2025年11月10日 (月)
[中国/EU/オランダ]
欧州連合(EU)は、中国商務部との協議の結果、オランダ拠点の半導体メーカー、ネクスペリア製チップの対欧州輸出が再開される見通しになった。11月上旬、EUのシェフチョビッチ委員(通商・経済安保担当)は、「民生用途(非軍事目的)」と申告された半導体に限り、中国は輸出ライセンスを免除する方針を示したと発表した。これにより、10月以降滞っていたチップ供給が段階的に回復する見込み。
ネクスペリアをめぐっては、オランダ政府が9月末に同社の経営陣を解任し事実上の管理下に置いたことをきっかけに、中国が報復として同社製のチップ輸出を停止した。同社は約7割のチップ加工・検査工程を中国国内で行っていたため、欧州の自動車産業は深刻な供給不安に陥り、欧州の自動車メーカーは代替供給先の確保に奔走した。EU側は「最悪のシナリオを回避する必要がある」として中国側との交渉を加速させていた。
中国商務部は声明で、民生用途の申告がある場合に限りライセンス免除を認めると確認した一方、「混乱の原因はオランダ側にある」と批判し、EUに対しオランダ政府へ「誤った措置の是正」を促すよう求めた。EU側はこれに対し、「持続的で予測可能な枠組みづくりに向けて中国・オランダ両当局と緊密に協議を続ける」との立場を示している。オランダ政府は、ネクスペリアに対する経営管理を解除することを検討しているとの報道がある。
今回の合意により、欧州の車載用チップ供給網はひとまず安定化に向かう見通しだが、「民生用途」の範囲や申告手続きなど運用面の詳細は依然として不透明だ。欧州では安全保障上の懸念から中国資本による半導体企業の買収に厳しい目が向けられており、ネクスペリア問題は、経済安全保障と産業サプライチェーンのバランスをどう取るかというEU全体の課題を改めて浮き彫りにした。
[米国]
NY連銀の10月の「消費者期待調査」によると、1年先の期待インフレ率は3.2%となり、9月(3.4%)から低下した。それに対して3年先、5年先の期待インフレ率はともに3%で、前回と同じだった。1年先と3年先は相互関税が発表された4月から低下している一方、5年先は拡大しており、物価の高止まりが継続するという見方になっている。
また、ミシガン大学の11月の「消費者調査」によると、1年先の期待インフレ率は4.7%と9月(4.6%)からやや拡大した。ここ4か月は4%台後半を推移している。5年先の期待インフレ率は3.6%であり、9~10月(3.7%)から小幅に縮小したものの、3%台半ばから後半で推移している。
なお、消費者信頼感指数(1966年Q1=100)は50.3だった。10月(53.6)から低下、市場予想(53.2)を下回り、2022年6月以来の低水準になった。内訳を見ると、景気の現状を示す現況指数は52.3(9月から▲6.3pt)へ、先行きを表す期待指数は49.0(同▲1.3pt)へそれぞれ9月から低下した。連邦政府の一部機関の閉鎖などもあり、消費者マインドが悪化している。
[米国/重要鉱物]
11月6日、米国内務省傘下の米国地質調査所(USGS)が2025年の重要鉱物リストの最終版を発表。前回更新の2022年版でリストされた50品目に10品目が新たに加わり、計60品目となった。内務省の重要鉱物リストは連邦政府の投資と認可決定の指針となる。
2020年エネルギー法は「米国経済・国家安全保障に不可欠」「混乱に対してサプライチェーンが脆弱」で「製品の製造において不可欠で、欠如すると米国経済・国家安全保障に重大な影響を及ぼす」鉱種を重要鉱物と定義。鉱物商品のサプライチェーン・市場・リスクは時間とともに変化するため、政府はUSGSに対し、重要鉱物リストを少なくとも3年ごとに更新することを義務付けている。2025年版では、①対外貿易混乱シナリオが米国経済に及ぼす潜在的影響を定量化した経済効果評価、②鉱物商品のサプライチェーンが単一国内生産者に依存し、障害となる可能性の有無の検証、が行われた。
