王族・閣僚などの大量逮捕で揺れるサウジアラビア

2017年11月13日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

はじめに

 サウジアラビア(以下、サウジ)で約1週間前に始まった王族や閣僚の大量逮捕について、その背景と今後への影響を解説する。

 

 

1.大量逮捕までの経緯

 まず2017年11月4日土曜日に、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(以降、ムハンマド皇太子)がトップを務める汚職対策委員会が、サルマン国王の勅令によって設置された。そしてその数時間後から摘発が始まり、首都リヤドの5つ星ホテルであるリッツカールトンに逮捕者は連行された。翌11月5日の報道で、王族11人と、4人の現職閣僚を含む元閣僚や副大臣経験者、著名ビジネスマンなど38人以上が汚職の罪で逮捕されたとの情報が流れた。

 

 公式には、政府は逮捕者の名前を発表していないが、現在までに明らかになった情報によると、逮捕者は200人以上に上り、王族では総資産170億ドル以上といわれ「アラビアのウォーレン・バフェット」の異名をとる著名な投資家であるアルワリード王子、アブダッラー前国王の息子で聖地メッカや国境警備を担当するエリート部隊である国家警備隊を率いるムトゥイブ王子、そして現職閣僚としてはムハンマド皇太子の進める経済・社会改革『ビジョン2030』にも深く関与していたファキーフ経済企画相や、2016年まで財務相の職にあったアッサーフ国務相、その他名だたる大企業のオーナーなどが逮捕され、関係者に大きな衝撃を与えた。

 

サウジのモジェブ司法長官は「摘発は始まったばかりである」との声明を出し、王族などの国外逃亡を防ぐため、プライベートジェットの使用を禁止し、逮捕者や関係者の銀行口座を凍結した。凍結口座は日に日に増えており、現在1,800以上の口座が凍結されているようである。2017年6月に、半ば強制的に解任され、それ以降も自宅軟禁状態にあると言われているムハンマド・ビン・ナイフ前皇太子や親族の口座も凍結されており、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、今回の摘発で当局は8,000億ドルにのぼる資産の凍結を試みようとしているとの報道が出ている。

 

【図表1】何が起きたのか(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成。写真:Wikimedia Commonsより。Authorは写真下に記載。)

 

 また、関連は明確ではないが、大量逮捕の報道が出た11月5日に、2015年4月にサルマン国王によって解任されたムクリン元皇太子の息子のマンスール王子が乗ったヘリが、イエメン国境に近い南部で墜落し、同乗していた7人と共に死亡している。彼は逮捕の動きを察知し、国外逃亡しようとしたのではないかとの憶測も出ている。また、ファハド第5代国王の息子のアブドゥルアジーズ王子が、彼を逮捕しようとする治安部隊との銃撃戦で死亡したとの報道も出たが、のちに政府は彼の死は誤報だとしており、真相は不明である。

 

 

2.大量逮捕の背景と今後の影響

 今回の逮捕は、汚職やマネーロンダリングに関与したためとされている。確かに、一部王族やビジネスマンなどが、その権力やコネクションを悪用して、私腹を肥やしていたとの指摘もある。しかし、今回の逮捕者に関し、それぞれの詳細な罪状などは発表されておらず、また汚職対策委員会が設置された数時間後に一斉に数十人が逮捕されたことなどからも、実際は汚職だけが理由なのではなく、ムハンマド皇太子が王位を継承する前に権力を磐石なものにするために、自分の改革的な考え方や政策に同意しない人たちを排除しようとする動きなのではないかとみる向きも多い。

 

 国家警備隊を率いるムトゥイブ王子は有力部族からの尊敬も厚く、唯一ムハンマド皇太子に対抗できる人物とも言われてきたため、将来のクーデターの可能性を防ぐという意味で、彼を逮捕した意味は大きいと考えられる。ただ、これまでアブダッラー前国王及びその息子であるムトゥイブ王子に、半世紀以上にわたり忠誠を誓ってきた10万人の精鋭部隊である国家警備隊が、今後ムハンマド皇太子に同様に忠誠を誓うのかは見極めが必要である。

 

【図表2】今後への影響(出所:各種報道等より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 今回の大量逮捕でムハンマド皇太子は、国民の70%を占める30歳以下の若者の人気を、短期的には獲得できたかもしれない。見せしめのように大金持ちを逮捕することは、40%を超えると言われる高い若年失業率にあえぐ若者の支持を得るだろう。しかし、多くの有力王族やビジネス界を敵に回し、9月には著名な宗教家20人以上を逮捕し、皇太子は既に宗教界とも対立を深めている。これまでの慣例であった合議制を無視して、このような強引な手法で政治を進めるムハンマド皇太子に対し、今後王族や有力者たちの間で反発が強まることも予想される。

 

 特に、世界的に有名な投資家であるアルワリード王子の突然の逮捕には世界の投資家も動揺しており、サウジ政府に近いメディアは投資家を安心させるための報道を盛んに流している。ムハンマド皇太子は、これでサウジから汚職が減り、外資企業の進出がよりスムーズに進むと考えているのかもしれない。しかし、このように一晩でビジネス環境が一変してしまう状況を、外国投資家は不安定材料としてネガティブに捉える。『ビジョン2030』に沿って、これから海外の投資を呼び込み、サウジ経済のみならず国家体制を大きく変革していこうとしているムハンマド皇太子にとって、この動きが吉と出るのか凶と出るのか、今後の状況を注視する必要があるだろう。

 

以上

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