ポスト・トランプの共和党:米大統領選後の行方

2016年11月04日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

ワシントンDC市内の期日前投票所の行列(写真:筆者)
ワシントンDC市内の期日前投票所の行列(写真:筆者)

 2016年11月8日の大統領選、いずれの候補が勝利したとしても選挙後に注目が集まることが予想されるのが選挙戦で亀裂が表面化した共和党の将来だ。共和党予備選を制したドナルド・トランプ候補は貿易、国家安全保障、給付金制度などでこれまで共和党を牛耳ってきた主流派と相反する政策を主張。同党は12年大統領選敗北後、『成長と機会プロジェクト(GOP)』(通称「検死報告書」)で敗因を分析しホワイトハウス奪還に向けて党の軌道修正を試みてきた。しかし、同報告書で提案されたマイノリティや女性の支持拡大など多くの面でトランプ候補は逆行し、「共和党はトランプ候補にハイジャックされた」とも揶揄(やゆ)される。ジョージ・ウィル氏、デビッド・ブルックス氏、ブレット・スティーブンス氏など著名な共和党保守派は自らの支持政党の指名候補トランプ氏に反旗を翻した。一方でトランプ候補は白人労働者層から高い支持を受け、これまで共和党主流派が注視してこなかった同党支持基盤の声を拾い上げた。最新世論調査の通り仮にトランプ候補が大統領選で負けたとしても、今後、共和党はそれらの声を無視することもできない。異なる思想のグループが対外的な脅威に対して緩く団結してきた共和党だが、今日、主流派を中心に党の存続まで危惧する声が拡大している。党内の深い亀裂から、少なくとも2020年の次期大統領選まで共和党はアイデンティティ確立に向けて混迷の道を歩むことになるであろう。

 

 

◆トランプ登場前から亀裂があった共和党:団結させていたのは冷戦と反民主党感情

 共和党はそもそも様々な異なる思想が混在している党である。今日、議会共和党内には主に次の3つの勢力が存在する。(1) 減税をはじめとした小さな政府、自由貿易などを主張する「ウォールストリート派」、(2) 宗教面などで保守的な「社会保守派」、そして(3) 国家安全保障で強硬な姿勢を訴える「外交タカ派」だ。政権を去って四半世紀以上も経った今日も共和党支持者に英雄視されるレーガン元大統領(任期:1981~89年)以降、これらの異なる勢力をまとめることに貢献してきたのは対外的脅威であった。共和党保守派の米政治専門家マット・ルイス氏はレーガン元大統領が共和党を団結できたのも、冷戦時代にソ連という共通の敵国がいたことが大きかったと述べている。冷戦終結後、徐々に結束が崩れていく中、この緩いまとまりを崩壊させたのはジョージ・W・ブッシュ元大統領(任期:2001~09年)だったと米政治専門家テイガン・ゴッダード氏は指摘する。同氏によると、ブッシュ元大統領がイラク戦争、アフガニスタン戦争を綿密に計画せずに実行したことによって共和党は「外交タカ派」を失い、更に経済低迷や財政規律を重視しない政策によって「ウォールストリート派」まで失い、最後まで支持していたのは「社会保守派」のみだという。そして、オバマ政権時に共和党を何とか繋ぎとめていたのは反オバマ感情とも言われている。だが、その亀裂を表面化させたのがトランプ候補だ。同候補は共和党のいずれの勢力の主要政策にも逆行する主張や行為が見られ、最も共通しているのは反オバマ感情だ。ブルッキングス研究所のジョン・フダック上席研究員は「トランプ候補は党が直面する問題の原因ではない。同候補はその問題の症状あるいは結果」と主張している(2015年7月22日付分析 )。

 

 

◆今後の共和党の将来像、考えられる4つのシナリオ

「私は共和党最後の大統領となることを心配している」、トランプ候補の共和党指名獲得が見えてきていた2016年4月、ジョージ・W・ブッシュ元大統領はこのように語った。国際問題評論家のファリード・ザカリア氏も「われわれの知る共和党は死にかけている」と述べた(ワシントンポスト紙、2016年10月13日付)。このようにトランプ候補躍進によって共和党の将来が危ぶまれている。しかし、米国では2大政党制が確立しており、民主党は1828年、共和党は1854年に発足以降、いずれの党も政策をシフトしつつも今日まで存続してきた。1964年、バリー・ゴールドウォーター共和党大統領候補(いずれも当時)が本選で大敗し、共和党は存続の危機に陥ったと思われたが、その4年後にはリチャード・ニクソン共和党大統領候補が政権を奪還した。同様に72年、ジョージ・マクガバーン民主党大統領候補が本選で大敗した4年後にはジミー・カーター民主党大統領候補が政権を奪還した。このように今後も米国の選挙制度から第3党が影響力を拡大することは考えにくく民主党と共和党の2大政党制は続き、政党の再生は大いにあり得る。米テレビ局NBCは共和党を代表する有識者のインタビューをもとに選挙後の同党について以下4つのシナリオを描いている。

