ピッチの上の「パラレルワールド」 ~ ワールドカップに見る地政学

今月はやはりサッカーのワールドカップを取り上げないわけにはいきません。グループステージは佳境を迎え、いよいよ来週からはノックアウトステージが始まります。米国・カナダ・メキシコによるワールドカップ史上初の3か国共催、また出場国が48か国に拡大されて新しい形となりましたが、グループ数が12もあって、観戦する方も大変です。しかし日々メディアで多くの国旗を目にしていると、普段とは違う角度で世界を眺められる面白さがあります。ピッチの上には、現実の世界とは少し異なる「もう一つの世界地図」が浮かび上がっているように感じます。
今大会で初出場を果たしたのは4か国。なかでも、キュラソーやカーボベルデは私も詳しく知らず、地球儀の上で場所を探してしまいました。しかし両国とも勝ち点を獲得しているのは称賛に値します。一方、過去4度の優勝を誇るイタリアなど、一部の常連国がいないことには寂しさも感じますが、サッカーの更なる普及と多極化を再認識します。ピッチ上に中国やロシアなどの大国の姿がないのも、日常の政治・外交の世界とは異なる「パラレルワールド」の感があります。しかし、中国は複数の企業が公式スポンサーや技術パートナーとして参加しており、映像技術や、データ基盤の面で存在感を示しています。これも半導体やレアアースを巡って米中対立が続く現実世界とは、また違う景色に見えます。共催国の米国・カナダ・メキシコはUSMCA(※)で結ばれた巨大経済圏ですが、現実世界では移民問題、治安、関税、対中戦略などで摩擦を抱えています。
さて、ピッチ上の世界に目を戻すと、グローバルサウスの存在感が増している点も見逃せません。南米にはもとより多くのサッカー大国がありますが、中東やアフリカの国々は多くの選手が欧州各国のプロリーグで活躍する時代になり、大会を重ねるたびに強くなっている印象を持ちます。その姿をみていると、日本代表が強くなってきた道のりとも重なります。かつては日本にとってもワールドカップ出場は「遠い夢」でした。しかし1993年のJリーグ創設前後から、地域クラブ・ジュニア育成の強化、海外移籍、指導者養成など、選手やスタッフ、サポーター、スポンサーが長い時間をかけて積み重ねてきた努力が、着実に実ってきた経緯を振り返ることができます。興味深いのは、日本サッカーの成長が、いわゆる日本経済の「失われた30年」を通じてもたゆまず続いてきた点です。経済成長だけを見れば停滞していた時期に、日本サッカーが着実に前進してこられたのは、国家の号令や巨額資金の投入などではなく、強い理念を共有する多くの人々の、長期にわたる努力の継続の賜物ではないかと思います。
ところで、一つ気になるのはチケット価格の大幅な高騰です。ダイナミックプライシングの導入に加え、FIFAが公式に再販市場を設けたことで、公式・非公式の二次流通を含めて価格形成が複雑化し、一般のサッカーファンを観戦機会から遠ざけているとの批判も聞かれます。試合数の増加もありFIFAの収入も大幅に増えると試算されていますが、その使途などの透明性をFIFAが担保していかなければ、2015年の汚職スキャンダル後に進めてきたガバナンス改革の信頼を損なう、新たな汚点を残すことにならないか心配になります。ピッチ上ではVARや半自動オフサイド判定、多視点映像の導入で、フェアプレーと透明性が格段に向上しているなか、ピッチの外でFIFA自身の商業主義や価格設定の不透明さが批判されているのは、これもまた、別の意味でパラレルワールドのように感じられます。せっかくの世界的スポーツイベント、現実の政治経済で不協和音が絶えないことをつかの間忘れて、試合が終われば互いに健闘を讃え合う。ナショナリズムを少しだけ和らげる場に触れる時間は、分断の時代であるがゆえに、その価値が高く感じられます。
参照:
※USMCA:北米自由貿易協定(NAFTA)の後継として2020年7月に発効した米国・メキシコ・カナダ間の貿易合意(特集:米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を取り巻く環境 | 国・地域別に見る - ジェトロ)
※ FIFA 2016年改革について:(Inside FIFA)
※ 2026年大会のチケット高騰・ダイナミックプライシングに関する報道:(The Guardian)
※ FIFA公式再販市場:(FIFA)
※ Jリーグ百年構想:Jリーグ公式サイト(aboutj.jleague.jp)
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