも及んでいます。急速な社会変化は保守派を不安にさせ、分極化の進む社会で保守派が「負けている」との意識が芽生え、リベラルな政策を打ち出す政権に対する怒りに転じているようです。なお、怒りの対象はオバマ大統領にとどまりません。中間選挙で大勝したにも関わらずオバマ大統領の政策を阻止できない共和党エスタブリッシュメントまでに拡大しています。現政権を8年も耐え、再び勝利の味をかみしめたい共和党支持者は、大統領選スローガンに「米国を再び偉大な国に」を掲げ、既成政治の大改革を訴えるトランプ候補に期待しているようです。

 

 

(4)共和党予備選の行方:本選見据え、共和党エスタブリッシュメントは巻き返せるか

 15年12月中旬から下旬にかけて実施されたCNN/ORCフォックス・ニュースの世論調査によると、いずれもトランプ候補(約40%)、クルーズ候補(約20%)、ベン・カーソン候補(約10%)といった反エスタブリッシュメント候補の支持率は合わせて70%近くあります。仮にトランプ候補がアイオワ州の共和党予備選など序盤戦で負けて失速した場合、反エスタブリッシュメント候補支持者はトランプ候補に似た政策を訴えるクルーズ候補に移動すると予想されています。現在、反エスタブリッシュメント候補の支持はトランプ候補に集中している一方、エスタブリッシュメント候補の支持は多数の候補者に分散しています。マルコ・ルビオ候補など1人の候補にエスタブリッシュメントの支持が早期に集約されれば、トランプ候補と1対1で対決して状況が変わる可能性が大いにあります。全米規模で見ると、トランプ候補は「少数派の中の多数派リーダー」と呼ばれ、16年11月の本選で民主党有力候補のヒラリー・クリントン氏に勝てないと予想されています。ギャラップ社の世論調査(14年1月8日発行)によると共和党有権者は米国全体の25%です。従ってトランプ候補を支持する約40%の共和党支持者は本選では約10%に限られます。本選で勝利するにはエスタブリッシュメント、無党派層、ヒスパニック層などの支持確保が必要ですが、トランプ候補は十分に獲得できない見込みです。クルーズ候補も同様です。一方、予備選が進むに連れて共和党支持者はクリントン候補が最も恐れるルビオ候補の支持に回る可能性もあります。ただし、ルビオ候補は16年2月の序盤戦で苦戦が見込まれ、フロリダ州など勝利できる州の予備選は3月まで実施されません。共和党のホワイトハウス奪還は、反エスタブリッシュメント候補が序盤戦で勢いを増す中、本選により強いと思われるルビオ候補など有力なエスタブリッシュメント候補が脱落せずに3月以降に支持を拡大できるかにかかっています。

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