農業における持続的な土地利用の重要性
はじめに
世界で生産されている食料の95%(重量ベース)は土地に依存している。しかし、地球上の土地は無限の存在ではなく、劣化と呼ばれる土壌の機能低下の問題も指摘されている。本稿では国連食糧農業機関(FAO)の発行物(『The State of Food and Agriculture 2025』、『The State of the World’s Land and Water Resources for Food and Agriculture 2025』、『Land statistics 2001-2023』)や統計(FAOSTAT)等をベースに農業の基盤である土地について、主に食料生産の観点からみていきたい。
- 地球上の「土地」の利用状況
地球の表面は約3割(130億へクタール、以下ha)が陸地であり、そのうち農地は最大の37%(48億ha)を占める(農地以外では、「森林」が40億ha、「その他(砂漠、氷河、都市部等)」が41億ha)。農地の中では、作物栽培地が16億ha(耕作地14億ha、永年作物地2億ha[カカオ、パーム、コーヒー等])、永年草地・放牧地が32億haを占める。さらに、耕作地は単年作物地(小麦、トウモロコシ、コメ等)と一時的な休耕地・草地に分けられる(図表1)。
単年作物地、永年作物地、永年草地・放牧地を地域別にみると、陸地面積の地域別割合に比して、単年作物地や永年作物地は南アジア、東南アジアの割合が大きく(単年作物地は南アジア、永年作物地は東南アジア)、永年草地・放牧地は東アジア、中央アジア、西アジア、オセアニアが大きい(図表2)。
2001年以降2023年までの土地利用変化をみると、農地は0.7億ha減少した。そのうち、単年作物地は1.1億ha増加し、永年作物地も0.6億ha増加した一方、永年草地・放牧地は1.5億ha減少し、一時的休耕地・草地は0.8億ha減少した。森林も0.8億ha減少している(図表3)。単年作物地の増加と一時的休耕地・草地の減少は、農業の集約化や生産性の向上、永年草地・放牧地の減少は気候変動や過放牧との関連性が指摘されている。また、森林の減少の90%近くは農地の拡大によるものとされている。
地域別にみると、単年作物地が増加しているのはアフリカと中南米で、アフリカでは森林からの転換、中南米では草地・放牧地及び森林からの転換が進んでいる。永年作物地の面積が増えているのはアジア(東南アジア、南アジア)やアフリカである。また、オセアニアやアジア(東アジア、南アジア)、中南米では、永年草地・放牧地が減少している。森林破壊に対する問題意識の高まりや、地球温暖化に伴う砂漠化の進行等の可能性を踏まえると、作物栽培地の拡大に対する制約は、今後、さらに強まると考えられる。
- 「土壌」の機能と劣化
土地については、面積の制約と同時に土地の劣化(土壌の機能低下)の問題も見過ごせない。
土壌は多様な微生物を含む植物の生育の基盤であり、炭素(有機物)や水の貯留、生態系の維持等の機能を担っている。これらは相互に関係しており、例えば、土壌中の虫や微生物が有機物を分解する過程で、植物の成長に必要な栄養素(窒素等)が放出され、土の粒子が固まる(団粒化)ことで、土壌の通気性・透水性が高まり、保水力も向上する。
土壌の機能の改善は、農業以外にも広くメリットをもたらす。炭素貯留の強化はCO2を固定化することにより気候変動を抑制するほか(正常な土壌は50~300トン/haの炭素を固定可能[CO2換算で180~1,100トン/ha])、保水力の強化は治水・防災対策につながる(正常な土壌は3,750トン/haもの水の保持が可能)。また、豊かな生態系を持つ土壌は汚染物質の分解・浄化能力も高い。
しかし、人間の活動はこのような土壌の機能を低下させてしまう。過剰耕作は土壌の栄養分を減少させ、施肥も過剰であれば土壌の酸性化や水質汚染を招く。過剰な取水等は土壌中の塩分を土壌表面に集め(塩類集積)、農業の継続を難しくする。農薬の過剰散布等の不適切使用も土壌生態系のバランスを崩し、植物の生育にマイナスに作用する。最も懸念されるのは、過剰耕作や過剰放牧、森林伐採や焼き畑、山火事・野火等により表土がむき出しになり、風雨による土壌浸食・表土流出が進むことである。そうなると、土壌の栄養分は失われ、生物相も多様性を失う。劣化が進行するほど、回復には多大な時間とコストを要することになる。
