中東出張報告(イラン、サウジアラビア、オマーン情勢)

2017年03月02日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 2月にイラン、サウジアラビア、オマーンの3か国に出張する機会を得た。訪問した3か国の現状と展望について整理する。

 

1. イラン

(1) 対米関係

イランに関しては、米国の対イラン政策が気になるところだが、「大統領就任初日に核合意を破棄する」と豪語していたトランプ米大統領は、就任後約1か月経った今も核合意を破棄する気配は見せていない。今後、テロ支援やミサイル開発など核以外の分野で追加制裁を課す可能性はあるが、どこまで実際に影響力のある制裁を出してくるのか。2017年に入ってからのイランの弾道ミサイル実験に対し、米国は25の関連人物・企業をブラックリストに入れることで対応したが、実際の影響はかなり限定的であるとされる。ただ、今後もトランプ政権の出方には注意が必要である。イラン人にトランプ大統領の印象を聞くと、過激な発言と強硬的な手法で世界を驚かせてきたアハマディネジャド前イラン大統領を引合いに出し、「彼は米国のアハマディネジャドだ」という感想が非常に多く、「イラン人は8年耐えたが、これから8年間は米国人が苦労する番だ」と皮肉を言っていた。

 

(2) 内政

イラン ロウハニ大統領(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成、写真はWikimedia Commonsより、Authorは写真下に記載)

2017年5月の選挙で、ロウハニ大統領は再選を目指している。ロウハニ大統領は選挙公約通り核合意と制裁解除を実現し、前政権下で40%まで上がったインフレ率を1桁台まで抑えるなど、政治・経済両面で改革を進めている。ただ、制裁解除で一気に経済が復興すると考えていた国民の期待は、米国の制裁が完全に解除されなかったことで裏切られ、強硬派などは「期待外れだ」とロウハニ政権を批判している。しかし、前述の通りロウハニ政権が経済や外交で一定の成果を上げてきたこと、そして選挙において現時点で有力な対抗馬がいないことなどから、ロウハニ大統領再選の可能性は非常に高くなっている。

 

(3) 今後の展望

 イランにおける大きなリスクの一つとして、高齢の最高指導者ハメネイ師の後継者問題がある。後継者にどのような人物が就くのか、もしくは生前に故ラフサンジャニ師が発言したように複数の人物による統治など全く別の制度に取って代わるのか、諸説あるが、これに関してはまだ状況を見守るしかない。しかし、国民の7~8割が現実主義的で、2016年の選挙でも多くの国民が現実主義派に投票したことや、核合意以降、欧州・アジア諸国がビジネス機会を求めてイランに進出し、既に国際社会における孤立から脱却しつつあることなどを見れば、長期的視点でイランは有望な市場であることは間違いないだろう。

 

 

2. サウジアラビア

(1) 後継者問題

サウジアラビア サルマン国王(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成、写真はWikimedia Commonsより)

 次にサウジアラビアだが、国王が81歳と高齢で、誰が彼の後を継ぐのかが話題になっている。現在57歳のムハンマド・ビン・ナイフ皇太子(MbN)が次期国王になるのが順当だが、サルマン国王は実の息子である31歳のムハンマド・ビン・サルマン(MbS)に国防大臣などの重要ポストを歴任させ、王位継承順位第2位の副皇太子に据えた。サウジ人口の70%は30歳以下である。そのような若者中心の国において、大多数の国民と感覚の近い31歳の若者が国の石油依存体質を変化させる改革をリードする姿に、若者からのMbSに対する支持は強いと言われている。ただ、一部既得権益層からは、改革に対する不満の声も聞こえてきている。MbNは他の王族からの信頼も厚く、米中央情報局(CIA)からメダルを授与されるなど国際的にも認知されており、MbNが次期国王になるだろうというのが大方の見方である。

 

(2) 経済・社会改革

 MbSが主導する国家改革「ビジョン2030」を実行していく上で、高齢の大臣を世代交代させたが、今後の国を担っていく若者を対象とした人材開発が大変重要になってくるだろう。様々な改革の中でも特に注目されているのは、サウジアラムコの新規株式公開(IPO)である。史上最大のIPOと話題になっており、世界のどの市場に上場するのか注目を集めている。JPモルガンやモルガンスタンレーなどの米系銀行がIPO幹事会社の筆頭候補になっており、米ニューヨーク市場での上場の可能性が高いが、同時に米国と関係が悪化した際に容易にオイルマネーを差し押さえられることに対する警戒心もある。世界金融センターの一角である英ロンドンでの上場や、中国マネーの取り込みを狙って香港での上場の噂も出ている。東京証券取引所も、この史上最大のアラムコIPO誘致合戦に名乗りを上げている。

