いつもとは違う地図
このところ欧州各国の政治や社会に関するニュースが増えています。背景は国によって異なりますが、そこで繰り返し取り上げられるテーマの一つが移民です。近年、欧州では移民に厳しい政策を求める声が強まり、移民政策が選挙戦の主要な争点の一つとなる国もあります。雇用や社会保障、社会統合や価値観の違いなど、受け入れ国が向き合う課題は少なくありません。日本でも在留外国人が増加する中、外国人との共生を巡る議論が活発になってきた印象があります。移民については、主に受け入れる国の目線で議論されることが多く、私自身もその傾向にあったのですが、当社の大井チーフアナリストによる『世界の移民の現状と経済的影響』(注1)を読むと、同じ問題が目線を変えることで、かなり違って見えることに気づかされました。例えると、「いつもとは違う地図」を見る感覚です。
UNDESA(国連経済社会局)によると、世界の移民人口は1990年から2024年にかけてほぼ倍増し、約3億人、世界人口の3.7%の規模に達しています(注2)。外国人労働者の比率は、アラブ諸国で38%、北米で20%、北・南・西欧では17%に上ります(注3)。またOECD19か国では、医師の28%、看護師の18%が外国生まれです。移民は一部の国が例外的に抱える問題ではなく、すでに世界の労働力を支える重要な基盤になっていることが分かります。人が国境を越えて動けば、お金も逆方向に動きます。2024年の国際収支統計では、海外居住者による送金なども含む個人間移転が世界で約6,000億ドルに達しました。主な受取国はインド、メキシコ、パキスタン、フィリピンなどです。低・中所得国から高所得国へ人が移動し、そこで得た所得の一部が逆方向へ還流する。ある国の移民政策が変われば、その影響は受け入れ国だけにとどまらず、送金を受ける国の家計や国際収支にも及びます。移民を国内の社会問題としてだけ見てしまうと、世界規模の経済循環を見落としかねません。
視点を引くだけでなく、見る場所を変えてみることも大切です。高橋シニアアナリストのレポート『イラン情勢緊張から半年後のアフリカ:(1)東アフリカ』(注4)も一例です。イラン情勢といえばわれわれの目にする報道は、イランと米国、イスラエルを中心とする中東の軍事・外交に焦点が当たりがちです。しかし東アフリカの目線に立つと、違う景色が映し出されます。東アフリカは石油精製品の約7~8割、肥料の約3~4割を中東からの輸入に依存しており、エネルギー価格上昇は、インフレや通貨安、金利、財政、そして人々の生活へ連鎖します。一方、東アフリカ諸国は影響を受けるだけの存在ではありません。危機を契機に、製油所や石油パイプライン、肥料工場、国境を越える送電網など、エネルギー安全保障を強化する事業も動き出しています。一つの紛争が離れた地域へ波及し、その地域で新たな投資や産業構造の変化を促す。地図を見る位置を移してみると、単なる「影響先」に見えていた地域が、変化を生み出す主体としても姿を現します。
また鈴木直美チーフマーケットアナリストの『米中首脳会談とコモディティ』(注5)は、米中関係を石炭、大豆、農産物、原油、LNG、レアアースなどの「モノ」の側から見た別の地図です。政治の地図では米中二国間の交渉に見えても、商品の流れを追うと、インドネシア、モンゴル、ブラジルなどの供給国や、米国産LNGの販売先となる国々が地図に加わってきます。対中関税が残る中、中国向けに直接輸入されない米国産LNGが、第三国へ販売されるケースも多く見られます。二国間の対立や合意が、第三国を巻き込みながら、世界の供給網を変化させていることが分かります。
普段見る世界地図には、国境が太線で描かれ、それぞれの国が違う色に塗られています。しかし現実の世界では、人が移動し、お金が戻り、資源や食料、エネルギーが別方向へ流れています。ある地域で起きた事象が、目に見えない線を伝って遠く離れた国の物価、金利、雇用、投資に波及しています。そう考えると、世界を俯瞰するとは、単に高いところから眺めるということだけではないのでしょう。少し引いて見る、立つ場所を変えてみる、ニュースの主語を国から人へ、モノへ、あるいは影響を受ける地域へ置き換えてみる。そうすることで、それまで画角の外にあったものも見えてきます。いつもと同じ地図だけで世界を見ないこと。複数の地図を重ね、見えなかったつながりを見つけること。それも、私たちSCGRが果たすべき役割の一つなのだと思います。
参照レポート
注1:「世界の移民の現状と経済的影響」(経済部 シニアアナリスト 大井二三郎 2026年10月26日)
https://www.scgr.co.jp/report/survey/2026102684776/
注2:UNDESA(国連経済社会局)出生国以外に居住する人口を集計。
注3:ILO(国際労働機関)https://www.ilo.org/
注4:「イラン情勢緊張から半年後のアフリカ:(1)東アフリカ」(国際部 シニアアナリスト 高橋 史 2026年9月28日)
https://www.scgr.co.jp/report/survey/2026092884163/
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