FAOは、2020年時点で人為的要因による土地の劣化は16.6億haに達すると推計している。そのうち、作物栽培地は4.8億ha、永年草地・放牧地は5.6億haと推計されており、おのおのそれらの3割、2割弱にも相当する(図表4)。国連は、今後25年で劣化により世界の食料生産は最大12%減少する可能性があるとしている。また、今世紀に入り、約360万haの作物栽培地が毎年放棄されているが、その多くの背景に劣化があると推定されている。土地の劣化が、人間が利用できる土地の面積にも影響を及ぼすことが懸念される。
- 「土地/土壌」と農業生産性
食料の生産量を考える上で農地面積と並んで重要なのが、単位面積当たりの生産性である。1961年以降、農業生産指数(総合的な農畜産物の生産量を示す指数)は4倍近く増加しているが、農地(永年草地・放牧地および作物栽培地)は8%しか拡大しておらず、主要農産品の単位面積当たりの生産量は増加傾向が続いている(図表5)。また、個別の主要穀物についても、単位面積当たりの収量は増加傾向にあり、2024年の水準は1961年に比して、トウモロコシは3.0倍、米は2.5倍、大豆は2.5倍、小麦は3.3倍に増加している(図表6)。
FAOは農業生産の増加要因を、農地面積の拡大、灌漑(かんがい)の拡充、単位面積当たりの資機材投入の増加、そしてそれ以外の全要素生産性(技術進歩と管理向上、投入資源の効率的配分を組み合わせた効果)の4つに分けて分析しているが、その中で、1960年代から1980年代にかけては面積当たりの資機材投入量の寄与が大きい一方、1990年代以降は全要素生産性の寄与が大きくなっているとしている(図表7)。
このように農業は資機材の投入量の増加や効率性の向上により生産を伸ばしてきたが、化学品の利用や灌漑技術の発展、そして高生産性や効率性を目指した品種改良は土地や水資源に負荷をかけ、それらの劣化を招いた側面も持つ。FAOは、土地の劣化(土壌有機物減少、土壌水分減少、土壌侵食)が1%進行した場合の収量減は、低所得国が平均1.5kg/haであるのに対し、高所得国は約2.5倍の3.8kg/haと推計し(図表8)、高所得国では資機材の多用により劣化の影響を相殺しているが、それが生産性の低下やさらなる劣化、環境コストの増大につながる危険性を指摘している。他方、低所得国については、劣化だけではなく、資機材や金融サービス、市場へのアクセス等も問題であり、今後、近代化を進め、生産性を向上させる過程で持続不可能な道筋に陥らないようにしていくことが重要であるとしている。世界の耕地の52%で劣化の影響が出ているとされる中、この低所得国の生産性向上は、世界の食料需要の増加に対応していく上で1つの鍵となるとみられる領域である。
- 持続可能な土地利用に向けて
農地の拡大には限りがあり、土地の劣化も食い止めなければならない中、FAOは水や土地の利用を適切に管理することで、国連が予想する世界のピーク人口(2085年頃、約103億人)を賄うに必要な量の食料の生産は可能としている。経済合理性の問題や関係者間の調整、気候変動等立ちはだかる壁は多く、提唱されているような食料農業システムの転換へのハードルは高い。しかし、農業生産の継続、水資源の涵養、炭素貯留能力の向上、生物多様性の改善等、国際的な政策から農業従事者の創意工夫に至るまで、さまざまなレベル・方向性から土地の保全や土地利用変化の抑制に関する取り組みは行われている。
(1)土地の保全/土地利用変化の抑制
国際的な枠組みとしては、国連砂漠化対処条約(UNCCD)が、2030年までに世界の土地の劣化を食い止め、「土地の劣化の中立性」(生態系機能およびサービスを保持し、食料安全保障を向上させるために必要な、土地資源の量と質が、ある生態系もしくは空間において安定もしくは増進している状態)を達成することを目標としている。また、2022年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、2030年までに世界の陸と海の30%以上を健全な生態系として保全し、生物多様性の損失を食い止めて回復させる「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択された。賛同国による保全地域の策定は、開発によるさらなる森林や草原の減少を防止すると期待される。
