右に揺れ戻る中南米とその限界
2026年06月17日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
小橋 啓
中南米の政治は、経済環境と国民の不満に強く影響されながら、左右に揺れ動く「振り子」のような動きを繰り返してきた。1990年代は市場開放を軸とする新自由主義が広がったが、その結果生じた格差への反発から、2000年代には資源ブームを背景に再分配を重視する左派政権が台頭した(ピンクタイド)。しかし、資源価格の下落と経済停滞により左派政権は支持を失い、2010年代半ばには再び右派への回帰が起きた。その後、コロナ禍で格差が拡大し既存政治への不満が高まったことで、2018年から2022年頃にかけて左派が再び勢力を伸ばした(第二次ピンクタイド)が、インフレや治安悪化、政策運営の失敗が重なり、2023年以降はアルゼンチンにおけるミレイ政権の誕生に象徴されるような右派への揺り戻しが進んだ。
ただし、この直近の右派回帰は過去よりも早く限界に直面している。背景には、国際情勢と国内政策が同時に国民生活を圧迫する複合的なボトルネックがある。中東やウクライナの情勢が長期化することで、エネルギーや穀物の国際価格が高止まりし、輸入物価を通じてインフレ圧力が続いている。中南米の一部の国は資源を自給できるが、国内価格は国際市場と連動しているため、生活コスト上昇を避けることができない。そこに加えて、右派政権が進める財政再建策、すなわち補助金の削減や歳出圧縮が、短期的に家計を直撃する。結果として、国民は物価上昇と補助金削減という二重の負担に直面している。
さらに、この地域特有の構造的な脆弱性が、政策効果の発現を遅らせている。中南米では欧米の先進国などと異なり、労働市場におけるインフォーマル経済の割合が非常に高い点があげられる。国によっては労働者の半数以上が非正規・非登録の形で働いており、税制や社会保障の外に置かれている。このため、法人税減税や外資誘致といった政策の恩恵は一部の正式雇用者にしか届かず、多くの人々は成長の利益を実感できない。一方で、燃料費や食料価格の上昇は即座に生活を圧迫するため、痛みと恩恵の時間差が極端に大きい。
また、社会的安全網の脆弱さがある。先進国では失業保険や医療制度などが改革の痛みを緩和するが、中南米では財政緊縮の中で福祉支出が削減されやすい。その結果、国民は将来への不安を強め、政策への支持が持続しにくくなる。また、1990年代の民営化政策が格差拡大を招いたという歴史的記憶も強く、市場重視政策が不公平という不信感が根強く残っている。
国別に見ると状況はさらに複雑である。アルゼンチンではミレイ政権が急進的な市場改革を進め、インフレ率の低下や財政収支の改善といった成果も見られるが、実質賃金の低下や貧困の拡大が続いており、国民の忍耐がどこまで持続するかが焦点となっている。チリでは左派政権の混乱後に政策の現実路線化や部分的な保守回帰が見られるものの、資源価格の変動や政治的対立の影響で成長の果実が広く行き渡っていない。ボリビアやベネズエラのように、外貨不足や生活必需品の不足が深刻化している国では、社会不安がすでに顕在化している。
これらを踏まえると、今後の中南米政治は単純な左右のイデオロギーの上での対立では説明できない段階に入っている。国民が求めているのは理念ではなく、生活を改善する具体的な成果に変わってきている。
結局のところ、中南米の政治の行方は、経済改革による成果がどれだけ早く国民生活の改善として実感されるかにかかっている。改革の成果が届く前に国民の生活が限界を迎えれば、再び左派への揺り戻しが起きる可能性が高い。一方で、市場政策と柔軟な社会支援を組み合わせた新しい統治モデルを提示できれば、政治の安定につながる余地もある。この時間との競争が、現在の中南米政治の本質となっている。また、この時間を大きく左右するのが、中東情勢の安定化であり、エネルギー、食糧インフレの動向も大きな要素となってこよう。
<執筆者・アーカイブ>
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