「不足の嵐」の前兆 ~物理的不足の裏で進む、もう一つの不足

この1か月、世界は再び息の詰まるような状況に直面しています。
イランをめぐる情勢は緊張を増し、ホルムズ海峡封鎖という最悪の状況が、現実のリスクとして強く意識されるようになりました。世界のエネルギー海上輸送における要衝の不安定化は、原油やLNGのみならず、ヘリウムやナフサ(粗製ガソリン)といった重要物資の流通にも影響を及ぼし、文明を支えるサプライチェーンの根幹を揺るがしています。
1月のコラムで触れた水や米の不足は、今や中東情勢を発火点とした広範な「供給不足の嵐」へと変貌しつつあります。物理的な資源の制約は、近年進んできた経済安全保障の動きと相まって「持てる者」と「持たざる者」の分断をさらに際立たせています。その動きが更に加速し、争いが深くなっていく恐れを予感させます。
こうした目に見える物資の不足に直面する中で、もう一つ、最近気になる「不足の芽」を感じています。
テクノロジーの進展が私たちの行動様式にもたらすかもしれない、負の側面です。個人の閲覧データをアルゴリズムで処理した広告やおすすめ記事など、日々押し寄せる情報洪水とSNSによる増幅などで、我々の「注意力」を細切れに分断します。人は考える前に反応し、理解する前に消費するようになりつつあります。リモートワークやデジタル化が進んだことで、かつては対面の議論から生まれていた「言葉の行間を読む力」や「相互信頼」も、急速に損なわれているように感じます。
資源や原料などの「目に見える不足」が社会を不安定にするのだとすれば、「思考」と「対話」の不足は、そうした危機に向き合うための判断力そのものを鈍らせるとも言えます。前者が危機を引き起こし、後者がそれを乗り越える力を奪う、その二つが同時に進行しているのではないかと考えてしまいます。
人材不足が叫ばれる現場でも、効率的な管理や画面越しのコミュニケーションが優先される中で、丁寧な指導や相互理解の機会は減少しつつあります。「熱量」という、人と人との間に生まれるエネルギーの供給が細れば、どれだけ物資を備蓄しても、荒波を越える力は生まれにくくなるように思います。
この3月、日本でも映画が公開された『プロジェクト・ヘイル・メアリー』というSF作品があります。
人類存亡をかけた「不足」の極致において、主人公が最後に頼ったのは、最新兵器でも力でもなく、孤独な中での「熟考」と、異星人との間に築き上げた「対話」でした。身の回りに異なる二つの「不足の嵐」が現れたタイミングで、色々な示唆を受けました。改めて「立ち止まって、よく考える時間」と「目と目を合わせた対話」を増やして、最も人間的な資源を奪還しなければ、と思っています。
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