2025年11月13日 (木)
[南アフリカ(南ア)]
11月12日、財務省は政府の中期的な財政指針を示す「中期予算政策(MTBPS)」を公表した。ゴドングワナ財相は演説の冒頭で、「南アが直面する最も差し迫った課題は、雇用創出と貧困削減のために経済成長を加速させることだ」と発言。成長のボトルネックとなっている電力や物流の構造改革を政府が進めることにより、2026~28年の平均実質GDP成長率は1.8%と、2025年の1.2%を上回るとの予測を示した。
今回のMTBPSで最も注目されていたのは、7月に準備銀行(SARB)が方針を発表していたインフレ目標の引き下げだ。ゴドングワナ氏は南アのインフレ目標はSARBの方針に合意する形で、インフレ目標を3~6%から、3±1%に引き下げた。目標の見直しは2000年の導入以来、初めてで、今後2年間にわたり適用される。同氏は、低いインフレ目標は、期待インフレ率を低下させ、金利引き下げの余地を生み(現在の政策金利は7.00%)、それにより(中長期的には)経済が安定し、家計と企業投資が促進されて経済成長と雇用促進を加速させると説明。その一方で、短期的には実質金利のプラス幅の増加により、貯蓄が優先され、南アのGDPの6割強を占める個人消費や、企業の設備投資も縮小が予想されることから名目GDPと歳入の成長を鈍化させ得ると指摘。2025/26年度の公的債務対GDP比は5月の予算案発表時点の77.4%から77.9%に悪化するとの見通しを示した。しかし、同氏はインフレ目標の見直しによる長期的な利益は、短期的なコストをはるかに上回ると述べ、公的債務は2033/34年度までに67.9%まで低下するとの見通しを示した。
今回のインフレ目標見直しの発表に対して、市場はおおむね好意的に反応している。通貨ランドは発表後に、対ドルで0.7%上昇して1ドル=17.05ランドとなり2025年内の最高値をつけた。ヨハネスブルグ証券取引所(JSE)の株価は1.5%上昇し、ランド建て10年物国債利回りは8.7%に低下。短期的には政府の予測どおり、歳入の減少と名目GDPの低下により公的債務はわずかに拡大するが、資金調達コストの低下が歳出(利払い)減をもたらし、財政への負の影響を相殺する可能性がある。11月12日付の英・FT紙は、今回のインフレ目標の引き下げは、南アの主要輸出品であるプラチナや金の価格高騰により輸出が好調で、通貨ランドの上昇が続いている時期の発表だと指摘。そのうえで、(マクロ経済環境の改善を受けて)格付け大手S&Pが11月14日に発表を予定している南アのソブリン格付けをBB-から引き上げる場合は、さらに南ア経済にとって追い風となるとの見解を示している。今回のMTBPSの発表は、2024年の連立政権発足以来、最大政党「アフリカ民族会議(ANC)」主導の財政政策に異を唱えてきた、連立内第二党「民主同盟(DA)」すら「DAが推進してきた債務削減も盛り込まれており、評価すべき点が多い」と好意的な声明を発している。
国際通貨基金(IMF)は、MTBPS発表前の11月7日に「南アのインフレ目標の引き下げがもたらすマクロ経済への影響」と題する報告書を公表し、南アがブラジルやチェコ、インドネシアといった最近インフレ目標の引き下げを行った他の新興国と比べても高いインフレ目標を設定していると指摘。IMF独自のシミュレーション・モデルにより、「低いインフレ目標への移行が、中期的には民間部門と政府の投資・生産を支え、資金調達コストを削減し得る」と南ア政府の金融政策の方針を追認していたことも、今回の南ア政府の決断に影響を与えた可能性がある。また、IMFは中銀の独立性が高く、信頼性が高いほど、政策変更(インフレ目標引き下げ)による短期的なコストは低くなるとし、SARBの独立性を保つことが南ア経済にとってポジティブに働くことを暗に示している。
[ブラジル/米国]
米国とブラジルの関税交渉においては、テクノロジー分野と重要鉱物の取り扱いが中心的な課題となっている。米国の交渉担当者は、広範な商業問題を後回しにしつつ、ブラジルのハイテク企業に対する規制緩和と、重要鉱物に関する協力の強化を優先している。
トランプ政権の方針として、ブラジルに対してエタノール関税の引き下げ要求は継続される見込みだが、交渉の主要課題にはなっていない。仮に米国がブラジル産のコーヒーや牛肉に対する関税を減免する場合、それはブラジル側の要求に応えるためではなく、米国内の業界や政治的圧力に対応するためと見られている。
一方、ブラジルのルーラ政権は、米国によるブラジル製品への追加関税を撤廃し、世界的な標準である10%程度の相互関税水準に戻すことを目指している。これはブラジルにとって重要な交渉目標であり、輸出競争力の回復に直結する。