 

(3) 今後の展望

 サウジは現在、米国、中国、日本を戦略的に重要なパートナーと考えており、2月下旬から、サルマン国王はアジア外遊を開始した。マレーシア、インドネシア、中国、日本、モルディブを約1か月かけてまわる予定で、日本滞在は3月12~15日までと発表されている(外務省発表)。現地政府関係者によると、外遊中に多数のプロジェクトの発表があるとのことで、日本からは特に自動車産業の誘致を期待しているとのことだった。サウジは2015年に外貨準備高を1,000億ドル減らし、IMFが「サウジの外貨準備はあと5年で枯渇する」と発表し世界の不安を煽ったが、2016年は外国からの借り入れや緊縮政策で財政赤字に対応し、年末には「2020年までに財政均衡を目指すことを目標とする」財政改革プログラムを発表した。補助金の削減、非石油部門での歳入増加、新たな税制導入など、財政健全化に歩みを進める計画である。サウジ経済は原油安の影響でダメージを受けているが、2016年末の負債額もGDP比で12.3%と比較的低く、以前8割以上あったサウジの歳入の原油依存度も62.3%(2016年)まで低下させており、財政改革に真剣に取り組んでいることから、サウジが急に予測不能の事態に陥るというシナリオは考え難い。

 

 

3. オマーン

(1) 後継者問題

オマーン カブース国王(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成、写真はWikimedia Commonsより)

 最後にオマーンだが、1970年から46年間国王の座に就く76歳のカブース国王の後継者問題が浮上している。オマーンには皇太子のポジションが無く、またカブース国王には子供もいないため、誰が次期国王になるのか不明である。次期国王選出のプロセスは概ね明確にされており、国王に不測の事態が起きた場合は王族評議会で跡継ぎを誰にするか話し合われ、話し合いで決まらなければ、カブース国王の遺書に書かれた人物が次期国王になる。カブース国王の遺書は、既に首都のマスカットと南部の町サラーラの2か所に厳重に保管されている。現在、後継者候補として有力視されているのは、カブース国王の従弟にあたる3兄弟である。彼らはカブース国王にも近く、現在も国王代理や国王顧問を務めるなど要職についている。

 

(2) 財政問題

 オマーンは国家収入の約8割を原油収入に頼っている。昨今の原油安の影響で、サウジと同様に国の財政状況は悪化している。2016年は100億ドルの借金をし、名目GDPは2年連続で10%以上の縮小となる見込みである。また、アラブの春で示された国民の不満を短期的に吸収するために公務員の雇用を増やした結果、国家予算の60%を公務員給与が占めている。国家財政に危機感を感じた政府は、ガソリンへの補助金を徐々にカットし、ガソリン価格は1年前の1.6倍に跳ね上がった。また、2017年から法人税を3%上げ(12%⇒15%)、さらに2018年から付加価値税(VAT)の導入を計画しているなど、今後一層の財政引き締めが行われる予定である。

 

(3) 今後の展望

 カブース国王は昔から全方位・善隣外交を行い、伝統的に地域のいざこざから距離を置いて中立の姿勢を保ち、また時にはいがみ合う諸国を仲介してきた。古く1970年代には、イスラエルと国交樹立したエジプトに対し、ほとんどのアラブ諸国がエジプトと国交断絶した際にもオマーンは中立を維持、1980年代のイラン・イラク戦争でも両サイドの仲介に尽力、最近では核合意に至る米国とイランの仲介も秘密裡に行った。オマーンの次期国王選出のプロセスは明確だが、はたして新たに選ばれた国王がカブース国王と同様に地域融和に配慮した全方位外交を展開することができるか、そして財政赤字に対処すべく抜本的な経済改革を断行することができるかなど、中長期的には不安材料が残る。

 

 また、オマーンからの原油輸出の約8割は中国向けで、2016年オマーンが海外から借り入れた100億ドルのうち18億ドルは中国からの借り入れと言われている。また、オマーン政府の肝いりで進めている中部ドゥクムの開発にも、一帯一路構想の一環で中国が100億ドルの投資をする契約を交わしており、オマーンにおいても中国は着々と影響力を拡大している。また、公務員をこれ以上増やす余裕が無い中で、オマーン人の雇用確保のためにサウダイゼーションならぬオマニゼーションを強化してくることも予想され、オマーンのビジネス環境への影響を今後も注視していく必要がある。

 

以上

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