シンガポール ~アジアではないアジア~

2016年09月13日

アジア大洋州住友商事会社 シンガポール本社
岡田 卓也

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発展の象徴であるマリーナベイサンズ(筆者撮影)
発展の象徴であるマリーナベイサンズ(筆者撮影)

 シンガポールの競争力の源泉は他の東南アジア諸国と差別化を図った、衛生面を含む安全性、インフラ整備、政治・政策の透明性にあるでしょう。世界保健機構の基準を満たす水道水に象徴されるように衛生面では、日本人が日本のように暮らしてもお腹をこわすようなことはありません。また近代的なビルが林立する洗練されたデザインの街を真夜中に一人で歩いてもまったく危険な目に遭いません。地下鉄・バス・高速道路はさらに整備が続けられており、サービスが充実したシンガポール航空が拠点にしているチャンギ空港もアジアのハブ空港としての確固たる地位を築いています。また汚職は皆無で、官僚への高給と贈賄への厳罰によりその動機がまったく削がれています。これらは他の東南アジアの国々ではなかなか実現できないことだと思われ、これらを基盤にシンガポールは戦略的な政策を打ち出し発展を続けています。

 

 

 差別化のための基盤はどのようにして作られたのでしょうか。その大きな要因は2015年に他界した建国の父、リー・クアンユー元首相の存在、政治手腕にあることはほぼ間違いないでしょう。この国は今から51年前の1965年にマレーシアから独立していますが、中華系住民が多いこの島とともに行政を担当していたリー氏がマレーシアから切り離されたというのが実態のようです。2015年の建国50周年の記念行事の際にも、独立時に同氏が悔し涙する映像が度々流されました。

 

 リー氏が党首である人民行動党を中心に、エリートが引っ張り、戦略的なアプローチで国を豊かにし、その富を国全体で享受する国家運営が徹底されました。リー氏にはいくつものエピソードがあります。この国にクーラーを普及させたのも同氏だと言われ、一年中暑い気候がこの国の生産性向上を阻害していると考えたのがその理由だそうですが、普及どころか今ではどこに行ってもクーラーが効きすぎのように感じます。また、美しい庭の管理を社会規律の象徴と考え、シンガポールの緑化整備を推進し続けたのもリー氏だそうです。

 

 リー・クアンユー元首相は独裁的であったとも言われますが、非常に聡明で豪腕である一方、私心は微塵もなく、国の発展と国民のことを徹底的に考え抜いた結果として、この奇跡的な発展が実現できたのだと思います。同氏が目指した社会規律も大いに保たれており、地下鉄ではある程度混んでいれば次を待ち、高齢者には積極的に席を譲る姿をよく目にします。

 

 

マーライオンと建設中を含むビル群(筆者撮影)
マーライオンと建設中を含むビル群(筆者撮影)

 東京23区とほぼ同じ面積のこの島国は、中華系8割、マレー系1割強、インド系1割弱で構成される国民と、外からの移住者を含めた人口約540万人からなるモザイク国家です。資源を持たないこの国の戦略は、他のアジア諸国と差別化したインフラをベースに、外資規制を設けず、特定産業の税制優遇などで海外の企業・人材・技術を誘致し活用するというものです。これにより目覚しい発展を遂げたこの国の1人当たりGDPは現在5万5,000ドルと日本の1.4倍です。

 

 一方でシンガポールの物価は東京よりも高くなっています。身近なところでは、人気のある豚骨ラーメンは一杯が約1,800円もします。統計によっては、シンガポールは世界で最も物価の高い都市ですが、最近ではモノの価格に天井感が出ていて、不動産賃料が下がり続けているとの報道もあります。

 

 2016年の独立記念日後にマレー語、中国語、英語で行われた、リー・シェンロン首相の演説では「(既存の仕組みの)崩壊は新たな経済モデルへのチャレンジである」として、新たなビジネスモデルの追求が必要だと国民を鼓舞していました。今後とも持続的に成長するためには、現在の外資を活用する戦略に加え、自国発のイノベーションが必要であると捉えているのだと思います。

 

 最近街中でウーバー、フードパンダ、デリバルーなどの宅配会社の出前バイクをよく見かけます。共働き文化の中でさまざまな飲食店のデリバリーサービスが最近流行していますが、各社は特定の店と独占契約をすることが許されていないそうです。シンガポールはこんなところにも競争原理を働かせ、世界の中で勝ち残ろうとしているのです。

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