トランプ政権下、米国はデフォルトを回避できるか:ハリケーンの影響は

2017年09月04日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 2017年9月、トランプ大統領は月末に期限を迎える多数の議会アジェンダで政権発足以来の最大の試練に立ち向かう。予算協議は年末あたりに先延ばしになることが予想される中、最優先課題は失敗が許されない米連邦債務上限問題の期限内での解消だ。共和党内での分裂、民主党のトランプ大統領に対する反発の高まりからも、デフォルト(債務不履行)を防ぐための債務上限を引き上げる法案(以下、債務上限法案)の議会承認はリスクが大きく容易でないことが予想される。一方、同法案が交渉材料として利用される可能性は高いものの、米国経済に打撃を与えるデフォルトは誰もが望まない結果ゆえ、最終的には与党である共和党の指導部が譲歩をして民主党の協力を取り付け、米国はデフォルトを回避するとの見方が多い。更には政権および共和党指導部が今後、超党派の支持を集める大型ハリケーン「ハービー」への政府支援に債務上限の引き上げを関連付けることで債務上限問題は解決するという楽観論が広まりつつある。それでもなお、債務上限問題解消まで米金融市場はボラティリティが高まる可能性がある。

 

 

◆交渉ツールとして利用される債務上限問題:共和党保守派と民主党の動きに注目

2017年8月、ホワイトハウス前でデモ活動を行う米国民(筆者撮影)
2017年8月、ホワイトハウス前でデモ活動を行う米国民(筆者撮影)

 米国では、建国以来、議会が意図的に期限内に債務上限問題に対処しなかった事例はない。そのため、仮に議会が期限内に債務上限法案を可決できかった場合のデフォルトをはじめ市場への影響は未知数だ。1979年春、期限切れ直前に債務上限引き上げを承認したものの、事務処理などに時間を要したことにより一部の短期国債で一時的にデフォルトを起こした事実はあるが、それは意図的なデフォルトではなかった。今回、仮に議会が期限内に債務上限問題に対処できなかった場合は、米国史上初となる。

 

 債務上限問題は、これまでも野党が無責任な与党の政権運営を批判する手段、そして自らの政党にとって有利な政策を導き出す交渉ツールとして利用されてきた。直近ではオバマ政権1期目の2011年、当時野党であった共和党の保守派が債務上限引き上げと引き換えに歳出削減を強硬に要請した際、注目を集めた。今回も共和党内の保守派は歳出削減を要請しているが、当時と状況が大きく異なるのは現在、政権および議会(上下両院)で過半数を支配しているのが共和党であるという点だ。もしデフォルトが起これば共和党とトランプ大統領はその責任から逃れられない立場にある。よって、党内保守派は歳出削減を要請するも、党指導部は期限内での債務上限問題の解決を最優先させるものと予想されている。直前のオバマケア代替法案を巡っては共和党だけでの可決を目指したものの党内分裂によって失敗に終わっているため、その教訓をもとに民主党の協力も得て債務上限法案の可決を狙う見通しだ。

 

 

◆安心材料は一枚岩になった政権。懸念は議会下院と迫る期限

 2017年9月5日に夏季休会から戻る連邦議会議員には、月末までの実質12日間の稼働日(上院は17日間だが下院は12日間)で政府閉鎖を防ぐための歳出法案や債務上限法案など、限られた期間内で審議すべき法案が山積している。

 

 一方、政権内ではこれまで債務上限引き上げに関し、意見が分かれ懸念が広がっていた。スティーブン・ムニューシン財務長官は、従来の財務省の立場を継承しクリーンな(歳出削減などの条件をつけない)債務上限引き上げを要請。これに対し、下院議員時代に財政タカ派として知られていたミック・マルバニー行政管理予算局(OMB)長官が債務上限法案には将来的に歳出や債務に関わる改革を推進する内容を盛り込むといった条件をつけることを主張していたが、8月3日、マルバニーOMB長官はそれまでの主張を撤回してムニューシン財務長官が推進するクリーンな債務上限引き上げを支持することを表明。これにより政権が一枚岩で問題に取り組むことが明確になり、懸念されていた政権内の意見対立の課題は解消した。トランプ政権と同様に上述の通り議会共和党指導部もクリーンな債務上限法案の可決を目指す方針だ。

 

 