重要鉱物に関しては、ブラジルは国内での鉱物加工への投資を含む協定の締結を模索している。ただし、米国がオーストラリア、日本、ウクライナと締結したような包括的な協定をブラジルと締結する可能性は低いとみられている。
テクノロジー分野では、交渉の主導権を業界企業が握っている。米国がブラジルのハイテク企業に対して「より良い条件」を求めているが、その具体的な内容は明らかになっていない。ただし、業界側は懸念点の解消に向けた取り組みを進めており、これらの課題はより広範な合意の中に含まれてくる可能性がある。
米国とブラジルの交渉は、従来の貿易全般から特定分野へと重点移行が進んでおり、特にテクノロジーと資源分野における戦略的連携が今後の焦点となる。両国の利害が一致する分野では進展が期待される一方で、関税や投資条件をめぐる隔たりが交渉の障害となる可能性も残されている。
[英国]
EUと英国間の関係を再構築する「リセット」交渉は、2025年5月のウィンザー首脳会談で合意の枠組みに基づき、現在も進行中である。両者は、ブレグジット後の協力関係を再定義し、貿易摩擦の緩和やエネルギー市場の再統合、教育・防衛分野での連携強化を目指している。しかし、交渉は順調とは言い難く、特に財政負担をめぐる対立が大きな障害となっている。
EU加盟国は、英国との交渉開始に向けた指針に合意したが、エネルギー市場の再統合の見返りとして、フランスなどが英国に資金拠出を求める一方、ドイツやオランダはこれに慎重な姿勢を示すなど、EUも一枚岩ではなく、公式声明では「適切な財政貢献」という柔らかい表現に変更された。
また、英国が求めるエラスムス+(EUの学生交換プログラム)への再参加に関しても、資金面での折り合いがついていない。英国は拠出金の50%割引を希望しているが、EU側は30%を主張している。
さらに、防衛分野では、EUが進める1,400億ユーロ規模の軍備再建プログラム「SAFE」への英国の参加をめぐり、67億ユーロの拠出要求が新たな火種となっている。英国はこの金額に難色を示しており、フランスは他の加盟国を巻き込んで高額な参加費を課す方針を固めている。英国は11月末までに参加の可否を決定しなければ、SAFEプロジェクト入札の機会を失う可能性がある。
こうした財政負担での対立は、交渉全体の雰囲気を悪化させており、英国側の「費用対効果」を重視する姿勢については、財政的に厳しい状況にある加盟国の反発をまねくことや、英国に例外を認めれば、ノルウェーやスイスも同様の待遇を求める可能性が懸念されている。
ただし、双方ともに合意形成への意欲は示しており、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「相互に有益な結果を達成するために協力していく」と述べ、英国も、EUとの建設的な関係構築に取り組む姿勢を明確にしている。
交渉は長期化する可能性が高いとみられているが、政治的な駆け引きの中で英国がどこまで財政負担で譲歩を受け入れるか、そしてEUがどこまで柔軟な対応を取るかが注目される。
[日本]
日本銀行によると、10月の国内企業物価指数は前年同月比+2.7%だった。上昇率は、9月(+2.8%)からやや縮小したものの、6月以降、2%台後半を推移している。内訳をみると、農林水産物(+31.4%)が、9月(+31.9%)並みの上昇ペースを維持した。コメ価格の高止まりなどがあるとみられる。非鉄金属(+11.8%)や飲食料品(+4.8%)の上昇も目立った。一方で、化学製品(▲3.8%)や鉄鋼(▲6.9%)、石油・石炭製品(▲0.8%)が低下した。電力・都市ガス・水道(▲0.5%)は9月の上昇(+0.6%)から低下に転じた。
輸入物価指数(円ベース)は▲1.5%と、9か月連続でマイナスになった。契約通貨ベースは▲2.5%であり、円安要因が円ベースの輸入物価の低下を縮小させた。輸入物価指数(円ベース)の内訳をみると、石油・石炭・天然ガス(▲9.4%)、化学製品(▲4.6%)と低下した。これまでの資源エネルギーの低下が表れたのだろう。
乗用車の輸出物価指数の契約通貨ベースのうち北米向けは▲13.6%だった。下落率は9月(▲19.2%)から縮小して、4月以来の小ささになった。また、円ベースの北米向け乗用車(▲12.6%)も、9月(▲16.7%)から縮小した。米国の日本からの自動車輸入の関税率が9月4日の大統領令で15%に引き下げられた影響が表れたとみられる。
[イラク]
11月11日、イラクでサダム・フセイン政権崩壊後6度目となる議会選挙が実施された。一部の地域で軽微な混乱や不正投票の試みが報告されたものの、選挙はおおむね平穏かつスムーズに行われた。登録有権者数は約2,140万人。今回の選挙には7,743人の候補者が立候補し、定数329議席を争った。イラク選挙法では、議席の25%(83議席)が女性に割り当てられ、さらに9議席が少数派(キリスト教徒、ヤズディー教徒など)に配分されることが定められている。
