NATO首脳会合の「成功」――欧州・トルコ・ウクライナの思惑

2026年07月10日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 
国際部 チーフアナリスト 広瀬 真司
国際部 シニアアナリスト アントン ゴロシニコフ
国際部 アナリスト 濱嵜 隆吏

 

 

2026年7月7日から8日にかけて、トルコの首都アンカラにてNATO首脳会合が開催された。欧米間の緊張や、米国のNATO離脱の可能性が報じられる中で開催されたが、今次会合では首脳宣言が採択され、全同盟国が北大西洋条約第5条(集団防衛)への揺るぎないコミットメントを再確認するなど、同盟としての結束を維持。 ルッテ事務総長は、欧州の同盟国とカナダが安全保障に対してより大きな責任を担うようになっている現状を評価し、この安全保障のバランスの再構築こそが「NATO 3.0」であると強調。また、今回の会合は開催国 トルコにとっても大きな外交成果を上げる場となったほか、ウクライナにとっても大きな意義を持つ会合となった。

 

 


欧州の視点
国際部 アナリスト 濱嵜 隆吏
(専門:欧州)


 

  • 米欧関係

 今回のNATO首脳会合は、欧州にとって、米国との関係が大きく揺らぐ中で、同盟の結束と欧州自身の安全保障責任を改めて確認する場となった。米欧関係は、グリーンランドをめぐる米国の主張や、イラン情勢をめぐる欧州の対応への米側の不満を背景に、強い緊張関係にあった。報道によれば、トランプ大統領は今回の首脳会合に際してもスペインを批判し、グリーンランドへの関心を改めて示したほか、イランをめぐる欧州同盟国の姿勢にも不満を示していた。もっとも、最終的に採択された首脳宣言では、全同盟国が北大西洋条約第5条に基づく集団防衛と大西洋間の結びつきへの「揺るぎないコミットメント」を再確認し、「一国への攻撃は全体への攻撃である」と明記した。対立要因を抱えながらも、NATOとしては結束を維持する形となった。

 

  • 欧州の防衛コミット増

 同時に、米国の欧州安全保障への関与をめぐる不確実性は、欧州側に自律性強化を促している。米国の欧州へのコミットメント削減やNATOへの批判的発言が、欧州における米国の信頼性への疑念を強めている。欧州首脳もこの方向性を明確にしている。コスタ欧州理事会議長はサミット中に「欧州は自らの防衛により大きな責任を負っている」と述べ、フォン・デア・ライエン欧州委員長も「強い欧州は強いNATOである」とし、防衛産業基盤強化のため2030年までに8,000億ユーロを動員すると表明した。

 

  • 一枚岩ではない欧州

 欧州は2025年に欧州委員会が発表した8,000億ユーロ規模の防衛投資策「欧州再軍備計画」等も通じ、防衛面での戦略的自律達成に向けた努力を進めてきたが、欧州内の足並みは一枚岩ではない。各国間の産業規模の違いや保護主義的な産業政策をめぐって各国間の温度差が指摘されている。今回の会合は「米国からの離脱」ではなく、米国をNATOに引き留めつつ、欧州自身が財政・産業・インフラ面でより大きな責任を負う段階に入ったことを改めて強く示したが、その前途には困難も残されている。

 


トルコ の視点
国際部 チーフアナリスト 広瀬 真司

(専門:中東・北アフリカ)


 

  • 存在感を高めたトルコ

 今回のNATO首脳会合は22年ぶりにトルコで開催され、トルコにとって大きな外交成果をもたらした。最大の成果は、トルコがNATO加盟国としての重要性を改めて示し、黒海、シリア、東地中海、中東をまたぐ地域大国としての存在感を高めた点にある。ウクライナ戦争とイラン紛争が主要議題となる中、トルコは地理的優位性、大規模な軍事力、拡大する防衛産業を背景に、「欧州と中東の安全保障に不可欠な国」としての立場を印象付けた。

 

 特に大きかったのは、トランプ米大統領との関係改善である。トランプ大統領は、サミット出席の理由としてエルドアン大統領への信頼を強調し、トルコへの制裁解除や最新鋭ステルス戦闘機F-35の売却再開にも前向きな姿勢を示した。トルコは2019年、ロシア製S-400防空システムの導入を理由にF-35計画から排除されており、この問題は米トルコ関係の最大の懸案の一つだった。米議会の抵抗など課題は残るものの、米大統領が公然と前向きな姿勢を示したことは、トルコにとって大きな外交成果といえる。

 