◆上院よりも法案可決が危ぶまれる下院

 上院では共和党指導部が、クリーンな債務上限法案を推進することを既に公に主張している。法案可決に際し同指導部は財政調整措置(上院では過半数51票で可決可能)を利用しない方針であることから、上院では5分の3の60票を確保することが必要である(注)。現状、上院での共和党の議席数は52であるため、少なくとも民主党議員8人(民主党と統一会派を組む無所属議員含む)の支持を取り付ける必要がある。なお、仮に一部の共和党保守派が反対にまわった場合、8人を上回る民主党議員の支持が必要だ。

 

 上院よりも債務上限法案の可決が危ぶまれているのが下院だ。下院共和党指導部は、上院が債務上限法案を可決するのを待つ方針のようだ。下院共和党指導部はクリーンな債務上限法案を公の場で支持を表明していないが、上院で可決した法案をそのまま下院で可決する戦略を練っている模様だ。現在、下院は共和党が240議席、民主党194議席、そして空席が1議席であり、法案は過半数(218票)で可決されるため、本来、共和党議員全てが賛成票を投じれば可決は可能だ。しかし、債務上限法案と一緒に歳出削減を要求する党内保守派からの反発が予想されており、クリーンな債務上限法案は共和党だけでは可決できない見通しだ。2014年の債務上限引き上げの採決では共和党は28人だけがクリーンな債務上限法案に賛成票を投じており、そのうち16人が現役議員として残っている。野党であった当時と、与党である今日とでは状況は異なるものの、引き続きクリーンな債務上限法案に対し共和党内では保守派を中心に多くの反対が見込まれる。そのため、共和党指導部はこれら党内の反対派を押し切り民主党の支持確保を図り、法案可決を目指していくものと予想されている。

 

 

◆審議を左右する議会の不確定要素:民主党と共和党保守派

 政権と議会共和党は共にクリーンな債務上限法案可決を推進しているが、その審議の行方を左右し、場合によっては可決を阻むリスクとして注視する必要があるのが、共和党保守派と民主党の動きだ。

 

 共和党保守強硬派フリーダム・コーカスに加え、下院最大の議連である共和党研究委員会(RSC:下院の保守派議員約170人で構成される議連)は8月8日、歳出削減がない限り債務上限法案に合意しないことを発表している。メリーランド大学の研究によると、債務上限引き上げの採決では、大統領の政党に所属する議員は債務上限引き上げに賛成票を投じる傾向がある。だが、近年、下院の共和党保守派を中心に債務上限引き上げに強硬な反対の姿勢を見せてきたことからも、採決の行方は依然不透明だ。

 

 一方、民主党指導部は共和党保守派と違って「クリーンな」法案は支持するものの、別途これに合わせて共和党が推進する税制改革のひとつ、富裕層向け減税をなくす約束を共和党指導部から取り付けようとしている。このために債務上限法案合意は時間を要する可能性がある。仮に債務上限の引き上げが出来なかった場合には、その責任は前述の通り与党共和党とトランプ大統領にあると国民が捉えるため、民主党は強く要請することも予想される。また仮にトランプ大統領の言動などによって民主党支持者の反感を招くなども民主党議員の支持を失うリスク要因だ。

 

 

◆今後の見通し:ハリケーン「ハービー」がワシントン団結をもたらす救世主となるか

 財務省は2017年9月29日までに債務上限引き上げが必要と発表している。なお、議会予算局(CBO)は2017年6月発行の報告書で10月初旬から中旬までに債務上限を引き上げなければデフォルトを回避できない旨を発表している。なお、一方で議会は2017年10月1日以降の政府機関閉鎖を回避するため、前日の9月30日までに歳出法案を成立する必要があるので、共和党指導部は債務上限法案と歳出法案を一緒にした法案可決を目指すことも検討されている。だが、この手法の問題は、下院で2017年7月に可決した歳出法案の中にトランプ大統領の推進するメキシコ国境の壁建設費が含まれていて民主党の反発を買う可能性が高いことだ。従って、今後トランプ大統領がどの程度壁建設に拘るかにも注視する必要がある。

 

 最終的には債務上限の引き上げが出来なかった場合は市場が大混乱に陥ることが想定され、責任を追及されるであろう与党共和党とトランプ大統領はある程度、民主党の要請に応じざるを得ない状況にある。従って、共和党指導部のとる手法として考えられているのが、債務上限法案と2017年末頃までの短期的な継続予算決議案(CR)を併せてひとつの法案にし、更に民主党が優先政策として重視する9月末までに再認可が必要な子供向け保険プログラム(CHIP)なども同じ法案に含めることだ。

 

