トランプ次期政権の命運を左右する米議会~ワシントンの沼地をさらって、労働者階級に恩返しできるか~

2016年12月12日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

次期政権発足前の2016年11月、改修工事が終わったばかりの米連邦議会議事堂(筆者撮影)
次期政権発足前の2016年11月、改修工事が終わったばかりの米連邦議会議事堂(筆者撮影)

 長年、民主党の牙城であったラストベルト地域の「ブルーウォール」までも白人労働者階級の圧倒的支持で打ち壊し共和党出身のドナルド・トランプは大統領選に勝利した。だが、「ブルーカラー億万長者(Blue-collar Billionaire)」とも称されるトランプ次期大統領は2017年1月の政権発足以降、果たして勝利に導いたこれら労働者階級の期待に応えることができるだろうか。共和党はホワイトハウス奪還に加え、議会でも上下両院で多数派を維持し、トランプ次期政権は大統領府・立法府の両方を制した安定政権とも指摘されている。8年ぶりに政権与党に返り咲くことから、議会共和党主流派はこれまでオバマ政権下で却下されてきた政策を実現しようと意気込む。だが、議会共和党主流派とトランプ次期大統領は政策面で必ずしも一致していない。トランプ次期大統領が選挙戦で主張した保護主義政策や歳出拡大によるインフラ整備は従来、民主党議員が訴えてきた政策であり多くの共和党議員は反発してきた。民主党も一部の政策でトランプ次期政権に協調する姿勢を見せているが、意見は割れている。共和党は上院で僅差で多数派になっていることからも、トランプ次期政権に対する支持率低下などを機に同政権に反発する共和党議員がいずれ続出するリスクも秘めている。中長期的に安定政権となるかは、トランプ次期政権が議会と良好な関係を構築し、一部政策では党派を越えた協力を取り付けてこう着状態の議会を再び機能させ、労働者階級に恩恵をもたらす政策を導入できるかにかかっているだろう。

 

 

共和党は事実上トランプ党へ、だが党は一致団結しトランプ政策を推進するか

 「レーガン元大統領が共和党を保守政党に転向させたように、2016年大統領選での勝利によってトランプ次期大統領は共和党をポピュリストの米国第一主義政党に転向させた」、トランプ次期大統領の経済顧問を務めるスティーブン・ムーア氏は、大統領選の翌週、議会共和党議員に対しこのように述べ、既に共和党はトランプ次期大統領主導の労働者党になったことを伝えた。トランプ次期大統領はニューヨークタイムズ紙(2016年11月23日付)のインタビューで「彼ら(議会共和党議員)は、現時点では私を愛している」と語った。実際、選挙戦で批判を繰り返していた共和党議員の多くも現在はトランプ次期大統領をサポートしている。政権発足後も、しばらくは共和党議員がトランプ次期大統領に協調姿勢を見せるハネムーン期間がみられるであろう。

 

 しかし、現在はトランプ次期大統領のもと、まとまっているように見えるものの、党内は様々な思想が混在している。コーネル大学法科大学院のジョシュ・チェイフェッツ教授によると、過去、国民からの大統領支持率が低くなった時に出身党内から大統領に対する抵抗が強まったという。トランプ次期大統領は選挙直前で61%と史上最高の不人気度で大統領選に勝利した。政権発足後も大規模デモが全米で展開され大統領の不支持率が高い場合、共和党内でもトランプ次期大統領に反発する議員も出てくる可能性が高く、過半数の票が必要な上院での閣僚の指名承認などで抵抗することもあり得る。共和党内は大きく分けて主流派と反主流派に分かれており、詳細に見るとトランプ支持派以外にウォールストリート派、社会保守派、外交タカ派、そしてフリーダム・コーカスなどが存在する(2016年11月4日付記事参照)。ポール・ライアン下院議長をはじめ共和党指導部はトランプ次期大統領と良好な関係を構築する動きが見られるが、包括的な税制改革をはじめこれまで民主党政権では不可能であった政策の実現をトランプ政権下で試みる狙いがあるようだ。ナショナルジャーナル誌ダニエル・ニューハウザー議会担当記者はトランプ次期大統領とライアン下院議長について「便利な友人関係」と呼んでいる。

 

