ソ連崩壊から30年 ②

2021年12月27日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
アントン ゴロシニコフ

ソ連への郷愁(ノスタルジー)

 全ロシア世論調査センター(VTsIOM)は2021年3月、ソ連崩壊についてロシア国内で実施した最新の世論調査の結果を発表した [*1]。「ソ連が崩壊したことについて、残念に思いますか」という質問に対し、回答者の67%が「残念に思う」と答えた。2005年以降、同調査で同じ質問を何回聞いても、必ず6割以上の人が「残念だ」と答えている。2016~17年にはロシアだけでなく、旧ソ連諸国であったアルメニア、グルジア(現ジョージア)、カザフスタン、モルドバ、ウクライナでも同調査を実施した。アルメニアやモルドバは5割、カザフスタンは4割、ウクライナとグルジアは3割の人が「残念だ」と答えた。旧ソ連地域では今でもソ連を恋しく思っている人がいることがわかる。年齢別でみると、ロシアの場合、特にソ連時代の経験がない18~24歳の若者層の約5割が「残念ではない」と答えているが、ソ連時代に生まれ、ソ連の記憶がある45歳以上のロシア人の8割が「ソ連崩壊は残念だ」と答えている。さらに、「もし今日、ソ連の維持を問う国民投票が行われたら」という質問には73%のロシア人が「ソ連を維持するべきだ」と答えた。これは1991年3月、実際に、ソ連の維持を問うた全ソ国民投票とほぼ同じような結果になっている[*2]。このように、現在も多くのロシア国民がソ連に対してノスタルジーを抱いている。なぜか。その理由は、国の過去の負の歴史も認識しつつ、もう戻れない当時を懐かしく美化する郷愁と、ソ連時代にあった社会保証システムによって当時は年金で生活できたという思いである。教育や医療は無料、表向きは身分の差がなく、所得の格差もない、今よりも平等な社会だったといった理由が挙げられる。プーチン大統領自身も2021年10月にロシア国内で行われた国内外の有識者を集めた「バルダイ会議」において、「労働者の家族出身である私でも国内の一流大学(現在のサンクトペテルブルク大学。当時はレニングラード大学と呼ばれていた。ちなみに筆者の出身校でもある)で優良な教育を受けることができた。ソ連にはソーシャル・モビリティ(社会的流動性)ができていた」と話している [*3]。専門学校や大学などを卒業して、就職先も保証され、激しい市場競争がなく、明確な生活のガイドラインと将来への確信と希望があったと思われる。「ソ連崩壊は残念だ」と考える人々には、現在のようなロシア社会を悩ませる汚職問題もなく、ノーメンクラトゥーラ(特権階級)という政治的エリートは存在していたが、一般国民はそれとは関係なく、より公平な社会であったという思いを抱いている人が多い。

 

 しかし、逆戻りできないことは分かっており、今回の調査で回答者の70%以上が「現在ではソ連の復活は不可能だ」と答えている。そして、「ソ連の良かったところを今日まで残してくれた政治家は誰だと思いますか」との質問については、約40%の人が「プーチン大統領だ」と答えている。

1991年3月、ソ連の国民投票用紙。質問:ソ連の維持に賛成ですか、反対ですか。(出所:Wikipedia Commons)
1991年3月、ソ連の国民投票用紙。質問:ソ連の維持に賛成ですか、反対ですか。(出所:Wikipedia Commons)

 少しだけ筆者自身のソ連への思いを書くと、ソ連崩壊の1991年当時は高校生で、バスケットボールに夢中だった。レニングラード市の青少年選抜チームに所属し、ときにはバルト三国まで遠征したこともあった。ソ連時代と楽しかった子供時代が重なるため、1986年にゴルバチョフ書記長が就任してからソ連崩壊までの間、正直、何が起こっているのか関心もなかったし、よくわからなかった。軍人の父と中学校教師の母のもとで、青春を謳歌したソ連国民の一人だったのである。唯一惜しむらくは、中学校時代、学校にあったレーニンのレリーフ・パネルにいたずらをしたために、ピオネール(ソ連共産党の少年団)から除名されてしまったことである。つまり、共産党員となり政治エリートになる道は、その時点でなくなったのだ。

 

以上

 

 


[*1] 電話調査、3,200人が対象者、18才以上。Референдум марта 1991 года – Августовский путч – Беловежские соглашения: как работают механизмы исторического мифотворчества в политической повестке | Международный мультимедийный пресс-центр МИА «Россия сегодня» (pressmia.ru)

[*2] 1991年3月 17日、ソ連の維持を問う全ソ国民投票が行なわれ,投票者の 76%がソ連の連邦制に賛成した。だが、バルト3国,モルドバ,グルジア,アルメニアの6か国が投票をボイコットしたため、国民投票の結果は事実上、無効となった。

[*3] Путин об СССР: я закончил университет, будучи из семьи рабочих (vesti.ru)

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