 またトルコは、シリアのシャラア暫定大統領をゲストとして会合に招待し、シリア問題における自国の重要性を改めてアピールした。シリアの将来を巡る政治・安全保障上の枠組みにおいて、自国が不可欠な当事者であるとの立場を示すとともに、パキスタンやエジプト、サウジアラビアなどスンニ派諸国との連携も背景に、NATO加盟国でありながら中東・イスラム圏でも独自の影響力を持つ地域大国としての地位を強化しようとしている。

 

  • 影響力拡大と高まる警戒感

 一方で、課題も少なくない。イスラエルはトルコへのF-35供与に強く反対しており、ネタニヤフ首相はトルコの軍備増強が中東の軍事バランスを崩すと警告した。ギリシャも同様の懸念を示しており、トルコの軍備強化は周辺国の警戒感を高める要因となっている。また、今回、各国首脳に拳銃を贈呈したことや、ギリシャ首相の歓迎式典でオスマン帝国時代の軍楽を演奏したことも、一部では物議を醸す演出と受け止められた。なお、エルドアン政権による野党弾圧や報道規制、人権問題を巡っては、欧州側に根強い懸念があるものの、トルコの戦略的重要性を背景に、表立った批判は抑制されている。

 

 今回のサミットは、トルコにとってNATO内での存在感を高め、米国との関係改善を大きく前進させる機会となった。しかし、F-35問題は最終決着したわけではなく、イスラエルやギリシャの反発に加え、欧州側には人権問題を巡る懸念も残る。外交的な成果を得た反面、その影響力の拡大は地域諸国や一部同盟国の警戒感を高める結果ともなっており、今後の周辺国との関係の行方が注目される。

 

 


ウクライナの視点   
国際部 シニアアナリスト アントン ゴロシニコフ

(専門:ロシア、東欧、CIS諸国 )


 

  • ゼレンスキー大統領、長期支援と防衛産業協力を確保

 今回のNATO首脳会議において、ウクライナのゼレンスキー大統領は、防空能力の強化と長期的な安全保障支援の確保を最重要課題として各国首脳との外交を展開した。会議直前までロシアによる大規模なミサイル・ドローン攻撃が続いていたことから、同大統領は防空体制の強化を最優先事項と位置付け、市民保護の観点から追加支援を強く要請した。会議期間中にはNATOとの公式協議に加え、ドイツ、ノルウェー、カナダ、イタリアなど複数の首脳とも個別会談を実施。ウクライナ支援の継続に向けた働きかけを強化するとともに、ロシアとの戦争で蓄積した実戦経験がNATO全体の能力向上に資するとして、改めて将来的なNATO加盟への支持を求めた。

 

 最大の成果は、米トランプ大統領との会談を通じて、パトリオット防空システム向け迎撃ミサイルの製造ライセンス供与に向けた協力を取り付けた点にある。米国は自国在庫の制約から大規模な追加供与には慎重姿勢を維持したものの、製造技術の提供や米防衛企業による関与を容認する方針を示した。これにより、ウクライナは従来の装備供与依存から一歩進み、自国内で高度な防空兵器生産基盤を構築する可能性を得た。戦時下の防衛産業育成という観点からも戦略的意義は大きい。また、NATO加盟国は共同宣言において、2026年に総額700億ユーロ規模の軍事支援を実施し、2027年以降も同等以上の水準を維持する方針を確認した。装備供与、訓練、資金支援を包括する枠組みであり、米国の政策変動リスクを補完する形で欧州およびカナダ主導の持続的支援体制が一段と強化された。

 

  • ウクライナ、EU加盟プロセスにも一定の前進

 さらに、ロシアの弾道ミサイル攻撃への対抗を目的とする「弾道ミサイル防衛連合」の創設準備も開始された。参加国が防空・ミサイル防衛システムの共同開発や運用協力を進める構想であり、ウクライナ防空網の強化に加え、欧州全体の安全保障協力拡大につながる可能性がある。欧州理事会のコスタ議長らとの協議では、EU加盟交渉の残る分野(クラスター)の協議開始に向けた進展も確認された。軍事面に加え、欧州統合プロセスでも一定の前進を確保した形となった。

 

 総じて、ゼレンスキー大統領は、防空能力強化、防衛産業協力の獲得、長期的な軍事支援の制度化、EU加盟プロセス前進という複数の成果を持ち帰った。特にパトリオット迎撃ミサイルの製造協力と年間700億ユーロ規模の支援枠組みは、ウクライナの戦争遂行能力と将来的な自立的防衛力強化に直結する重要な成果と評価できる。戦況が膠着する中でも、同国は外交面で一定の戦略的優位を確保したと言える。

 

以上

 

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