 政策を比較すると、トランプ次期大統領と従来の共和党は選挙戦でも争点となった重要な政策で大きく乖離している。共和党で財政規律を重視するウォールストリート派は、トランプ次期大統領の減税策を支持するものの、歳出拡大による財政赤字の更なる拡大には反発を示すであろう。既に下院運輸委員会のビル・シャスター委員長(共和党出身)はトランプ次期大統領のインフラ政策について「財政的に賄える内容でなければならない」とポリティコ紙(2016年11月20日付)のインタビューで釘を刺している。また、ライアン下院議長をはじめ長年、自由貿易を推進してきた共和党主流派の多くはトランプ次期大統領の保護主義政策に反発する可能性が高い。2016年12月5日、ケビン・マッカーシー下院多数党院内総務はトランプ次期大統領の国外に工場を移転する米国企業の米国への輸入製品に対し35%の関税を課すとの発言を批判し、既に共和党指導部とトランプ次期大統領の間で意見の相違が見られる。この動きからも今後、関税引き上げなどによる保護主義政策ではなく、共和党主流派はこれまで推進してきた包括的な税制改革や規制緩和こそが米国企業が米国で生き残る効果的な方策と主張し、トランプ次期大統領に説得工作を行うことが予想される。選挙戦で共和党主流派を批判してきたトランプ次期大統領が、政権発足後に共和党主流派と妥協点を見出すことができるかが同政権の行方を左右するであろう。

 

トランプ次期大統領

議会共和党指導部
(ライアン下院議長など)

政策の一致

通商

TPP離脱やNAFTA再交渉を公約し、国外に工場を移転する企業に対し関税を引き上げるなどの保護主義政策を主張。但し、ウィルバー・ロス次期商務長官候補、スティーブン・ムニューチン次期財務長官候補は二国間FTAを主張。

多くは自由貿易推進。関税引き上げには反対。関税引き上げではなく包括的な税制改革こそが米国企業の雇用維持・拡大と主張。

移民

メキシコとの国境に壁を建設するなど国境警備の強化、犯罪歴がある不法移民の強制送還を公約。ジェフ・セッションズ次期司法長官候補は反移民改革の保守強硬派。

強制送還部隊による不法移民の強制送還には反対。壁の建設以外の国境警備の強化も考慮。過去には合法移民の拡大、不法移民にも機会を提供することを主張。

税制

法人税および所得税ともに大幅な減税措置導入を主張。

包括的な税制改革で減税を主張。トランプ案と税率などで異なるが減税策を推進。

財政

減税する一方、インフラ整備や軍事費などで歳出拡大することによって財政赤字拡大の可能性あり。

財政規律重視。トランプ次期大統領の政策実行に共和党指導部が妥協すれば党内の財政タカ派の反発は必至。

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医療

トランプ次期大統領はオバマケアの一部は支持。トム・プライス次期厚生長官候補はオバマケアに批判的。メディケアの改定も主張。

これまでも議会でオバマケア撤廃を試みたが、オバマ政権下では実現せず。トランプ次期政権で撤廃し共和党案に差し替える方針。メディケアについては民営化を主張。

(出所:各種報道・シンクタンク情報などより米州住友商事ワシントン事務所作成。https://www.scgr.co.jp/)

 

 

民主党は労働者重視の政策でトランプ政権に協力も

 「トランプ次期大統領の勝因のひとつに、選挙戦で多くの経済政策の面で共和党主流派に抵抗したことが挙げられる」、チャック・シューマー次期上院少数党院内総務はこのように述べ、労働者を重視する政策を訴えたトランプ次期大統領は政権発足後も共和党主流派に抵抗せねばならないと主張するとともに民主党が推進する共通の政策では協力する方針だろうと指摘している (ニューヨークタイムズ紙、2016年12月5日付)。選挙後に党内で発言力を増しているバーニー・サンダース上院議員をはじめ議会民主党リベラル派も民主党支持基盤の労働者にメリットがある政策についてはトランプ次期政権に協力する姿勢を示している。選挙戦では、労働者を重視したインフラ整備拡大、反自由貿易政策、有給育児休暇など民主党が従来から推進してきた政策をトランプ次期大統領は訴えた。ただし、トランプ次期大統領のインフラ普及の方針に民主党は合意するものの、中身は共和党が従来から推進してきた企業減税で賄う可能性が判明し、民主党ではこれは労働者支援ではなく共和党の「罠(トラップ)」と警戒する姿勢も見られる。民主党のリチャード・ブルーメンソル上院議員は「既存の事業に対する減税措置、投資家へのプレゼントが詰まったトロイの木馬となる危険性がある」と指摘している(ロールコール誌、2016年11月29日付)。シューマー次期上院少数党院内総務はトランプ次期大統領のインフラ政策は「減税措置やメディケア、教育費などの削減といった手法で決して実行してはならない」と忠告している(フォックスニュース、2016年11月20日放送)。

 

投票日、共和党(象)と民主党(ロバ)のマスコットで飾るワシントン市民宅(筆者撮影)
投票日、共和党(象)と民主党(ロバ)のマスコットで飾るワシントン市民宅(筆者撮影)

