NAFTA再交渉、年内妥結を目指す理由とその難しさ ~再び飛び交い始めた米離脱の憶測~

2017年10月10日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

1992年、NAFTAに署名したジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の直筆(筆者撮影)
1992年、NAFTAに署名したジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の直筆(筆者撮影)

 「ワープスピードで進めている。だが、交渉妥結に至るか分からない」、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は2017年9月、ワシントン市内で開催されたセミナーで先行きが見えないNAFTA再交渉について本音を明かした。2017年8月の初会合以降、NAFTA再交渉は2~3週間ごとに主催国を変えて急ピッチで開催されている。だが、9月末、カナダで開催された第3回会合でも各国の意見が異なり難題の多くが次回会合(10月11日から開催予定)に持ち越され、交渉の行方に不透明感が漂う。NAFTA再交渉の早期決着を目指すトランプ政権だが、強硬な保護主義的な政策を軟化させる気配が見られない中、交渉妥結および各国議会での批准が長期化する可能性も示唆されはじめた。かかる状況下、ワシントンの業界関係者や有識者の間では米国のNAFTA離脱リスクの懸念が再び高まっている。

 

 

◆2015年TPA法で拘束される交渉スケジュール

 2017年9月22日、トランプ政権は議会に対し、貿易救済関連法の変更の可能性についての正式通知を行っている。米メディアはほとんど取り上げなかったが、これはNAFTA再交渉の妥結タイミングを占う上で重要な動きであった。2015年貿易促進権限(TPA、通称ファストトラック)法により、米国は同議会通知から180日後に初めてNAFTA再交渉後の新協定に署名することができる仕組みになっている。従って協定署名時期は早くて2018年3月21日である。また同法では署名の90日前までに政権が議会への通知と共に、米国際貿易委員会(ITC)に対し協定の合意内容の詳細を提出することが義務付けられている。即ち3月末の協定の署名を目指すならば、逆算すると2017年末には米国はメキシコ・カナダ両国と合意に至っていなければならないことになる(下図参照)。これは2017年10月初め、米交渉チームから聞いた2017年12月中旬という妥結目標時期とも一致する。

NAFTA再交渉スケジュール見通し(出所:各種報道資料等を基に、米州住友商事ワシントン事務所作成(https://www.scgr.co.jp/))

 なお、メキシコ大統領選の選挙キャンペーンは2018年3月30日から開始する予定だ。交渉開始直後に米交渉チームから聞いた話では、メキシコ交渉チームも選挙サイクルが本格化する2018年3月頃までは交渉を継続できると考えているという。つまり、協定署名時期は早くても選挙サイクルが本格化する直前までである。

 

 

◆包括的なNAFTA新協定の年内交渉妥結を阻む各種要因

 USTRがいくら「ワープスピード」で交渉を重ねたとしても、現状、NAFTA加盟3か国が包括的な協定で年内に合意するのは以下に詳述する(1)米国の交渉相手のメキシコとカナダ、(2)米産業界、(3)米議会・関係省庁からの抵抗といった理由によって極めて困難と予想される。

 

(1)メキシコ・カナダとの対立

 トランプ政権が「米国第一主義」の姿勢を堅持して交渉を継続すれば、多くの条項でメキシコやカナダと意見の相違を解消することは難しい(2017年8月22日記事参照)。特に今後、議題に上るであろう原産地規則で米国産比率の増加を盛り込むこと、NAFTA19章の2国間パネルの撤廃、NAFTA加盟国に対するセーフガード除外措置の削除などでは両国の激しい抵抗が見込まれる。更にはメキシコやカナダも再交渉を機に米国が必ずしも交渉を望まない各国要望事項を突きつけてくる可能性も大いにある。例えば政府調達、米国就労ビザの改善、気候変動問題、輸送トラックの相互乗り入れ問題などが想定される。

 

(2)米業界の反発

 トランプ政権がこれまで示唆してきたような「投資家・国家間の紛争解決(ISDS)」条項の撤廃や弱体化、サンセット条項の導入、米国の貿易赤字削減の手法としての原産地規則の大幅強化を図る交渉を行えば、米産業界が反発するのは必至だ。トーマス・J・ドナヒュー全米商工会議所会頭はこれらを米政権が主張した場合、交渉の決裂が確実視されると訴えるコラムをウォールストリートジャーナル紙(2017年9月25日付)に寄稿している。なお、業界関係者によると原産地規則については、これまで一切修正すべきではないという主張を展開してきた米自動車業界が修正案の検討を開始したとの話もあり、米政権の強固な姿勢に業界がやや歩み寄る動きも見られるが、その譲歩にも限界がある。

 

(3)米議会の反発

 全米商工会議所をはじめ米産業界は2017年10月11日、連邦議会を訪問し、業界へのNAFTA恩恵を維持するようロビー活動を大々的に展開する見通しだ。業界の声を受け、米国憲法第1 章第8 条に基づき最終的な通商権限を保有する議会はUSTRの交渉に反発を示すことが予想される。なお、交渉途次においてUSTRは議会と協議をすることになっているが、既に透明性や議会関与の度合いに不満を抱く議員がでてきていることも不安材料だ。TPA法の定めのもとNAFTA新協定が議会承認なしでは成立しないことをメキシコやカナダも理解している。従って議会が反発すると推測する内容でトランプ政権が交渉に臨んだとしても、メキシコ、カナダが真剣に捉えないことも想定される。

 

