日中関係はなぜ改善しないのか
2026年08月19日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
前田 宏子
日中関係に改善の兆しがみられない。そもそも、この30年間で日中関係が「良好」といえる状態だった時間はわずかしかないが、それでも、歴史認識や靖国神社参拝、尖閣諸島問題などをめぐり日中関係が悪化するたび、首脳会談や経済交流を通じて状況が持ち直すというサイクルが存在していた。しかし、現在はそのような慣性がまったく働かなくなっているようにみえる。
第1次トランプ政権のときに、「振り子(良い状況と悪い状況が繰り返し訪れる)」の米中関係が変わってしまったという言い方がよくされたが、日中関係もそのようになりつつある。日中双方に原因はあるが、主な原因は、中国の国家戦略と政策決定のあり方の変化に求められる。
90年代や00年代には、日中関係をあらわす言葉として「政冷経熱」がよく用いられた。中国にとって経済発展が最優先課題だった時代、日本は技術や資本を提供する重要なパートナーであり、政治的摩擦を経済関係に波及させないことが重視された。しかし中国の国力増大とともに、この構図は変化した。2010年の尖閣諸島沖漁船衝突事件ではレアアース輸出が事実上停止され、2012年の尖閣諸島国有化後には反日デモや日本製品の不買運動が広がった。実は、この措置は中国経済にもダメージをもたらし、その後、中国は自国への影響を抑えながら相手国に圧力を加える、より選択的な経済的威圧を用いるようになった。
この傾向は習近平政権でさらに強まっている。2014年に打ち出された「総体国家安全観」により、安全保障の対象は軍事だけでなく、経済、科学技術、サプライチェーン、情報、人的交流などへ拡大した。
また、外交政策の決定権限も党中央に一段と集中した。外交部や専門家による現実的な判断よりも、党中央の政治判断や国家安全保障上の考慮が優先され、日本との関係改善そのものが政策目標となる場面は少なくなった。対日政策は、台湾問題や米中戦略競争という大きな国家戦略の中で位置付けられるようになった。日中という二国間関係を管理すること自体への関心が下がっている。
現在の中国にとって、日本は依然として重要な経済パートナーである一方、安全保障上の競争相手であり、米国の同盟国でもある。特に中国が警戒しているのは、日米同盟を通じて日本が米国の対中戦略を支えることである。中国は2026年以降、日本の防衛力強化や同志国との安全保障協力を「新型軍国主義」と批判している。また、抗日戦争の歴史は中国共産党の正統性とも結び付いており、日本への警戒は国内政治にも利用されている。
さらに重要なのが台湾問題である。習近平政権は台湾統一を「中華民族の偉大な復興」の重要課題としている。日本は台湾と地理的に近く、経済・人的交流も深いため、台湾有事の際には日本人の安全や経済も影響を受ける可能性が大きい。また、米軍が介入することになれば、日米同盟の運用にも関わってくる可能性が高い。このため中国は、日本による台湾海峡の平和と安定を重視する発言や台湾との交流拡大を、自国の統一戦略を妨害する動きとして警戒している。
こうした認識の下、中国は日本に対し、軍事、経済、外交、情報発信を組み合わせて圧力を加えている。尖閣諸島周辺での海警船の活動、レアアースや重要鉱物の輸出管理、外交的圧力、日本の防衛政策を批判する情報発信などである。その目的は全面的な対立ではなく、日本の政策判断に影響を与え、中国にとって望ましい行動を促すことにある。
したがって、現在の日中関係を理解するには、個々の外交案件や一時的な関係改善・悪化だけを見るのでは不十分である。中国の国力向上、安全保障重視への転換、党中央への政策決定の集中によって、対日政策は総合的な国家戦略の一部へと変化した。中国がどのような長期的な戦略目標の下で日本を位置付けているのかを分析することが、今後の日中関係を考える上で重要となる。
※本コラムは、『日中経協ジャーナル』2026年9月号に寄稿した原稿の要点をまとめたものです。
<執筆者・アーカイブ>前田 宏子
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