2025年7月10日 (木)
[ブラジル]
7月9日、トランプ米大統領は、ブラジルの全輸出品に対して50%の関税率を導入すると発表した。ブラジルは米国との貿易赤字を抱えており、4月2日に最低税率10%を課されたばかりだった。
この関税の発表については予想されておらず、これほどの規模になることも驚きであった。しかし、ここ数日、トランプ大統領はボルソナロ前大統領に対する裁判を政治的な魔女狩りと呼び批判したことや、反米の政策に同調するBRICS諸国に10%の追加関税を課すと脅すなど、ルーラ政権に対する反発を強めており、二国間関係が悪化する方向にあることを示唆していた。
トランプ大統領はブラジルへの書簡でも、ボルソナロ氏に対する裁判とソーシャルメディア企業を規制する裁判所の判決を引用していたが、これらは最高裁判事のモラレス氏が所管する事項であり、ルーラ大統領に交渉の余地はない。前大統領の息子エドゥアルド・ボルソナロ氏は、父親の裁判にを巡りモラレス主任判事を制裁するようトランプ政権に求めており、米国が何らかの制裁を科す可能性は指摘されていたが、トランプ大統領は関税を引き上げる道を選んだことになる。
ブラジルは、エタノールなどの一部の米国製品に対する関税を引き下げることで、米国の懐柔を図る可能性はあるが、メルコスール内の制限により、大量の製品に対する大幅な引き下げは認められない。また、米国からの多くの輸入品の関税率は低く、さらなる大幅な関税譲歩は難しくなっている。
ルーラ大統領は、トランプ大統領の脅しに対し、敵対的な対応を強める可能性もある。国内事情として、大統領官邸は、トランプ政権に毅然と臨むことが2026年の選挙でのルーラ大統領再選のチャンスと見ている。
一方で、トランプ政権が関税を引き上げたとしても、マクロ経済の観点からは影響は限定的とみられる。米国向けはブラジルの総輸出市場の11.4%、または国のGDPの約2%に過ぎない。トランプ大統領の書簡では、米国に投資するブラジル企業は執行猶予を受ける可能性もあり、影響はさらに小さくなる。
[フランス/英国]
フランスのマクロン大統領は、英国とフランスがブレグジットから前進し、移民や防衛などの問題に協力して取り組むよう演説で呼びかけた。マクロン大統領は、3日間の英国公式訪問の冒頭で演説し、ブレグジットは「非常に遺憾である」と述べたが、過去数年間で「両国の同盟はより強くなった」と主張した。英国はもはやEUに加盟していないが、ヨーロッパの傍観者として立つことはできないと述べ、両国が不法移民への取り組みについて協力すると誓った。ブレグジット以来初めてとなるEU首脳による英国公式訪問で、マクロン大統領は、防衛、貿易、移民における共通の利益を強調し、両国はヨーロッパの安全保障に対する特別な責任を共有していると述べた。この演説は、両国がロシアやトランプ政権などの課題に直面する中で、英国との統一戦線を示すためのものだった。
ただし、両国の間にはまだ明確な分裂がある。難民のフランスへの送還に関する移民協定はまだ合意されておらず、マクロン大統領は一部の英国の政治家から、不法移民に対処する対策が不十分と非難されている。また、ほかにもフランスは、EU・英国協定に関する最近の交渉で、特に漁業権をめぐる問題、新たなEU再軍備基金への英国企業のアクセス条件の問題などについても、英国と対立している。それでも、マクロン大統領は、5月に合意されたEU・英国協定で想定されている新たな若者の移動計画の設定を含め、関係の再構築を続けることが重要であると述べ、関係修復に向けた姿勢を示した形だ。
[米国/アフリカ]
7月9日、米国による8月1日からの関税率の通知で各国が動揺する中、ホワイトハウスでアフリカ5か国の首脳を招いたトランプ大統領主催の昼食会が開催された。事前の報道のとおり(2025年7月7日デイリー・アップデート参照)、モーリタニアのガズアニ大統領(前アフリカ連合議長)、ギニアビサウのエンバロ大統領、リベリアのボアカイ大統領、ガボンのンゲマ大統領、セネガルのファイ大統領が参加した。
トランプ氏は冒頭の挨拶で、「これらの国々は活気にあふれ、貴重な土地を持ち、豊富な鉱物資源と石油埋蔵量を持つ素晴らしい国である」と述べ、米国との「商業的機会」の可能性をちらつかせた。また、トランプ氏はコンゴ民主共和国(DRC)とルワンダの和平協定締結の仲介に続き米国がスーダンでの和平に向けた取り組みを行っていること、そして米国際開発庁(USAID)を廃止し、「援助」から「貿易」にシフトするなど現在の米国の対アフリカ政策を強調した。
