プーチン大統領来訪:3つの課題と交渉の行方

2016年12月12日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
アントン ゴロシニコフ

1.概要

 今週木曜日、2016年12月15日にロシア・プーチン大統領が来日する。安倍首相の地元、山口県長 門市で首脳会談を行い、翌日12月16日に両首脳は東京に移動し、首相官邸で昼食を取りながら再度会談し、その後、共同記者会見を行う予定である。また同日、プーチン大統領の訪日にあわせて東京都内で両国の企業関係者などが参加する経済フォーラム「日露ビジネス対話」(経団連などの主催)も開かれる予定である。今回、大統領職として11年ぶりとなるプーチン大統領の訪日だが、日露間における3つの課題:①平和条約の締結、②領土問題の解決、③経済協力の拡大について、今後の交渉の行方が注目される。

 

【図表1】ロシア プーチン大統領訪日と日露間における課題

【図表1】ロシア プーチン大統領訪日と日露間における課題(出所:各種報道資料を基に住友商事グローバルリサーチ作成、写真:Wikimedia Commonsより)

 

2.平和条約交渉・領土問題

 第二次世界大戦後、70年以上に続いている北方領土問題だが、帰属を巡る日露の立場の隔たりは依然として埋まっておらず、両国間における正式な平和条約は未締結のままである。日本政府の基本的立場は、【図表1】左側の地図に示した通り4島返還である。但し、日本への帰属が確認されるのであれば、実際の返還の時期及び方法については、柔軟に対応することが可能であると発表している。これに対し、4島を実行支配しているロシア・プーチン大統領は「北方領土支配は戦争の結果である」と主張する一方で、「いずれの国も損したと感じない「引き分けで」という、妥協案を見つける余地がある」とかつて明言している。

 

 そして、プーチン大統領が唯一、有効性を認めたのは、平和条約締結後に2島、色丹島と歯舞群島を日本に引き渡すと明記した1956年の日ソ共同宣言であり、両政府がこれは「交渉の出発点」であると確認している。両首脳はそれを領土交渉の起点に置き、今回の山口首脳会談で互いに受け入れ可能な着地点を探っていくであろうと思われる。

 

 

3.日露経済協力

 いき詰まった領土交渉の打開を目指す安倍首相は2016年5月、プーチン大統領とのソチ首脳会談で一つの解決策として、今までの発想にとらわれない、未来志向で取り組む「新しいアプローチ」と「8項目の経済協力プラン」をロシアに提案した(【図表1】右側の表を参照)。プーチン大統領はこれを歓迎したが、今回、平和条約交渉でカギとなるのが日露の経済協力の行方である。

 

 経済面については、日本側がソチ首脳会談で「8項目の経済協力プラン」を提案し、両政府はこの半年でプランの実現化に向けて相互利益につながる、より具体的な経済協力案件を絞り込んできた。詳細は非公開だが、主な内容は【図表1】右側の表に示した通りである。山口首脳会談後の翌日、12月16日に東京都内で開催される日露ビジネスフォーラムではこの「8項目の経済協力プラン」を中心に、日露の民間及び国営企業で交流が行われる予定である。今回の協力案件リストにはエネルギー資源開発関連の案件のみならず、国民生活に密着したプロジェクトがちりばめられており、例えば、①医療・健康・寿命ではロシア国内の医療水準の向上や、②都市づくりでは南部ボロネジ市などで交通システムや上下水道など整備するモデル事業なども含まれている。しかし、1案件毎の規模は決して大きいものではなく、来日するプーチン大統領の期待に添うものになるか、最終的に北方領土問題解決のいわゆる「見返り」になるかは疑問である。また、実際に協力プロジェクトに参加するのは、商社を主とする日本の民間企業であるため、事業としての収益性の確保や、欧米による制裁措置の適用対象にならないことが参加条件となる。

 

 

4.思惑のギャップ

 次に【図表1】の下部に示した通り、二国間における信頼に基づく強い協力関係の構築に懸念がある。経済協力と領土問題解決を結び付けたい日本政府の思惑に対し、それを切り離したいロシア側との思惑のギャップが残っている。ロシアは日本との長期的で高いレベルの信頼関係の構築や、長期にわたる相互補完的な経済関係の構築を強く望んでいる。

 

 

5.対ロシアの日本・中国の経済関係・人的交流の比較

 次に、ロシアの対日・対中の経済関係・人的交流について比較してみる。プーチン大統領は「ロシア・中国間で築いた現在の『強い信頼関係』を、日本との間にも構築できれば、互いに受け入れ可能な妥協点を見いだせる」と発言している。中国とロシアはかつて、ロシア極東の国境地帯沿いにおける未確定領土の問題を抱えていたが、40年間の交渉を経て、2004年に国境を画定し解決した。それが可能となった何よりの理由は前例のないレベルの中国とロシアの協力関係である。

 

 現在、中国はロシアにとって特権的戦略パートナーである。中国は2010年からロシアの最大の貿易相手国となり(日本は現在7位)、【図表2】で示した通り、中国の対ロシアの対外直接投資額(FDI)は日本を大きく上回っている。ビジネス拡大の基本条件である二国間の人的交流も活発化しており、【図表3】に示したように、毎年ロシアを訪れる中国からの訪問者の数は約100万人に対し、日本は10万人以下である。日本のロシアに対する関心の低さの表れとも言えるだろう。

 

【図表2】日本・中国の対ロシア直接投資

【図表2】日本・中国の対ロシア直接投資(出所:JETRO、中国商務部 対外直接投資2015年より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

【図表3】ロシアへの日本・中国からの訪問者数

【図表3】ロシアへの日本・中国からの訪問者数(出所:ロシア観光庁データを基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

6.最後に

 今回の山口首脳会談は事前に大きな成果への期待感が高まりすぎているという懸念がある。ロシアでは北方領土を引き渡すべきではないと考えている声が圧倒的に多いのは事実である。両国の信頼及び経済関係が大きく拡大し、プーチン大統領の考える戦略的な関係を結べるステージに現在あるのか、いつそうなるのかが、ポイントになると考えている。

 

以上

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。