米大統領選:トランプはクリントンに勝てるか、カギは予備選から本選への戦略シフト

2016年06月24日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 米大統領選は各党の予備選の勝者が確実となり、2016年11月の本選に向けた激しい論戦が口火を切りました。現時点で直接対決を想定した全国世論調査の支持率は、民主党ヒラリー・クリントン候補が共和党ドナルド・トランプ候補に対し5~10ポイント差でリードし優勢な状況です。しかし、本選まで4か月以上も残される中、候補の戦略変更または外部環境の変化で支持率は上下し、トランプ候補の巻き返しも十分に考えられます。1988年、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領(当時は共和党大統領候補)も民主党全国大会後に対抗する民主党候補に17ポイントも差をつけられていたものの、その後に追い上げ本選で勝利しました。劣勢に立つトランプ候補がホワイトハウスを制するには、(1)分裂した党内を統一できるか、(2)ワシントン改革を求める国民感情を盛り上げられるか、(3)人口動態の変化を捉えられるかといった主に3つの側面で予備選から本選に向け戦略を切り替えることが喫緊の課題でしょう。

 

 

(1)分裂した党内を統一できるか

ワシントン市内の大統領予備選投票所入り口(筆者撮影)
ワシントン市内の大統領予備選投票所入り口(筆者撮影)

■民主党:予備選は続くもクリントン候補のもと統一の動き

 民主党予備選ではバーニー・サンダース候補が撤退表明をしない状況が続いているものの、クリントン候補の指名は確実視され、クリントン候補のもと徐々に党内統一の動きが見られます。2016年6月9日、バラク・オバマ大統領に続き数時間後にはリベラル派の間で人気のエリザベス・ウォーレン上院議員(民主党、マサチューセッツ州選出)もクリントン候補支持を表明しました。08年の民主党予備選で敗北したクリントン候補がオバマ候補支持を表明し、オバマ候補の支持率が上昇したのと同様に、今回もサンダース候補が撤退とともにクリントン候補を支持すればクリントン候補の支持率は現在より更に数ポイント上昇すると予想されています。08年、民主党で中道寄りのクリントン候補支持者が党派を越えて共和党で中道寄りのマケイン候補に流れる可能性も指摘されていました。しかし、16年はトランプ候補に嫌悪感を抱く民主党支持者が多いことからも08年と比べて民主党指名候補に支持が統一されやすいとも言われています。また、NBC/ウォール・ストリート・ジャーナル紙の世論調査(16年5月15~19日実施)によると約82%のサンダース候補支持者がオバマ大統領を支持していると答えています。今後、想定されているオバマ大統領によるクリントン候補の選挙キャンペーン支援は、サンダース候補支持者を取り込み、民主党のクリントン候補一本化を後押しするでしょう。

 

 

■共和党:予備選の勝負はついたはずがいまだ主流派を取り込めないトランプ候補

 16年6月1日、ポール・ライアン下院議長はトランプ候補支持を表明しました。しかし、翌2日、同候補がトランプ大学に関わる訴訟を担当する連邦地裁判事がメキシコ系であることから同訴訟に適任ではないと発言したことに対しライアン下院議長は「教科書のような人種差別」と批判しました。ミッチ・マコーネル上院院内総務もトランプ候補のその発言を批判したことにより、党指導部は表面上はトランプ候補支持を示しているものの思想や政策では大きく乖離(かいり)していることが明白となりました。このような共和党議員を米NBCテレビの政治番組「ミート・ザ・プレス」司会者のチャック・タッドは「SINO(名前だけの支持者(Supporters in Name Only))」と呼んでいます。今後、トランプ候補が暴言を控え、政策面で主流派に歩み寄ることができれば、党が一丸となってトランプ候補を支える体制が築き上げられるでしょう。しかし、同候補が歩み寄るかどうかは不明です。トランプ候補は、ニューヨークタイムズ紙のインタビュー(16年5月11日付記事)で大統領選を大リーグの試合にたとえ、「リーグ戦で勝利し、その後のワールドシリーズで(戦略を)変えるでしょうか?」と述べています。しかし、大リーグのリーグ戦とワールドシリーズがほぼ同じ戦い方でも勝利できるのと違い、大統領選の予備選と本選は各政党有権者の人口動態の違いからも戦い方を変えなければ勝利は困難でしょう。

 このように民主党はクリントン候補支持で統一が進む気配が見られる一方、既に予備選が終了したはずの共和党はトランプ候補に一本化できていない状況です。クリントン候補の大統領就任を阻止する目的で投票所に足を運ぶトランプ候補SINOはいるであろうものの、共和党の党内分裂が続く限り投票を棄権するSINOも続出し同候補は苦戦を強いられる可能性があります。

 

 