5か国の首脳からはトランプ氏への謝意が伝えられるとともに、記者からの「トランプ大統領をノーベル平和賞に推薦するか?」との質問に対し多くの国が賛同の意を表明。それを受けて上機嫌となったトランプ氏が、「これなら一日でも続けられる(We could do all day long)」と喜ぶ一幕もあった。
今回、アフリカでも経済規模の大きくないこれら5か国が招待された理由について、英・王立国際問題研究所(チャタムハウス)は「鉱物の取引と中国(の影響力)との競争」との見解を示している。セネガルとガボンについてはここ1年前後で民主的な選挙・政権交代が行われたことに対し米国が報いたこと、ギニアビサウとモーリタニアについてはトランプ政権が重視する違法薬物・不法移民対策が影響しているとのこと。
2017年の第1期トランプ政権でも国連総会にタイミングにあわせて同氏は同様のランチを開催しており、その際は南アフリカ(南ア)、ナイジェリア、エチオピア、ガーナなどアフリカ主要国を含む9か国の首脳が参加した。しかし、第2期政権では「反米主義」と捉えられた国に対する厳しい対応が目立ち、南アや、エチオピアなどBRICS加盟国・協力国に対して10%の追加関税を課すとけん制している(2025年7月9日デイリー・アップデート参照)。こうしたアフリカ主要国との関係は距離を置く一方で、米国の味方につけやすい国々と「取引的」な関係の構築を当面は重視するとみられる。なお、今回の5か国との会談は「ミニサミット」と称されているが、9月の国連総会前後でより多くのアフリカ諸国の首脳級を招いた米・アフリカサミットが計画されているとも報じられている。
[米国]
7月9日、連邦準備理事会(FRB)は連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨(6月17~18日開催)を公表した。6月の会合では、 政策金利は4.25~4.5%に4会合連続で据え置かれた。また、同時に発表されたFOMC参加者の経済見通しでは、19人中7人が2025年内は政策金利据え置き、8人が2回利下げを予想していた。
物価の見通しについて、意見が分かれている。関税の影響が一時的か、持続するかという見方の相違だった。そのうち後者の見方の方が多くなっている。実際、議事要旨によると、大半の参加者は、年内いくらかの利下げが適切になり得ると評価していた。ただしそれは、条件付きの言及だった。例えば、関税による物価上昇圧力が一時的、もしくは緩慢であること、中長期の期待インフレ率がよく固定化されること、経済活動や労働市場に弱い動きが生じることなどが挙げられた。また、早ければ7月利下げが可能との認識を示したのは、19人中2人で、「データが見通しに沿っていれば、次回会合と同じくらい早期の利下げを考えることにオープンだ」と述べたが、発言内容から、ボウマン副議長とウォラー理事とみられている。
参加者の何人か(some)は、年内利下げなし(据え置き)が最も適切という見方を示した。物価上昇率が2%を上回り続けていることや、家計や企業の短期物価見通しが高止まるなど物価上昇リスクがあること、 経済が底堅く推移すると予想されることなどを理由として挙げた。
また、複数(several)の参加者は、現在の金利が中立水準をそれほど上回っていないという見方を示した。この議事要旨の公表を受けて、市場では、7月利下げ観測が一段と後退した。2025年の9月と12月の2回の利下げ(計0.5%)が見込まれている。
[原油]
7月9~10日、OPECはウィーンで「OPEC国際セミナー」を開催した。第9回目となる2025年のテーマは、「ともに道を拓く:グローバルエネルギーの未来」。OPEC+加盟国やエネルギー生産・消費国政府関係者、エネルギー業界幹部、ジャーナリストなどが出席。ただし、西側金融系メディア5社(Bloomberg、Reuters、WSJ、FT、NY Times)は参加が認められなかった。
西側ではエネルギー転換に伴う石油需要のピークアウト論が語られるが、OPECは一貫して石油需要の長期的拡大を予想。2024年時点では世界の石油需要は日量1億0380万バレルから2050年にかけて同1億2,000万バレルに拡大する予測で、ほかの同様の予測より圧倒的に強気だったが、7月10日に公表する2025年版のアウトルックも強気スタンスを維持。今回のセミナー初日のパネルに登壇した欧州石油メジャー3社も、以前より中長期の石油需要に強気の見方を披露した。
市場では、OPEC+が増産を進めれば原油は供給過剰となり大きく値下がりするという論調が多いが、OPEC+が7月5日に、8月の増産ペース加速を決定した際の市場の反応は限定的だった。湾岸産油国の代表は、過去数か月OPEC+が生産割当を引き上げても、在庫の大幅増加は生じておらず、需給安定には増産が必要と認識されていると述べた。他方、民間石油会社は、イラン・イスラエル紛争でも油価があまり上昇しなかったのは市場供給が十分なためだと指摘するなど、短期的な需給認識では見方が分かれた。
