ミャンマー総選挙

2015年11月13日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

国際部 チーフアナリスト 吉村 亮太
国際部 シニアアナリスト 石井 順也

1. はじめに

 11月8日、ミャンマーで総選挙が実施された。選挙の最終結果はまだ公表されていないが、途中経過発表によれば、アウンサン・スーチー率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が圧勝して第1党となり、政権交代することはほぼ間違いだろう。現時点での総選挙の概要と今後の展望、あわせてミャンマーの経済情勢にも簡単に触れておく。今後、注目すべき点は、①現与党からNLDへの権限の移譲がスムーズに行われるか、②経済の開放路線が継承されるか、③いままで政権についたことがないNLDが国を統治できるかの3点に集約される。

 

 

2. 総選挙のポイント

 今回の総選挙のポイントとして3点を指摘する。(資料1-②)

ミャンマー総選挙
(住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 今回の総選挙は2011年の民政移管後初の総選挙であると同時に、1960年以来初の自由で公正な総選挙と言われ、民主的な政権交代を実現する可能性があるという意味で、歴史的な選挙であった。

 ミャンマーの連邦議会は1/4の議席が国軍司令官の任命する軍人議員に最初から割り当てられているため、NLDが単独政権を樹立するためには改選対象議席の2/3を獲得する必要がある。

 NLD党首であるアウンサン・スーチーには外国籍の息子がいるため、現行憲法下では、大統領に就任することができない。

 2011年に発足したテインセイン政権は、予想を超えるペースで政治経済両面における自由化を進め、その実績は国内外で高く評価されていた。しかし、今回の選挙は「現政権」というよりも、過去の「軍事政権」に対して国民の信を問うという側面があった。一方で、NLDの方も、少数民族の多い州で共闘体制を整えられず、NLDの求心力は未知数だったが、現与党の多くの大物政治家の落選が報じられ、報道内容の通り、単独過半数を獲得すれば、アウンサン・スーチーのカリスマは健在だったということであろう。今回の総選挙の結果、連邦議会の勢力図は一変することになる(資料1-④)。

 テインセイン大統領などが「平和的に政権を移行する」「全当事者と協力する」という趣旨の発言をしていることは安心材料であるが、ミャンマーの場合、(後ほど説明する通り)国軍の権限が大きく、統治構造が不透明で、不安定要素の一つと言える。また、大統領の座には就けないアウンサン・スーチーは「自分は大統領を超えた存在になる」という趣旨の発言をしているが、このことも政権運営上の責任の所在を曖昧にすることから気になる点である。

 

 

3. 総選挙後の展望

 次に総選挙後の展望について説明する。(資料1-⑤)

 総選挙結果が確定した後、2016年2月に新連邦議会が発足する見通しで、そこで上下両院の議員の投票によって大統領が選出される。同年3月末には選出された新大統領の下で新政権が発足する見込みである。

 仮に政権交代が実現し、NLD中心の政権が発足した場合、どのような経済政策がとられるかが注目される。NLDには実務経験のある人材がほとんどいないため、不確定要素もあるが、これまでの経済開放路線が踏襲されるとの見方が有力である。また、ミャンマーの民主化が一層進展したと評価されることにより(まだまだ不十分だという声も一方にはあるものの)、米国が制裁解除をさらに進める可能性もある。

 一方で、国軍には、国防大臣、内務大臣、国境大臣の3閣僚の任命権があるため、政権運営には国軍との協力が必要になる。NLDは人権保護と民主主義に適合した憲法改正を行うことを公約としていることもあり、国軍との協力をどのように進めるかが注目される。NLDと国軍との対立が深刻化し、政情が不安定になる可能性もあることから、注視が必要である。

 

 

4. 経済情勢

 最後に、最近の経済情勢について説明する。

 外国直接投資は2014年以降増加しており、2015年は2014年を上回るペースで海外からの投資が進んでいる(図表1)。ただ、物価は上昇基調に転じているのが気がかりである(図表2)。2014年10月の消費者物価上昇率は4%だったのが、わずか半年で大幅に上昇し、2015年5月には前年比8.2%と物価上昇圧力が高まっている。

(出所:ミャンマー計画経済開発省統計より住友商事グローバルリサーチ作成(CEIC Data Company Limited提供))
(出所:ミャンマー計画経済開発省統計より住友商事グローバルリサーチ作成(CEIC Data Company Limited提供))
(出所:CEIC Data Company Limitedより住友商事グローバルリサーチ作成)
(出所:CEIC Data Company Limitedより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 また、輸入の増加が外貨不足を加速させ(図表3)、通貨安が進行しているため(図表4)、ミャンマー中央銀行は外貨の引き出し制限を行い、国内決済には ミャンマー・チャットの使用を義務化している。こうした影響から、IMFは2016年の成長見通しを8.3%と、2015年よりも幾分低い成長にとどま る、との見通しを発表している。

(出所:ミャンマー計画経済開発省統計より住友商事グローバルリサーチ作成(CEIC Data Company Limited提供))
(出所:ミャンマー計画経済開発省統計より住友商事グローバルリサーチ作成(CEIC Data Company Limited提供))
(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)
(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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