2025年版で新たに追加されたのは銅・銀・鉛・ウラン・原料炭・リン酸塩・カリ・レニウム・シリコン・ホウ素。8月26日に発表された草案では銅・銀・鉛を含む6品目を追加し、2品目(ヒ素・テルル)の削除が推奨されていたが、国防総省(戦争省)はヒ素とテルルは国家安全保障上重要と指摘。エネルギー省は鉄鋼生産・エネルギー・防衛分野で使われるという理由で原料炭とウランを推奨した。農務省は食糧安全保障における重要性を理由にリン酸塩の追加を推奨。また意見公募を通じて受け取った新たな情報に基づき、ホウ素(ボロン)も追加された。
[米国/G20/サブサハラ・アフリカ]
11月8日、トランプ米大統領は自身のソーシャルメディアTruth Social上で、11月22~23日に南アフリカ(南ア)・ヨハネスブルグで開催されるG20首脳会議に米国政府高官は誰も出席しない、と投稿した。トランプ大統領は「G20が南アで開催されるのは全くの恥だ(disgrace)」と述べ、「南アでアフリカーナー(オランダ、ドイツ、フランス系入植者の子孫)が虐殺されるなど人権侵害が続いている」と、かねてからの主張を繰り返した。また、トランプ大統領は「2026年のG20を米フロリダ州・マイアミで開催できることを楽しみにしている」と投稿を締めくくった。
南ア政府はトランプ大統領の同投稿内容を「遺憾」だとし、政府としてアフリカーナーが迫害に直面しているという主張は、事実によって裏付けられていない、とトランプ大統領の主張を一蹴した。トランプ大統領は1月の就任直後から同様の主張を繰り返し、アフリカーナー「難民」の米国への受け入れを行ったほか、5月にホワイトハウスで開催された米・南ア首脳会談においても「白人虐殺の証拠」を公の場で見せつけるなど南アへの個別攻撃を続けている。G20サミットには米国からヴァンス副大統領が出席を予定しており、数か月にわたり準備を続けてきたとみられるが、このトランプ大統領の発言により南アへの渡航(ヴァンス氏はケニアも訪問予定と報じられていた)を断念したとみられる(11月9日、南ア・Daily Maverick紙等)。
トランプ大統領の執拗なまでの「白人虐殺」の主張は、同氏の支持率の低迷が続く中で、同氏の支持基盤である保守系のプロテスタント・福音派向けのアピールともみられている。11月2日には、同じくTruth Social上で、「ナイジェリアのキリスト教徒がイスラム系過激派に虐殺されている」と主張。同国を、「深刻な宗教的侵害に関与している」とみなす「特に懸念すべき国(country of particular concern:CPC)に再指定したほか、米軍の軍事作戦展開も辞さない発言を行った(11月2日付デイリー・アップデート参照)。イスラム教徒のティヌブ大統領は「宗教の自由と寛容はナイジェリア国民のアイデンティティの中核であり、(トランプ大統領の主張は)実態に即していない」と批判した。同氏は米国で高等教育を受けた人物(シカゴ州立大学卒)で親米路線をとっており、また夫人はナイジェリア国内で著名な福音派・ペンテコステ派の牧師であることから、トランプ大統領のナイジェリア批判は寝耳に水だったとの見方がある(11月8日付、米WSJ紙)。
南アフリカの場合もトランプ大統領が提示した「根拠」は大きな疑義を呼んだが、トランプ大統領の苛烈な主張や判断材料には同氏の「側近」の影響が大きいとみられる。南アの場合は当時親交が深かった南ア出身のイーロン・マスク氏らの関与が大きかったとみられるが、ナイジェリアのケースではトランプ大統領の個人的宗教アドバイザーでもあるテレビ伝道師(TV evangelist)のポーラ・ホワイト=ケイン氏や、ナイジェリア系レバノン人実業家でトランプ大統領顧問を務めるマサド・ブーロス氏(同氏の息子はトランプ大統領の次女と結婚)の意見も参考にしているとの見方がある(11月8日付、WSJ紙)。特に前者に関しては、第1期トランプ政権でも「宗教顧問」に任命されており、トランプ2.0発足直後の2月にホワイトハウスに新設された「信仰局」の上級顧問に就任した。ホワイト氏は米国で最も影響力のある福音派伝道師のひとりであり、2020年の前々回大統領選では、トランプ大統領再選のためにナイジェリアで説教を行っている。この時のナイジェリア国内でのキリスト教徒殺害(実際にはボコハラム等イスラム系過激派による犠牲者はイスラム教徒の方が多い)の事実をホワイト氏はトランプ大統領に報告。その直後にナイジェリアをCPCに指定したとみられている(その後、バイデン政権で解除)。