 

NBC特集「Beyond Trump」による選挙後の共和党の4つのシナリオまとめ。シナリオ1. トランプ主義<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
(トランピズム)-トランプ候補の支持基盤である白人労働者を重視した政党が誕生。仮にトランプ候補が勝利した場合、共和党はトランプ主義が前面に。「米国第一主義」を掲げ、反移民政策、反自由貿易などに加え、同盟関係が弱体化、米国主導の国際機関が後退し、従来の共和党政権と比べて社会福祉政策などで大きな政府へシフト。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
シナリオ2. 改訂版トランプ主義-労働者を重視した政策へ軌道修正するも、その他の共和党支持者が党を離れないよう配慮。市場経済を重視しつつも、生活に苦しむ様々な人種の労働者に政府補助金を拡大するなどより政府が介入。トランプ主義と比べ、移民政策はより軟化した現実的な政策へ。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
シナリオ3. 主流派の指導権奪還-トランプ候補敗北によって共和党主流派が勢力を巻き返し、同候補のポピュリズムを否定するとともに主流派の政策(自由貿易推進、小さな政府、保守的政策)を再び推進。白人労働者の支持だけでは本選で勝利できないことから、2012年大統領選後の「検死報告書」に沿ってマイノリティ・女性・若者といった層の支持拡大に向けた取り組みなど党改革を実行。その過程で一部の社会保守政策について軟化する可能性あり。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
シナリオ4. 党内分裂が継続-共和党は選挙後も引き続き分裂の状態。トランプ候補が大統領選で敗北した場合、主流派はトランプ主義を否定する一方、同候補支持者はトランプ候補敗北はライアン下院議長をはじめ主流派が完全なるサポートをしなかったことに起因すると批判。また、共和党は州レベルでは成功しており、議会でも影響力を保持することが想定され、党は改革を実行しない可能性あり。しかし、党が改革を進めないことによって2020年大統領選でトランプ候補のような従来の共和党の思想に相反する候補が再び党候補に指名されるリスクもあり。

                   

 

 仮に2016年大統領選でトランプ候補が当選した場合、少なくとも政権発足当初は「シナリオ1」の方向に進むであろう。しかし、2020年大統領選に向けて党改革は必至であり、トランプ主義は長続きするとは思えない。

 仮にヒラリー・クリントン候補が勝利した場合、選挙直後から共和党主流派を中心にトランプ主義を部分的あるいは完全に否定する動きが想定でき、「シナリオ2~4」の道を歩むことになるであろう。クリントン夫妻は長年、共和党に敵対視されてきたことからも、反クリントン感情で共和党は再び緩い結束で政権に対抗していくであろう。しかし水面下で党内亀裂は拡大する。共和党は今回の選挙で議席を失うことが確実視され、特に中道寄りの共和党議員が落選することが予想されている下院では分極化が進み更なる混迷が予想される。保守強硬派「フリーダム・コーカス」は既にポール・ライアン下院議長に反発姿勢を示し始めており、19年以降の次期議会では同コーカスの強硬路線によって議会のこう着状態が悪化することも懸念されている。2016年10月に開催されたセミナーでエール大学政治学部のジェイコブ・ハッカー教授は、クリントン政権発足の場合、共和党は明確なビジョンが不在のまま反クリントンを掲げて党は存続し、共和党は「今後数年間、『ゾンビー党』となる」と語っている。

 

 