 

◆交渉妥結見通し

(1)年内交渉妥結シナリオ 

 仮に3か国がNAFTA合意内容を先のTPPで合意済みの近代化の内容などに限定した場合には、年内交渉妥結の可能性は残っている。しかし、再交渉ではNAFTA全章を見直し、新たな章を追加する方針であることからも、その可能性は低い。更にはメキシコやカナダの場合、TPPにおいては日本市場のアクセス拡大などの恩恵を享受することができることを前提に自国の市場開放などに合意したという経緯もあり、NAFTA再交渉では米国側から新たに得られるものがほとんどない中、TPPの合意内容をそのまま継承しない方針も示している。

 

(2)2018年交渉妥結シナリオ

2010年、ワシントン市内で開催されたメキシコ独立200周年を祝う祭り(筆者撮影)
2010年、ワシントン市内で開催されたメキシコ独立200周年を祝う祭り(筆者撮影)

 仮に2017年末までに交渉を妥結できない場合、署名時期が選挙サイクルに入ることから、2018年の交渉妥結は厳しさを増す。交渉に携わるメキシコ政府関係者の話では、交渉継続は現政権にとって反エスタブリシュメント大統領候補のロペス・オブラドール国家再生運動(MORENA)党首による格好の攻撃材料となることからも選挙サイクル開始以降、メキシコ政府は米国政府の意向に関係なく交渉を凍結するであろうとのことである。2017年12月以降予備選が開始するため、徐々にナショナリズム感情が高まりを見せ、メキシコ交渉チームとしても米国に妥協することは時間の経過と共に困難になっていく見込みだ。従って、交渉妥結が米国の中間選挙後の2018年末あるいは2019年以降にずれこむ可能性も十分にあり得る。

 

 

◆米議会の批准見通し

 更に交渉妥結後に待ち受ける最大の難関が米議会での批准手続きだ。前述の通り再交渉の過程で政権が透明性や議会関与をないがしろにし、議員の声を反映しなければ、批准に必要な票を得られない可能性も出てくる。議会指導部そして通商を管轄する委員会トップは共和党の自由貿易推進派が引き続き握っている。保護主義の要素を盛り込んだ新協定には共和党指導部が反対し、模擬審議などを通じて政権に対し交渉のやり直しを要請することも想定される。加えて注目されるのが、民主党の通商政策に対する立ち位置である。2016年大統領選では自らの本来の支持基盤である労働者に対し通商政策の改革をはじめ経済メッセージに欠けていたと分析する民主党には、2018年中間選挙に向けてトランプ大統領の推進する保護主義政策では物足りないといった主張を展開する兆しが見える。従って仮に民主党が中間選挙の結果、下院を奪還した際にはトランプ政権が交渉したNAFTA新協定の労働や環境に関わる条項などでは労働者支援や環境保護の面で不十分といった理由で反対する可能性もある。つまり仮にトランプ政権が引き続き貿易赤字削減という目標を掲げてビジネスにやや悪影響をもたらす内容の合意を取り付けた場合、その時点でいずれの政党が議会の過半数を制していても批准ができない可能性もある。

 2018年、米国が議会で批准する有力シナリオは、近代化に限定した内容で年内に交渉を妥結し、2018年中間選挙後のレームダック会期に議会を通すことだ。だが、前述の通り幅広い分野が交渉の対象となっていることからも、このシナリオは極めて厳しい見通しだ。 

 

 

◆再び懸念が高まる米国のNAFTA離脱の可能性

 交渉相手国そして国内でも米産業界の要望と乖離する政策を推進するトランプ政権は、いずれ交渉の長期化によって交渉決裂を招くのではないかといった憶測が、第3回会合以降、再び飛び交うようになった。2017年10月、ロバート・ゼーリック元USTR代表(在任期間:2001~05年)はワシントン市内の会合で「トランプ大統領の支持率および(ロシアゲートに関わる)捜査次第では、ある時点でNAFTAから離脱する極めて深刻なリスクが存在する」と語り、現状での離脱の可能性は50%と予想、米産業界も危機感を高めつつある。議会で可決されたNAFTA施行法は大統領の一存で撤廃することはできないが、NAFTA2205条に基いて大統領は自らの判断でNAFTAからの脱退が可能となっている。既に2017年4月、トランプ大統領はNAFTA離脱に向けた大統領令を準備し、業界団体の激しい反発を受けた議会や関連省庁が大統領令発行を差し止める動きをとった経緯がある。ワシントンでは10月に入ってから、業界がNAFTAに関わるロビー活動を積極的に展開し始めている。本来、交渉の際にはUSTRは他省庁との調整を経てから議会と協議を行う手順になっているが、現在、その調整は十分に機能していないという。そのため、米産業界がNAFTA再交渉に影響を及ぼすにはUSTRに直接アプローチ、あるいは議会経由(特に通商管轄の委員会に所属する議員)で圧力をかけることが効果的なようだ。ゼーリック元USTR代表は、「議会の自由貿易推進派が今後、(保護主義政策を推進する)ロス商務長官、ライトハイザーUSTR代表、そしてホワイトハウスを悲惨な状況に陥れることに期待している。自らの経験からもそれは可能だということを知っている」と述べた。NAFTA再交渉の不透明感が増す中、米国のNAFTA離脱や保護主義的な政策導入にも備え、今後、ワシントンでは米産業界による米議会やUSTRへの働きかけがますます活発化することが予想される。

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