ホワイト氏のトランプ大統領および米国の対アフリカ政策への影響はナイジェリアだけにとどまらない。11月8日付の仏・ル・モンド紙によると、ホワイト氏は11月4~11日の日程でガボン、ルワンダ、コンゴ民主共和国(DRC)を訪問している。同氏は「個人的な立場」で訪問を行っていると説明しているが、同紙は「ホワイトハウスチームはホワイト氏のアフリカ訪問のために熱心に準備し、日程も慎重に選んだ」との見解を示している。特にルワンダとDRCは米国の仲介により6月に和平合意に署名し、米国の重要鉱物などの権益獲得も含めた「地域経済統合枠組み(REIF)」の署名を控えている。REIFの署名のため11月13日~15日の間に両国の首脳がワシントンを訪問する予定(当初の計画では10月だった)との報道もある中でのホワイト氏の両国訪問は、事実上の「つゆはらい」との見方もできる。ホワイト氏は6月の和平合意の署名式にも同席していた。
特にDRC東部での紛争においては、越境してルワンダ軍を派遣していることを否定するルワンダのカガメ大統領に対し、DRCのチセケディ大統領は苛立ちと不信感を示し続けてきた。しかし、チセケディ氏自身がペンテコステ派の熱心な信者である上に、同氏はホワイト氏と同じ「精神的な父(spiritual father)」としてガーナのカリスマ的TV伝道師のダンカン=ウイリアムズ氏(フェイスブックのフォロワーは170万人)を持っている共通点もあることから、ホワイト氏が両大統領の仲を取り持っている可能性もある。また、人口1億1,000万を有するDRC国内ではペンテコステ派信者が10年で3倍に急増しているといった背景もあり、トランプ大統領に近いホワイト氏を通じた米国でのDRCの影響力拡大を期待する声もあるようだ。
南ア、ナイジェリア、DRCの例は、トランプ大統領の政治と宗教の緊密さが、米国のアフリカ各国へのアプローチにも影響している事例と言える。
[米国/中央アジア]
2025年11月6日、米国ワシントンにて「C5+1サミット」が開催され、中央アジア5か国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)と米国の首脳が参加した。本サミットは、経済、安全保障、エネルギー、環境分野における協力強化を目的としており、2015年に閣僚レベルの会議として発足し、2025年で10年の節目に当たる。前回の2023年9月も、米ワシントンでバイデン前大統領との同様な会談があった。
今回のサミットに先立って米国とカザフスタンは、二国間におけるおよそ170億ドル(約2兆6,000億円)に上る合意文書に署名した。トランプ大統領は自身のSNSに、今回ウズベキスタンとの新たな貿易・経済協定締結に合意したと投稿した。この協定の下、ウズベキスタンは米国の主要産業に多額の投資を計画しており、今後3年間で約350億ドル(約5兆2,500億円)を米国に投資し、今後10年間では1,000億ドル(約15兆円)以上に投資する予定。これらの資金は、重要鉱物、航空、自動車部品、インフラ、農業、エネルギー、化学、情報技術などの分野に向けられるとしている。一方、タジキスタンとは、詳細は不明ながら、米国とのビジネスフォーラムで、交通、投資、技術移転などに関する複数の協定が締結されたもよう。
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2025年10月31日(金)
『日刊工業新聞』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2025年10月29日(水)
『日刊工業新聞』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2025年10月22日(水)
『日本経済新聞』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2025年10月15日(水)
『日経ヴェリタス』に、当社シニアアナリスト 鈴木 直美が寄稿しました。 - 2025年10月14日(火)
『日刊産業新聞』に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行のコメントが掲載されました。