 中間選挙を翌月に控えた2010年10月、ミッチ・マコネル上院院内総務は、「われわれ(共和党)にとって最も重要な目標は、オバマ大統領を1期だけの大統領にすること」と発言。同中間選挙で下院を共和党に奪われてから、上下両院で多数派を失ったオバマ大統領は2011年の第112議会以降、自らの推進する政策はことごとく議会に阻まれ政治はこう着状態が続いた。共和党が民主党政権に協力しない姿勢が、民主党政権による既成政治に対する不満を高め、変革を求める国民によって2016年大統領選では政権交代がもたらされたとの分析もある。従って今後、民主党も同様に共和党政権に協力すべきでないといった声がでてくる可能性もある。民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員は、大統領候補ヒラリー・クリントン氏はトランプ次期大統領を投票数では約280万人も上回り、民主党は野党ではなく、反対党であると述べ(2016年12月4日、CNNインタビュー)、既にトランプ次期政権下で抵抗する姿勢を見せている。だが、民主党はトランプ次期政権の労働者に恩恵をもたらす政策には協力するであろう。民主党は大統領選で経済政策を前面に出すことができず、労働者を重視してきた政策が有権者に十分に伝わらなかったという反省もある。特にトランプ次期大統領が勝利した州で2018年に再選を狙う民主党議員はトランプ次期政権に協力することも予想される。2016年選挙で、上下両院で共和党は多数派を維持したが、上院で共和党は52議席と僅差で、フィリバスター(議事妨害)を防ぐ60議席に共和党だけでは達していないことから、重要法案などで民主党議員の協力が不可欠である。そのためにもトランプ次期大統領は、従来から共和党主流派が推進してきた政策をそのまま後押しするのではなく、労働者に恩恵をもたらすよう修正した政策を前面に出して民主党議員の協力を得なければならない場面にいずれ直面するであろう。

 

 

次期政権はアウトサイダーの変革イメージを維持しつつ議会主流派と協調できるか

 「米国初の無所属大統領」、ワシントンポスト紙(2016年11月19日付)はトランプ次期大統領についてこのように描写し、どちらの党にも縛られず、ワシントンを変革するアウトサイダーとして戦ったことがトランプ氏を勝利に導いたと分析している。トランプ次期大統領は選挙戦でアウトサイダーとしてワシントンの「沼地をさらう」と訴え、米国政治を改革することを公約した。ジミー・カーター元大統領はアウトサイダー候補として当選したが、議会主流派との対立によって政策を実行に移すことができなかった。トランプ次期大統領は議会共和党主流派との関係が深い首席補佐官にラインス・プリーバス氏を起用すると同時に、「対等のパートナー」として首席戦略官・上級顧問に議会共和党主流派に対し批判的な立場をとってきたスティーブ・バノン氏を起用する。また次期運輸長官にはマコネル上院院内総務の妻であるイレーン・チャオ元労働長官起用を発表し、議会との関係強化の目論見も垣間見られる。このように主要ポストにはワシントンの仕組みを良く知る「ワシントン・インサイダー」と政治経験あるいは連邦政府経験がないアウトサイダーが混在している。今後、どちらの勢力が政権で影響力を発揮するかが注目だ。現在「影の政権移行チーム」とも呼ばれてトランプ次期政権の政策に大きな影響を与えているのが保守系シンクタンクのヘリテージ財団だ。ミッキー・エドワーズ元下院議員(共和党出身)は、「トランプ次期政権のトップはいずれの政策に関しても、知識がほとんどない」と指摘し、ヘリテージ財団が次期政権に与え得る影響を示唆している。トランプ次期大統領は表向きはアウトサイダーのイメージを保ちつつも、議会を熟知するワシントン・インサイダーを活用し、共和党系のインサイダーが持つイデオロギーと必ずしも一致しない労働者に恩恵をもたらす雇用創出策などの改革が求められている。

 

 これまでオバマ政権批判で団結してきた共和党だが、今後は政権運営を担い、経済の行方など今度は野党に転落した民主党から厳しい攻撃に晒されることになる。トランプ次期大統領は前述のニューヨークタイムズ紙のインタビューで同紙コラムニストのトーマス・フリードマン氏に対し「1~2年後にここに戻り、多くの(ニューヨークタイムズ紙の)出席者から『素晴らしい仕事ぶり』と言ってもらえたら、偉業と言える。それは保守の仕事を意味しない」と述べた。リベラル寄りの同紙に対するこの発言からも、議会共和党が望む通りにトランプ次期大統領は動かないという意思表示にもとれる。トランプ次期大統領は国民に評価され、2018年の中間選挙、更には2020年の大統領選で勝利するには、議会共和党だけでなく、一部の政策で共通する民主党の協力も得て妥協策を見出す必要がある。近年、「何もしていない議会(Do-nothing Congress)」とも批判される議会に対する国民の支持率は約20%と低迷している(世論調査会社ギャラップ、2016年9月調査)。長年、ビジネスマンとして培った経験を踏まえ、巧みな交渉、リーダーシップ発揮でこう着状態の議会を再び機能させることがトランプ次期大統領に期待される。だが、仮に議会のこう着状態が続けば、与党である共和党は2018年中間選挙あるいは2020年大統領選で白人労働者をはじめトランプ次期大統領を勝利に導いた有権者からしっぺ返しを食らうことになるであろう。

以上

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