各国・地域レベルでも法制整備がなされている。それらの多くが土地利用や農業を対象としているのに対し、EUの「欧州森林破壊防止規則」(EUDR)は、域内で流通する特定の農林水産品や派生製品について、生産過程で森林の破壊や劣化に関与していない旨証明を求めることで、流通側から規制をかけようとしている。現時点での対象は、森林への影響が大きい7品目(図表9)であるが、将来拡大される可能性もある。当初2024年末に予定されていた適用開始は、企業からの準備期間の延長要請等により2度延期されたが、大企業と中規模企業には2026年12月30日から、小規模企業には2027年6月30日からルールが適用される予定である。
(2)農業生産現場での劣化の防止・抑制
生産現場の取り組みも多岐にわたる。化学品の使用を控える有機栽培や、土を耕さない不耕起栽培等は、土壌生態系を乱さないことに重点を置いた栽培方法である。また、化学品を用い、土を耕して単一作物を集中栽培する慣行農法でも、同じ畑で同一の作物を繰り返し栽培する連作を避け、肥料になる緑肥の栽培や、一年目は大豆、二年目はじゃがいも、その後、小麦、てん菜というように異なる作物を栽培する輪作を行えば、土壌栄養分の減少や偏りを低減できる。作物の多様化は、土壌の健康だけではなく、収量や生物多様性、病害虫制御、水質等さまざまな方面に改善効果があるとされている。
土壌生態系の鍵である微生物の力を活かす資材も多い。例えば、バイオマスを炭化させたバイオ炭は、炭素を固定すると共に微生物の生息環境を改善する土壌改良剤だが、人為的に多くの微生物を定着させ、短期で土壌環境を改善できるよう設計された商品も登場している。農薬は、使用量が2001年以降世界で60%増加し、濫用による環境汚染やターゲットの耐性獲得が問題になっているが、病害虫や雑草の対策として、動物や虫だけではなく、微生物やウイルスの活用も見られる。生物の利用は、コストや作業性、効果の即時性・安定性、安全性等の課題があるが、進化が続くデジタル技術も活用し、作物や種子の選択、作業時期の調整等も含めてより良い組み合わせの探索が日々続けられている。
- 最後に
今後、世界の食料需要は拡大が見込まれるが、陸地の面積には限りがあり、環境保全の必要性や気候変動の影響等から農地の拡大には制約がある。また、高生産性や効率性を追求した、土地の力を超えた生産は、短期的な生産の増加と引き換えに土地の劣化(土壌機能の低下)と長期的な生産性の低下を招く。
FAOは『The State of the World’s Land and Water Resources for Food and Agriculture 2025』の副題を”The potential to produce more and better”としている。将来の持続性のためにも、農業には、土地の劣化の抑制(保全)と、生産性・効率性を両立させる、持続可能な土地の利用の模索が求められている。
以上
<執筆者アーカイブ>
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2026年6月23日(火)
ラジオNIKKEI第1『マーケット・トレンドDX』に、当社経済部長 本間 隆行が出演しました。 - 2026年6月16日(火)
『日本経済新聞(電子版)』に、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。 - 2026年6月15日(月)
『日本経済新聞(電子版)』に、当社経済部長 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2026年6月15日(月)
『日本経済新聞(電子版)』に、当社経済部長 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2026年6月1日(月)
『Bloomberg News』に、当社チーフエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。