国民の政治不信に加え、シーア派の有力政治家で宗教指導者でもあるムクタダ・サドル師が支持者に選挙ボイコットを呼びかけたことなどから、当初は投票率が過去最低の2021年選挙(41%)を下回るとの見方もあった。しかし選挙翌日の12日、イラクの独立高等選挙委員会(IHEC)は、全国で約1,200万人が投票し、投票率は56.1%に達したと発表した。これは、前回よりも投票者数が増えたことに加え、母数となる登録有権者が減少したことも影響しているとみられる。地域別では、クルド自治区を含む北部やスンニ派の多い中西部で投票率が高く、シーア派が多い南部地域では低調であった。
スーダーニ首相率いる「復興と開発」ブロックは、南部を中心に8州で首位に立ち、首都バグダッドでも投票率約20%を獲得し、2位以下を大きく引き離した。スンニ派地域では、ハルブーシ元議会議長が率いる「タカッドゥム」が支配力を維持し、主要なスンニ派勢力としての地位を確固たるものにした。クルド地域では従来通り、クルディスタン民主党(KDP)がドホークおよびエルビルで優勢を保ち、クルディスタン愛国同盟(PUK)がスレイマニヤとキルクークで首位を維持している。
今後の手続きとしては、最終結果の発表後、イラク最高裁判所が選挙結果を承認し、その後15日以内に新議会が初会期を開いて議長(慣例によりスンニ派)を選出する。さらに、議長選出から30日以内に大統領(慣例によりクルド人)を選出し、大統領は15日以内に首相候補(シーア派)を指名する。首相候補は指名後は30日以内に内閣構成を議会に提出し、承認を得なければならないとされている。もっとも、政治的な駆け引きや宗派間協議の難航により、このプロセスはしばしば大幅に遅延する。前回2021年の選挙後も同様に協議が長期化し、スーダーニ政権の正式発足は選挙から約1年後となった。
[米国/中国]
ロイター通信は、事情に詳しい複数関係者の話として、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)が、数千社に及ぶ部品サプライヤーに対し、中国からの部品・原材料調達を段階的に廃止するよう指示したと報じている。背景には、2025年を通じて激化した米中間の貿易摩擦、関税、レアアースや半導体の供給不安があり、GMは「供給網のレジリエンス」確保を最優先としている。
記事によれば、GMは一部サプライヤーに2027年までに中国との供給関係を解消する期限を提示した。地域別生産に合わせた調達を原則とし、北米工場向けの部品は北米、あるいは中国以外の国からの調達を求めている。中国以外にも、米国の安全保障上の制限対象となるロシアやベネズエラなども調達先から除外される。
同社は過去数年、EV用バッテリー素材や半導体などで中国依存を縮小してきたが、今回の指示はより広範で、ライト、電子部品、工具・金型など基本部品にも及んでいる。しかし、中国が長年にわたり築いてきた膨大な部品供給網は代替が難しく、サプライヤー側からは「数十年かけて形成したサプライチェーンを数年で解消するのは不可能」という声も上がっている。
2025年、米中は一部の関税撤回で合意したものの、レアアース規制強化や中国系企業ネクスペリアの出荷停止騒動など、サプライチェーンをめぐる不確実性は依然として高い。こうした中、自動車各社は中国依存のリスク低減に奔走している。
GMの動きは米国自動車産業全体に広がる「脱中国化」加速の象徴だが、サプライチェーンの再構築には時間と巨額コストが伴うとみられる。
[ロシア]
11月12日、ロシア財務省は、「12月8日に期間3~7年の初の人民元建て国内債を発行する」と明らかにした。発行額は12月2日開始の需要調査を踏まえて決まる。ロイター通信は、複数の市場関係者の話として、最大4,000億ルーブル(約7,600億円)の発行を計画していると伝えた。人民元とロシア通貨ルーブルで購入できる。米国による制裁対象のモスクワ証券取引所で取引するため、外国投資家は購入が難しい。中国企業との取引でロシア国内に積み上がった人民元の運用先としての投資を見込んでいるもよう。ウクライナ侵略の長期化で財政赤字が膨らむなか、中国へのエネルギー輸出で人民元を大量に保有する企業などからの資金調達を図る。ロシアは2025年の財政赤字が国内総生産(GDP)比2.6%と、2024年の同1.7%から膨らむ見通し。
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