◆モラルハザードに陥る共和党、2020年以降に政権を獲得できるか

 米国の人口動態が変わる中、20年大統領選で共和党が政権を獲得するには、反クリントン感情だけで結束するのではなく、より幅広い有権者にアピールするために共和党自らの改革を進めなくてはならない。12年大統領選では選挙翌日から共和党内で敗因が議論され、共和党執行部は「検死報告書」などをもとに16年大統領選での政権奪還に向けて改革を推し進めてきた。しかし、14年中間選挙で大勝したことによってその後、共和党は12年大統領選の反省を活かさなかったとも指摘されている。中間選挙では民主党支持者の多いマイノリティの投票率が下がることから18年中間選挙も共和党が勝利する可能性が高い。しかし、その勝利の余韻に浸り、再び共和党が支持を広げるべき層に積極的にアプローチせず党の改革を進めない可能性もある。だが、米国の人口動態でマイノリティが拡大する中、16年大統領選のように非ヒスパニック系白人にアピールしているだけでは確保できる有権者数の上限が決まっている。共和党系世論調査専門家ウィット・アイヤーズ氏によると04年大統領選挙でブッシュ元大統領が当選した際の非ヒスパニック系白人票約58%、マイノリティ票約26%と同じ構成では、人口動態が変わった今日では当選することができないという。国勢調査による分析では非ヒスパニック系白人人口は15年では全人口の約62%だが、20年には約60%に低下する中、仮にトランプ候補が16年大統領選で非ヒスパニック系白人票を拡大して勝利できたとしても、20年以降の大統領選ではマイノリティ票を拡大せねば共和党は敗北の可能性が高い。だが、ゲリマンダリング(選挙区割り)によって現職の共和党下院議員の多くは落選リスクが低いことなどから、党改革の必要性を実感していないといったモラルハザードに陥っているとルイス氏は著書『愚かすぎて失敗しない(Too Dumb to Fail)』で指摘している。

 

 

期日前投票を行うワシントンDC市民(写真:筆者)
期日前投票を行うワシントンDC市民(写真:筆者)

 大統領選で仮にトランプ候補が負けて党が改革を行う場合、2020年大統領選が近づくに連れて共和党が進む可能性が最も高い道は「シナリオ2」と「シナリオ3」が混在したものではないだろうか。共和党支持者の9割近くが選挙直前でトランプ候補を支持していることからも、選挙後に共和党主流派はトランプ候補支持者を完全に無視しないが、次期大統領選に向けて勝利するためにマイノリティ、女性票支持拡大に動くであろう。更に若者を中心に共和党支持者も、キリスト教の価値観に合致しないリベラルな政策についても受け入れるようになってきていることからも社会政策で軟化の可能性もある。ルイス氏は「共和党は発足当初は保護主義的であった」と述べ、経済ポピュリストの党となり、保護主義的政策の一部を取り入れ、反エリート主義などを前面に出したトランプ主義のネガティブなイメージである人種差別や女性蔑視を否定した党に変わっていくと予想する。その場合、オハイオ州など激戦州も勝ち取り大統領選を制することができるとルイス氏は主張する。ただし、選挙後、反クリントン感情のみで共和党が緩く団結し、「シナリオ4」の状態で党内改革が進まない可能性も否定できない。

 

 

 更に民主党が選挙後にどのような党に変化していくかも共和党に影響する。16年大統領選で大卒以上の国民の多くがクリントン候補を支持していることから、仮に民主党が今後、共和党と比べてエリート層や産業界を優遇する政策を推進した場合、従来は共和党を支持していたビジネス関係者が民主党に流れることもあり得る。また、共和党が民主党よりも保護主義を強く推進した場合、逆に民主党を以前から支える労働組合などが共和党に流れることも想定される。

 

 

 1980年代、共和党が大統領選で大勝した頃、民主党内では将来を危惧し、リベラル派と一線を画す「ニュー・デモクラット」が登場して中道にシフトする動きが見られた。当時、「ニュー・デモクラット」の支持に支えられ頭角を現したのが中道派のビル・クリントン元大統領であり、民主党はホワイトハウス奪還に成功した。今日、共和党は80年代の民主党と類似した状況に置かれている。共和党はトランプ主義のネガティブなイメージを払拭する一方、トランプ主義の保護主義政策などについて部分的に取り入れ、大半の米国民が同感するような中道にシフトする改革などが見込まれる。20年大統領選で共和党が政権を獲得できるかは、人口動態の変化に沿った党の改革に加え、最終的には党が目指すアイデンティティに合った候補を指名できるかにかかっている。共和党には16年大統領選には出馬しなかったベン・サッシ上院議員(ネブラスカ州選出)、トム・コットン上院議員(アーカンソー選出)、ジョニ・アーンスト上院議員(アイオワ州選出)、コリー・ガードナー上院議員(コロラド州選出)、ニッキー・ヘイリー(サウスカロライナ州知事)など若手ホープが多数揃っており、2020年大統領選で軌道修正し共和党を再生することもあり得よう。

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