(2)ワシントン改革を求める国民感情を盛り上げられるか

 トランプ候補は、共和党予備選で現職知事、上院議員などを次々に破り17人の頂点に上り詰めました。ワシントン政治の改革を求める国民意見を汲み取り、アウトサイダーであることが追い風となりました。この数年間、議会を支持する国民は10~20%程度と過去最低レベルで推移し、こう着状態の議会は「何もしない議会(Do Nothing Congress)」と揶揄(やゆ)されることもあります。この状況下、大統領選では議会に加え政権交代を求める気運が高まる可能性もあります。1951年の憲法改正に基づき大統領任期が最長2期となってから、同じ政党が政権を握ったのは共和党政権(レーガン政権・ジョージ・H.W.・ブッシュ政権)が3期続いた81~93年だけです。同じ政党による政権が2期続いた後に国民は変化を求めると指摘する専門家もいます。

 クリントン候補は上院議員、国務長官など政治経験が豊富であり、外交面などでトランプ候補の経験不足や大統領として不向きな気性について批判を強めています。また同候補はオバマ大統領の支持率が上昇する中、オバマ政策の継続・発展を訴えています。トランプ候補が政治経験で勝るクリントン候補を破るには、政策の継続を否定し国民の政権交代を求める気運を高めることが得策でしょう。そのためには国民が望むワシントン改革、ビジネスマンとして経済立て直しを強調する広報活動の強化が必要です。しかし、党内を統一できていないことも影響し、トランプ候補は選挙資金集めでクリントン候補に大幅に出遅れています(2016年5月末時点、トランプ候補の手元資金はクリントン候補の30分の1以下)。16年6月、クリントン候補が激戦州で反トランプ宣伝を既に展開する中、トランプ候補は資金不足からも対抗できずにいます。公職経験(注)のない初の米大統領が誕生するには、トランプ候補は本選に向けて特に激戦州で現地のスタッフ拡充や広報活動の強化を通じて幅広い有権者にアプローチし、アウトサイダー躍進の波を創造できるかがカギとなるでしょう。

 

 

(3)人口動態の変化を捉えられるか

 共和党は12年大統領選で敗北後、その敗因を分析し党の取り組むべき改革を示す報告書「成長と機会プロジェクト(GOP)」を発行しています。同報告書で「(共和党は)自ら変わらなければ、近い将来、大統領選で再び勝利することは厳しい」と分析しています。特にヒスパニックをはじめとしたマイノリティー、女性などの支持拡大を図る必要性を訴えています。しかし、16年大統領選でトランプ候補はマイノリティー、女性といった層についてこの報告書に逆行する暴言を吐き支持率を失っています。ワシントンポスト紙・ABCニュースの世論調査(16年6月8~12日実施)によると、約89%のヒスパニック、約77%の女性がトランプ候補を好ましくないと回答し、クリントン候補(約34%のヒスパニック、約47%の女性)を大幅に上回ります。マコーネル上院院内総務はCNN番組(16年6月2日放送)で1964年大統領選でバリー・ゴールドウォーター共和党大統領候補が、公民権法に反対し黒人の共和党離れが見られたように、暴言によりヒスパニックの共和党離れが起こるリスクに警鐘を鳴らしています。

 トランプ候補は共和党予備選で約1,300万票を獲得しました。しかし、過去の数値からも、本選では約5倍近い6,000万票以上の票を獲得せねば勝利できない見込みです。本選でミット・ロムニー候補は約6,090万票(2012年大統領選)、ジョン・マケイン候補は約6,000万票(08年大統領選)を獲得するも敗北し、ジョージ・W・ブッシュ候補は約6,200万票(04年大統領選)を獲得し勝利しています。本選では共和党予備選と異なり、より多くのマイノリティーが参加するため、彼らの支持なしではトランプ候補の勝利は難しい見通しです。

 

 大統領選本選まで4か月以上も残される中、上記3点以外にもスキャンダル、経済の急激な悪化、テロ事件や戦争など想定外の事象により選挙戦の行方が左右されるリスクは存在します。とはいえ、現在、本選に向けてクリントン候補は自らの弱点である低い信頼性のイメージに対しテレビ広告など広報活動を展開し改善の努力の姿勢が見受けられます。一方、トランプ候補はマイノリティーや女性の支持をますます失いかねない発言が目立ちます。トランプ陣営も昨今の支持率低下からようやく本選に向けて戦略を軌道修正する必要性を認識し、コーリー・ルワンドウスキ選対本部長を16年6月20日に解任しました。今後、共和党主流派とも繋がりが深く選挙経験が豊富なベテランのポール・マナフォート氏の助言をトランプ候補がどれだけ受け入れ、本選に向け戦略をシフトチェンジができるかに同候補の復活はかかっているでしょう。

 


(注)歴代の米大統領は就任前に選挙を経て公職に就いた経験がない人物は3人(ザカリー・テイラー第12代大統領、ユリシーズ・グラント第18代大統領、ドワイト・アイゼンハワー第34代大統領)。しかし、いずれも米国が勝利した戦争を指揮した将軍経験者。

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