 そしてはからずも現在、議会再開直前の8月末に襲来したハリケーン「ハービー」が、債務上限問題解消に苦戦が見込まれていたトランプ政権と共和党指導部に救いの手を差し伸べる状況になっている。テキサス州、ルイジアナ州の被害は甚大であり、政府による支援額は2005年の大型ハリケーン「カトリーナ」に匹敵する可能性も指摘されている。被災地は悲惨な事態であるものの、昨今、分断が浮き彫りになった米国政治にとっては、国が団結する好機でもある。大規模な自然災害に対する政府支援は、超党派の支持を集めることが予想される。実際、ハリケーンを含め、過去の自然災害でも議会は早期に結束し政府支援に合意する動きが頻繁に見られた。そのため、債務上限法案、CRなどにハリケーン「ハービー」支援を束ねたパッケージ法案を推進する戦略がここにきて多数の議員や専門家の間で有力視されている。9月1日、ホワイトハウスはポール・ライアン下院議長宛てにハリケーン「ハービー」被害に対する緊急予算措置を要請する書簡を送付した。同書簡は、前述のパッケージ法案への政権の支持を明確に表明するまでには至っていない。だが、ホワイトハウスは同書簡で復興支援活動に影響が出ないよう議会は早期に債務上限法案を可決しなければならないと主張。更にはムニューシン財務長官もテレビ番組で「債務上限を引き上げなければ、今月、テキサス復興に必要な資金を得られるかどうか確信が持てない」と語った(フォックス・ニュース、2017年9月3日放送)。政権は「ハービー」支援と債務上限法案を関連付けて早期可決を狙う戦略を議会に働きかけている模様だ。

 

 

◆手腕が試されるトランプ大統領と議会共和党指導部のリーダーシップ

ワシントン市内の公園に突如現れたトランプ大統領の張りぼて(筆者撮影)
ワシントン市内の公園に突如現れたトランプ大統領の張りぼて(筆者撮影)

 ある議会職員によれば、共和党は過去7年間、公約としてきたオバマケア代替法案可決に失敗したために、今回の債務上限法案可決で失敗は許されないという危機感があるという。仮に議会共和党が債務上限の引き上げを実現できなければ、共和党は政府の基礎的な機能も十分に担うことができないと批判されかねない。

 

 そういった中、昨今、債務上限法案可決に向けた政権と議会の連携の動きに水を差しているのが、オバマケア代替法案の可決失敗後のマコネル院内総務とトランプ大統領の関係悪化、そしてロシアゲート問題や白人至上主義に関わる発言に伴うトランプ大統領の求心力の低下だ。8月24日、トランプ大統領は「マコネル院内総務とライアン下院議長に対し、債務上限法案を(可決したばかりの)退役軍人に関わる法案に盛り込んで容易に可決することを提案した」とツイートし、困難が予想される債務上限法案の審議で本来は連携が必要な議会と責任転嫁を図る政権の亀裂が浮き彫りになった。マコネル院内総務は共和党上院議員の間で高い支持を集めており、両者の関係悪化は共和党上院議員が大統領の推進する政策に非協力的になるリスクを生じる。だが、今後、トランプ大統領のリーダーシップのもと、マコネル院内総務やライアン下院議長の協力を得て、議会が債務上限引き上げを政治的に利用しないよう働きかけることによって、大統領は法案可決を強力に後押しすることも可能だ。そのため、ハリケーン「ハービー」の政府支援は超党派の支持を得ることができ、議会共和党指導部と大統領の関係修復そしてトランプ大統領の求心力回復をもたらす絶好の機会だとも捉えられる。大統領と共和党指導部がこの機を逃さず、財政上限法案を幅広い支持を集めて可決すれば、大統領の求心力回復に加え、審議が大幅に遅れている税制改革そしてインフラ政策など今後、共和党の政策を推進する原動力になるであろう。

 


(注)議会は2017会計年度予算決議に債務上限に関わる指示を含めていなかったため、現状、財政調整措置を利用できない。2017年7月まで審議されていたオバマケア代替法案については予算決議に指示を含めていたため、財政調整措置が利用可能であった。仮に共和党指導部が財政調整措置を利用したい場合は、2017会計年度予算決議を修正、あるいはまだ成立していない2018会計年度予算決議に債務上限に関わる指示を含めるといった2通りの手法がある。だが、夏季休会から議員が戻ってきてから9月末までの短期間にこれらを行うことは現実的ではないとの見方が多い。更にはクリーンな債務上限法案を民主党の協力を得て可決を目指すことから、上院では60票確保が可能で財政調整を利用しなくても可決できると共和党指導部は考えている可能性もある。

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