2025年7月11日 (金)
[EU]
7月10日、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、不信任投票を乗り越えたが、その指導力に対する監視は強まっている。欧州議会議員のうち、同氏の不信任案に対し、約360人の議員が反対票、175人が賛成票を投じ、18人が棄権した。賛成票を投じた議員の多くは、議会の右派ポピュリスト・グループに属している。主要な中道派政党はフォン・デア・ライエン氏を支持したが、多くの議員は投票に参加しなかった。この不信任案は、ルーマニアの極右議員ゲオルゲ・ピペレア氏によって提出され、フォン・デア・ライエン氏がCOVID-19のパンデミック中に、ファイザーのCEOであるアルバート・ブーラ氏との私的なテキストメッセージを公開することを拒否したことを理由としている。報道では、フォン・デア・ライエン氏が、自分に権限がないにもかかわらず、コロナワクチンの3回目の購入について秘密取引を行ったとされている。欧州委員会は、2022年、2023年の分として18億回分のワクチンを総額350億ユーロという高額で購入していた。本来、ワクチンの購入については、欧州委員会の担当部門が製薬会社と交渉し、EU全加盟国のために一括で契約を結ぶことになっており、EUのあまり裕福でない国にも平等にワクチンが行き渡るようになっていた。
今回罷免を逃れた場合も、フォン・デア・ライエン委員長は安泰ではない。ほかの議員、特に中道左派グループの議員たちは、環境問題や移民に対する委員会の強硬な政策に不満を抱いている。不信任投票の提案自体は議員数のわずか10分の1の署名で可能なことから、フォン・デア・ライエン委員長の批判者たちが、これからも不信任案を政治利用してくる可能性がある。例えば、社会主義者・民主主義者グループ(S&D)や緑の党が不信任案を提出した場合、今回よりもさらに厳しい結果となることが予想される。欧州委員会の現執行部の求心力低下によるEU政局の不安定化が懸念されている。
[米国/ロシア]
7月10日、米国のルビオ国務長官とロシアのラブロフ外相は、マレーシアの首都クアラルンプールで会談し、ウクライナ和平について協議した。米ロ外相の対面会談は第2次トランプ政権発足以降、2回目となった。会談は50分ほど継続し、ルビオ国務長官はロシア・ウクライナ戦争の終結に向けた進展が見られないことに対するトランプ大統領の不満をロシア側に伝えた。その上で、ロシアが提示した「新しく、別のアプローチ」を含むいくつかのアイデアをラブロフ外相と共有したとし、帰国後にトランプ大統領に伝えると言及した。ロシア外務省は会談後に声明を発表。ウクライナ和平やイラン、シリア情勢など多くの国際問題について率直に意見交換したとした上で、建設的な対話は継続されると明らかにした。
[米国]
労働省によると、7月5日までの1週間の新規失業保険申請件数は22.7万件と、市場予想(23.5万件)を下回った。また、前週から0.5万件減少であり、減少は4週連続だった。コロナ禍前の2019年同時期(21.6万件)よりも多い一方で、2023年同時期(22.9万件)や2024年同時期(22.2万件)の範囲に収まっており、雇用環境が大きく崩れたとは言い難い。
また、6月28日までの週の継続受給者数は196.5万人であり、前週から1.0万人増加した。増加は2週連続。これは、2019年同時期(165.7万人)や2023年同時期(177.8万人)、2024年同時期(185.6万人)よりも多いまま推移している。ただし、多いことは事実であるものの、雇用環境が大幅に悪化しているというほどではない。
なお、6月28日までの週の連邦職員失業給付制度(UCFE)申請者数は438人となり、前週から▲15人と4週連続で減少した。ただし、2024年同時期(370人)よりも依然として多い。連邦政府職員の人員整理が進む中で、依然として高水準で推移している。
6月21日までの週に何らかの失業給付を受け取った人(原数値)は192.9万人だった。2024年同時期(184.5万人)よりも多い。年初からやや多い傾向が続いているものの、右肩上がりで増加しているわけではない。