[ロシア]
7月7日、ロシア連邦捜査委員会は、同じ日にプーチン大統領に解任されたスタロボイト前運輸相がモスクワ郊外で、遺体で見つかったと発表した。警察は取り調べを進める中、スタロボイト氏が自家用車の中で自殺した可能性が高いとしている。スタロボイト氏は2024年5月に運輸相に任命されるまで、およそ5年間、ウクライナと国境を接し、2024年8月からウクライナ軍が越境攻撃を行ったロシア西部クルスク州の知事を務めていた。2025年4月にはスタロボイト氏の後任の知事らが、防衛施設の建設に関する横領の疑いで逮捕されていて、ロシアメディアにはスタロボイト氏の関与について証言があったという情報も出ている。検察当局者らは2024年12月、スタロボイト氏がクルスク州の知事時代に始まった国境強化事業向け予算194億ルーブル(約2.5億円)の一部について、建設費水増しを含む横領が発覚したと発表していた。
一方、ロシア大統領府はスタロボイト氏死去の知らせに衝撃を受けているとしながらも、解任理由の公表は拒否している。同日7月7日、プーチン大統領はスタロボイト氏を解任し、後任の運輸相代理にノブゴロド州知事を務めたアンドレイ・ニキチン氏を指名した。
[イエメン/イスラエル]
イエメンの反政府武装勢力フーシ派による紅海を運航する船舶に対する攻撃が加速しており、直近の1週間で2隻の船舶が攻撃を受け沈没した。1隻目は、7月6日に攻撃を受け沈没した「Magis Seas」号。乗組員は全員が沈没前に救助された。フーシ派が、「イスラエルと関係のある企業が所有している」として、「正当な標的」であるとの犯行声明を出している。船舶を所有しているのはギリシャ企業。
2隻目は、7月7日の夜にスエズ運河を目指して紅海を北上中に最初の攻撃を受けて、最終的に7月9日に沈没した船舶「Eternity C」号。フーシ派は、同船舶はイスラエルのエイラット港に向かっていたから攻撃した、との声明を出している。25人の乗組員(フィリピン人が21人、ロシア人、ギリシャ人、インド人がそれぞれ1人)のうち、フィリピン人5人とインド人1人はEU海軍によって救出されたが、4人は死亡し、残る15人は不明とのこと(フーシ派が数人を救助したと主張している)。
フーシ派は、イスラエルのガザ攻撃を非難し、ガザのパレスチナ人との連帯を示すとして、2023年10月以降、イスラエルに対する散発的なミサイル攻撃と紅海を航行する船舶に対する攻撃を開始した。2025年5月、米軍がイエメンに対する爆撃を停止することと引き換えに、フーシ派は米船舶への攻撃を停止することで合意したが、フーシ派とイスラエルの対立および攻撃の応酬は現在も継続している。
[米国/アジア/欧州]
北半球のこの夏は異常な暑さに見舞われている。暑い夏は消費が活発になることで減速気味の世界経済の助けとなる期待もあるが、暑すぎることで社会活動が停滞してしまう恐れもある。
アジアでは日本で太平洋高気圧の異常な強さで日中は35℃以上の真夏日が続く。中国や韓国など大陸東部を中心に観測史上最高気温を更新している地域が目立つ。欧州では6月後半の天候が非常に厳しい状況だった。6月のロンドンの平均気温は過去最高(16.9℃)が話題となり、フランスやスペイン、イタリアでは40℃を超える地域も多く見られた。ヒートドームの発生で高気圧が上空に停滞した、地熱が蓄積されて高温になったと指摘されている。
米国でも極端な気候にさいなまれている。テキサス州の洪水で多くの犠牲者が出ているが、ニューメキシコ州でも歴史的豪雨で急激な鉄砲水が発生している。これは過去の山火事で山林が焼失した地域で雨水を吸収できなくなったことで、被害の拡大を招く悪循環が生じているとの見方が示されている。
カリフォルニア州では状況はさらに複雑化している。海岸に近いところは比較的穏やかな気候とされているが、南の内陸部では連日40℃前後の猛暑となる中、熱中症リスクが高まっており、冷房用の電力需要急増が報告されている。高温を引き起こしている大気の停滞で、オゾン濃度が上昇していることで、空気質警報(Air Quality Alert)が発令された。屋外でのバーベキューやたき火を控えるように住民に要請され、呼吸器疾患を持つ人、高齢者や子どもは屋内にとどまるように推奨される状況となっている。
暑さのピークが前倒しとなっているのか、それともこの暑さはしばらく続くのかによって、今後の経済動向が左右される可能性が高くなっている。
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