これらを踏まえると、労働市場には変調の兆しが見えているものの、大幅に悪化しておらず、総じて底堅さを維持している。企業はコロナ禍後の人手不足を経験したこともあり、解雇のような積極的な人員整理ではなく、自然減や採用活動の縮小、労働時間の縮小など消極的な調整を行ってきているようだ。これから関税政策の影響が実体経済に波及する中で、雇用環境が底堅さをいつまで保てるのかが注目される。
[ケニア]
7月7日、国内47県(カウンティ)のうち首都ナイロビを含む20県で若者らを中心とする反政府抗議デモが発生し、治安当局と衝突。政府が運営するケニア人権委員会(KNCHR)の7月8日の発表によると、このデモに参加した31人が死亡、100人以上が負傷し、532人が逮捕された。同抗議デモは1991年に当時の「ケニア・アフリカ民族同盟(KANU)」の一党独裁体制に反対する抗議デモを行った「サバ・サバ(7月7日)デー」の記念日にあわせてウィリアム・ルト大統領の退陣を要求したもの。一部のデモ参加者が店舗の強奪等を行ったことを受けて、警察は鎮圧のために放水、催涙弾を使用したほか、実弾を発射したとみられる。6月25日の反政府デモにおいても警察はデモ隊に実弾射撃を行い、少なくとも17人が死亡するなど、ケニア警察による過剰な武力行使は国際人権団体らを中心に多くの批判を招いている(2025年6月26日デイリー・アップデート参照)。
わずか1か月弱で、50人近いケニア市民が警察により殺害された事実を受け、7月11日に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は声明で「法執行機関による致命的な武力行使は、生命に対する差し迫った脅威から保護するために、厳格に必要不可欠な場合のみに許される」と、ケニア警察による安易ともとれる武力行使に対し深刻な懸念を示した。
しかし、ケニア当局側に態度を軟化する姿勢は見られない。6月のデモ発生後にキプチュンバ・ムルコメン内務相は抗議デモを「クーデター未遂」と非難するとともに、警察に対し「犯罪的意図を持って警察署に近づくものには発砲せよ」と驚くべき指示を発出。さらには、ウィリアム・ルト大統領も暴力的な抗議活動を行ったデモ参加者を強く非難する一方で、治安維持を行った警察を称賛した。7月9日にルト氏は街頭演説で、「他人の財産を燃やすような者たち(デモ参加者)は脚を撃たれて病院へ運ばれ、裁判所に連れていかれるべきだ」と述べ、警察による実弾射撃を擁護した。
2022年の総選挙で「貧困層の擁護者」として当選したルト大統領だが、2024年6月に増税に反対する「Z世代」による反政府抗議デモにおいても警察が発砲。50人以上が死亡するなど、その強硬的な対応は国民との間の溝を深めている。さらには、6月には2027年の次回総選挙時に、野党に政権を譲渡する意向はないとの発言を行うなど、サブサハラ・アフリカにおける「民主主義の砦」として西側諸国からの信頼が厚いケニアの立ち位置を脅かすような言動も見られる。
東アフリカ共同体(EAC)の核となるケニアは、周辺のウガンダやタンザニアなどとは異なり、2000年代以降民主的な選挙が実施され、政権交代がたびたび実現している。また、ソマリアやスーダンのような地域の治安問題にも積極的に介入してきた姿勢が評価され、2024年にはサブサハラ・アフリカで初めて、「主要な非NATO同盟国(MNNA、注)」に米国により認定された。国際機関も首都ナイロビに集中している。西側諸国としてはケニアの代替先となるような民主的で政治的に安定した国を探すことは容易ではない。こうした西側諸国による「ケニア頼み」の姿勢が抗議活動に対する過剰な武力介入を強く非難できない状況をルト大統領自身が認識しているとの見方がある。
他方で、2024年の抗議デモ沈静化のためにルト氏と協力関係を結んだ最大野党「オレンジ民主運動(ODM)」のライラ・オディンガ党首もルト氏に「国民対話(national dialog)」を実施するよう呼びかけるなど、自制を求めるとともに、ルト氏と距離を取る動きも見せている。2027年の総選挙はODMの支持が得られなければルト氏の再選は困難との見方が強いことから、今後の同氏の姿勢の変化に注目が集まる。
(注)「主要な非NATO同盟国(MNNA:Major Non-NATO ally)」:米国の集団防衛の対象とはならないが、指定国に対し装備品の譲渡など、米国が軍事面での優遇措置を与えるもの。ケニア、日本含め14か国が指定。
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